トロイアの考古遺跡
エーゲ海に面する場所に位置するトロイア遺跡。古代の文明の交差点として重要な意味をもつ

遺産DATA

地域 : 西・南アジア 保有国 : トルコ共和国 分類 : 文化遺産 登録年 : 1998年 登録基準 : (ii) (iii) (vi) 遺産の面積 : 1.58㎢ 座標 : N39 57 23.184 E26 14 20.4

about

ヒサルルックの遺跡とホメロスが描いた世界

「トロイアの考古遺跡」は、トルコ西部、ダーダネルス海峡の南入口から4.8km離れたヒサルルック(トルコ語で「城塞のある丘」)の地に位置し、紀元前3000年頃から500年頃までの9の層を成している東西約240m、南北180mの都市の遺跡です。紀元前8世紀頃、ホメロスは、紀元前1250年頃の出来事とされるトロイア戦争を『イリアス』で描きました。特に、「トロイの木馬」とその陥落劇はよく知られています。しかし、長い間これらは、過去の神話上の物語であるとみなされてきました。

シュリーマンによる「発見」

トロイアの存在を強く信じた19世紀のドイツの実業家・考古学者のハインリヒ・シュリーマンは、1870年にヒサルルックで発掘を開始し、1873年の発掘の際に、「プリアモスの財宝」と名付けられた金製品を発見すると、これこそがトロイアが実在した証拠であると結論付け、考古学界に甚大な衝撃を与えました。後に、この発掘場所は紀元前2500~2200年の前期青銅器時代のもので、トロイア戦争が起こったとされる時期より1000年以上前のものであることが判明しました。トロイア戦争が起こったのは第Ⅶa層の時代であったとされています。その後、トロイアは、紀元前2000年期の終わりには商業的な覇権を失い、紀元前8世紀頃のギリシャ人入植者による再占領などの時代を経て、ヘレニズム、ローマ時代を経て、徐々に放棄されていきました。トロイアの遺跡は、第1層の城塞の市門やメガロン系の建物など保存状態が良好なものも含まれます。また、シュリーマンが掘り起こした跡がそのまま残っている個所もあります。

今なお続く議論

シュリーマンの手法については、1999年の世界遺産登録時の文書の中でも「現代からみれば、粗雑に見えるかもしれない」と指摘されており、多くの批判を浴びてきたことは確かだとしつつ、トロイアの発掘が「遺産に対する市民の意識を高めるのに貢献し、現在の保存倫理の礎」となったことが記されています。また、トロイアは、ホメロスの『イリアス』やその後の文学や芸術に多大なインスピレーションを与え続けてきたという観点で、登録基準(vi)が適用されています。

アクセス

イスタンブルから車でチャナッカレまで5~6時間。チャナッカレ市内から車で約30分。

執筆協力者PROFILE

NPO法人世界遺産アカデミー認定講師/世界遺産検定マイスター

東京都在住。中東地域や中南米カリブ地域での駐在経験がある。

遺産DATA

保有国 : トルコ共和国
分類 : 文化遺産
登録年 : 1998年
登録基準 : (ii) (iii) (vi)
遺産の面積 : 1.58㎢
座標 :N39 57 23.184 E26 14 20.4

アクセス

イスタンブルから車でチャナッカレまで5~6時間。チャナッカレ市内から車で約30分。

執筆協力者PROFILE

NPO法人世界遺産アカデミー認定講師/世界遺産検定マイスター

東京都在住。中東地域や中南米カリブ地域での駐在経験がある。