第4回は、前回お話しした「顕著な普遍的価値(OUV)」をもつ世界遺産の登録が、どのように変化していったのかについてお話ししたいと思います。世界遺産となる遺産そのものの価値だけではなく、世界遺産リストのバランスなどへの配慮があり、登録される遺産も変化してきました。
東西冷戦時代にも受け入れられた世界遺産条約
世界遺産条約が採択された1972年の翌年12月7日にアメリカが最初の締約国となって以来、締約国は順調に増え、現在は196カ国にまで達しています。世界の国の数が200前後だと考えると、この締約国の多さが「世界遺産条約が最も成功した国際条約である」と称される所以でもあります。
196カ国が締約国となった年を見ていくと、1980年代に大きく増えていることがわかります。10年単位で見ることに意味はあまりないですが、70年代に48カ国、80年代に60カ国、90年代に49カ国、2000年代に28カ国、2010年代に8カ国、2020年代に3カ国と、80年代に全体の30.6%の国が締約国となっています。
ここから、東西冷戦の最中に行われたヌビアの遺跡群救済キャンペーンで理念が誕生した世界遺産の活動が、冷戦が終わりつつある時代に大きく受け入れられていったことがわかります。これは国家間の衝突が起こりやすい政治分野ではなく、文化を通じて国際社会の協働を目指すというユネスコの理念をシンボリックに体現している世界遺産条約が、冷戦の厚い氷が融けつつあった時代の各国に受け入れやすいものであったからだと言えます。
初期に多く登録された華やかな遺産
最初の遺産が記載された1978年の世界遺産リストには、アメリカの『イエローストーン国立公園』やエクアドルの『ガラパゴス諸島』など有名な遺産だけでなく、奴隷貿易の歴史を伝えるセネガルの『ゴレ島』や、先住民の文化を伝えるアメリカの『メサ・ヴェルデ国立公園』など、多様な遺産が含まれていました。
このラインナップは、条約の採択に向けて議論された世界遺産の理念に沿ったものであったと言えますが、1978年の時点でまだイタリアは条約を批准したばかりで推薦遺産はなく、中国やスペインは条約を批准しておらず、既に条約を批准していたフランスもその年に推薦書を出したばかりという状態で、現在遺産の保有数が多い5カ国のうちほとんどの国で準備が整っていなかったと言うという側面も大きいと思います。フランスよりも1年あとに条約を批准したドイツが、しっかりと準備を整えて1978年に『アーヘンの大聖堂』を登録しているのは、さすがという感じがします。
その後は、キタシロサイの保護が必要なコンゴ民主共和国の『ガランバ国立公園』や、人類が犯した非人道的な行為を伝えるポーランドの「アウシュヴィッツ・ビルケナウ」などもありますが、それよりも多くを占めたのがフランスの『ヴェルサイユ宮殿と庭園』やイランの『イスファハーンのイマーム広場』、クロアチアの『ドゥブロヴニクの旧市街』、アメリカの『グランド・キャニオン国立公園』など、華やかで世界的にも知名度の高い遺産でした。
遺産の増加に伴い求められる文化遺産の定義とバランス
80年代以降に締約国が増えると当然、世界遺産の数も増えていきます。そして世界遺産そのものの知名度が上がるにつれて、自分たちの国や文化を代表する遺産を世界遺産にすることが、その国や地域にとっての威信につながるだけでなく、観光資源としての重要性も増すようになってきました。
そうなると、各国で異なる解釈のOUVに基づいて推薦書が作成されたり、一度に多くの遺産を世界遺産リストに載せようとする国が出てきただけでなく、文化財とは意識されてこなかった産業遺産や、これまでの文化遺産や自然遺産の枠組みではとらえきれない「文化的景観」のような遺産、無形の文化要素抜きでは評価しにくい遺産など、世界遺産条約を作り上げる中で想定していなかったような遺産も推薦されるようになってきます。
そのため、推薦された遺産が本当に人類全体にとっての「普遍的価値」をもつのか、国際社会が協力して守るべき「顕著な」遺産なのか、世界遺産のOUVの在り方についても議論が必要となってきました。
一方で、専門家だけでなく、世界遺産を多くもたない国や、遺産保護の体制が不十分とみなされてきた途上国などを中心に、世界遺産リストのアンバランスも指摘されるようになりました。
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『世界遺産はどう決まる? 今こそ知りたい世界遺産のしくみ!』(マイナビ出版)
●発売日(予定)
2026年5月29日
⇒6月16日に変更になりました。発売を心待ちにされていたお客様、関係者の皆様には、多大なるご迷惑をおかけいたしますこと、深くお詫び申し上げます。
●著者
宮澤光(NPO法人世界遺産アカデミー主任研究員)
宮脇佳子(NPO法人世界遺産アカデミー研究員)
「世界遺産はどう決まるの?」という疑問に答える一冊です。世界遺産登録の背景や世界遺産が決まる現場である世界遺産委員会の解説ほか、2025年に開催された第47回世界遺産委員会の報告や、新規登録遺産の審議内容に加えて、世界遺産登録に実際に関わっていらっしゃるUNESCO日本政府代表部 特命全権大使 加納雄大氏と、文化庁文化資源活用課 文化遺産国際協力室 鈴木地平氏のインタビューも掲載。世界遺産の最新の現場がわかる一冊になっています。
執筆者PROFILE
北海道大学大学院博士後期課程を満期単位取得退学。仏グルノーブル第Ⅱ大学留学。2008年より現職。世界遺産に関するさまざまな書籍の編集・執筆・監修を手掛けるほか、「チコちゃんに叱られる!」(NHK)などの多くのメディア出演や、全国各地で100本を超す講演・講座を実施している。著書に『13歳からの世界遺産』(マイナビ出版)、『世界遺産のひみつ』(イースト・プレス)など。
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