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トロンデック・フェチン族のふるさと
カナダ北西部のユーコン川流域には、先住民(ファースト・ネーションズ)のトロンデック・フェチン族(Tr’ondëk Hwëch’in)が数千年にわたり暮らしてきた故郷があります。ユーコン川は北米有数の大河で、その流域は亜寒帯の気候帯に位置します。夏は比較的暖かく冬は非常に寒冷で、豊かな自然環境が広がる土地でした。この地域では、サケやヘラジカ(ムース)、トナカイ(カリブー)などの動物が数多く生息し、トロンデック・フェチン族は狩猟や採集、交易を行い、資源を求めて1年を通じて小集団で移動する生活を営んでいました。季節ごとに資源が豊富な場所を選び、土地を枯渇させないようにするための先祖の知恵を受け継いで暮らしていました。なお、トロンデック・フェチン族の“Tr’o”はサケ漁用の仕掛けを川の河口に打ち込む石(ハンマーストーン)を意味し、“ndëk”は「川の河口」、“Hwëch’in” は「人々」を意味します。
ゴールドラッシュと植民地化の影響
19世紀末、クロンダイク地方で金鉱が発見されると、ヨーロッパや北米、アジアなどから数万人が殺到し、ゴールドラッシュが起こりました。入植者は集落を築き、政府や教会を設立し、独自の経済・社会制度を導入しましたが、これがトロンデック・フェチン族の伝統的な生活に大きな影響を与えました。入植者の到来当初は、両者は対等な立場で毛皮交易を行い協力的な関係を築いていましたが、鉱業中心の資本主義的な経済へ移行するにつれ、トロンデック・フェチン族は次第に周縁化され、土地を失い、精神的・文化的な抑圧を受けました。このような植民地化の過程は、世界各地の先住民族が経験した歴史と共通していますが、トロンデック・フェチン族の場合、1874年から1908年のわずか34年間という極めて短期間に起きたということが特徴です。
植民地化のさまざまな側面を物語る構成資産
世界遺産としては8つの構成資産から成り立っています。フォート・リライアンスは入植者が初めて定住した場所で、トロンデック・フェチン族と入植者が対等な交易を行い、協力的な関係を築いていました。一方でチェダデック(フォーティー・マイル)はもともと先住民族の狩場や野営地だった場所に入植者が築いた街です。トロチェク(クロンダイク・シティ)は、トロンデック・フェチン族が伝統的に漁労や採集を行っていた重要な場所でしたが、ゴールドラッシュ以後は鉱山労働者の集落となり、土地を追われました。また、ドーソン・シティは大挙して押し寄せた入植者が暮らした街で、ゴールドラッシュ期に急速に発展しました。教会や病院、裁判所、政府庁舎、銀行、郵便局、劇場、ホテルなどさまざまな施設が立ち並び、碁盤目状に延びる街路に合わせて建物が配置されたコロニアル様式の街でした。ブラック・シティは19世紀末から20世紀初頭にかけてトロンデック・フェチン族が暮らした集落で、入植者の道具を使用してトナカイ(カリブー)を狩り、その肉を入植者に販売していたことが分かっています。このように各構成資産は、先住民族と入植者の関係や、ゴールドラッシュによる急激な社会変化、そしてトロンデック・フェチン族が新しい経済や社会制度に対して、バランスを取りながらも植民地主義に抵抗したことを物語っています。
アクセス
日本からは、バンクーバーとホワイトホースを経由してドーソン・シティ空港まで約35~45時間。空港から市内まで、車で15~20分。
執筆協力者PROFILE
東京外国語大学言語文化学部卒。在学中にパレスチナやヨルダンなど中東地域への留学を経験。大手メディア企業勤務を経て、2021年より現職。書籍やテレビ番組等の監修を行う。
アクセス
日本からは、バンクーバーとホワイトホースを経由してドーソン・シティ空港まで約35~45時間。空港から市内まで、車で15~20分。
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東京外国語大学言語文化学部卒。在学中にパレスチナやヨルダンなど中東地域への留学を経験。大手メディア企業勤務を経て、2021年より現職。書籍やテレビ番組等の監修を行う。
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