第5回は前回の続きで、世界遺産の登録が変化していく中で、世界遺産委員会が行ったリストのバランスを取るための対策や、文化遺産と自然遺産の登録数の差に関する考え方の違いなどを見ていきたいと思います。
グローバル研究からグローバル・ストラテジーへ
世界遺産リストに掲載されている遺産のバランスや、OUVの考え方の違いなどに対する指摘を受けて、世界遺産委員会は文化遺産に関する諮問機関であるイコモスに、文化遺産を比較検討する際の拠り所となる枠組みの作成を依頼し、1991年から「グローバル研究」が始まりました。
「グローバル研究」は、世界各地の文化を、近代国家の枠組みを越えた「地域」、宗教建築や産業遺産、道の遺産などの「文化の型」、ギリシャやビザンツなどの「時代」の観点から分類し、世界遺産に推薦・登録する上での議論の助けとするものです。それぞれの分類を代表する遺産にOUVがあるのではないかという考え方でした。
こうした研究を受けて、1994年の世界遺産委員会で採択されたのが「世界遺産リストにおける不均衡の是正及び代表性、信用性の確保のためのグローバル・ストラテジー(グローバル・ストラテジー)」です。グローバル・ストラテジーに基づき、さまざまな世界遺産リストのアンバランスの分析と是正方法の検討が行われ、現在に至るまで世界遺産活動の審議の重要な指針となっています。
またこの流れの中で、1992年に「文化的景観」の概念が世界遺産委員会で採択されたほか、1994年には日本で「真正性に関する奈良会議」、スペインでは「道の遺産」に関する専門家会合が開催され、1995年には農業景観に関するユネスコの専門家会合が開催されるなど、多様な文化遺産が検討され登録される流れが作られました。
文化遺産とは異なる自然遺産の登録
こうした文化遺産の多様化の流れと異なっていたのが、自然遺産の登録です。自然遺産の場合は、客観的な数値や共通の基準などで比較や分析を行う自然科学に基づく価値づけが可能なため、建築学や考古学のほか、社会科学や文化論研究などで建築物や遺跡などに価値を見出していく文化遺産とはそもそもの方法論から異なってきます。「世界で最も高い山を含む」、「最も固有種の種類が多い」、「最も古い時代の地層が見られる」などは示すことができますが、「最も古い固有の伝統文化をもつ」とか、「最も独自の発展を遂げた建築様式が見られる」などというのは証明が困難なのです。
そのため、自然遺産はピラミッドの頂点ともいえるような遺産を登録できるため「最上の遺産」を、文化遺産は各分類を代表する遺産を登録するため「代表的な遺産」を登録しているとして、異なるOUVの考え方で登録されていると指摘されることもあります。もちろん、自然遺産も「自然の景観美」という数値化しにくいものを評価する登録基準(vii)などがあるため、一概に「自然遺産は最上の遺産を登録している」と言えないのも事実ですが、自然遺産の専門家の中では、ラムサール条約や生物多様性条約、ワシントン条約などの相互に補完し合う国際的な取り組みの上に世界遺産条約があると捉えられており、その意味でもピラミッドの頂点にある自然遺産が世界遺産リストに記載されていると言えます。
こうした違いがあるため、世界遺産リストのバランスの議論の中で自然遺産の登録強化なども検討されてきましたが、実際に文化遺産と同じくらいの遺産数になることはないと考えられます。世界遺産委員会でもそうした文化遺産と自然遺産の登録数が均衡するリストを、現在は考えていないようです。
執筆者PROFILE
北海道大学大学院博士後期課程を満期単位取得退学。仏グルノーブル第Ⅱ大学留学。2008年より現職。世界遺産に関するさまざまな書籍の編集・執筆・監修を手掛けるほか、「チコちゃんに叱られる!」(NHK)などの多くのメディア出演や、全国各地で100本を超す講演・講座を実施している。著書に『13歳からの世界遺産』(マイナビ出版)、『世界遺産のひみつ』(イースト・プレス)など。
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