【世界遺産はどう決まる?】最終回|新しい遺産の形
『第一次世界大戦(西部戦線)の慰霊と記憶の場』のヴェルダン・ドゥオモン記念地区(©A_Lein/Adobe Stock)

最終回は、世界遺産登録の最近の傾向についてです。世界遺産は「不動産」を登録して保護するものであることは変わらないのですが、最近では「無形の要素」や「無形文化遺産」との結びつきが重視されるような遺産も登録されるようになっています。

目次

世界遺産と切り離せない無形の要素
当初はふさわしくないとされた記憶に関連する遺産
新しい文化遺産の形となった「記憶の場」

世界遺産と切り離せない無形の要素

世界遺産として登録されるのは、土地や建物などの「不動産」です。基本的には有形の不動産を離れた精神性や無形の要素などは評価の対象になりません。

例えば2012年に鎌倉を「武家の古都 鎌倉」として推薦した時、ICOMOSからは武士の精神性を示す有形の物証がない(武士の精神性と推薦資産の関連性が不明)として不登録勧告を受けました。また、『ル・コルビュジエの建築作品』が2008年に推薦された時も、ル・コルビュジエの個人の偉業については判断できない(ル・コルビュジエの個々の建築が世界にどのように貢献しているのかを示すべき)として登録延期勧告が出されました。

客観的に価値を判断するために、確実に目に見える有形の不動産を評価対象とするというのが世界遺産活動の主旨ですが、その一方で精神性や無形の文化などの人間の活動と切り離された文化遺産というのも存在しません。実際に、文化遺産の登録基準(vi)では当初から無形の要素を評価軸として想定していますし、文化的景観などでも精神性などの無形の要素が重要になってきます。また、グローバル研究や1994年の「真正性に関する奈良文書(奈良文書)」でも、無形の要素を世界遺産の価値と切り離せないものとしています。

特に世界遺産の価値で重視される、文化遺産が歴史・文化的に連続していることを示す「真正性」は、奈良文書を経て改訂され、精神性や感性、無形遺産などの要素が真正性の属性に含まれるようになりました。

当初はふさわしくないとされた記憶に関連する遺産

こうした無形の要素を評価する流れの延長線上にあるのが、2023年から登録が始まった「記憶の場(Sites of Memory)」です。これは、20世紀以降の「近年の紛争(recent conflicts)」に関して、国家とその国民(少なくとも国民の一部)もしくはコミュニティが、記憶に残したいと考える出来事が起こった場所を世界遺産として登録するものです。

2018年にベルギーとフランスの『第一次世界大戦(西部戦線)の慰霊と記憶の場』が推薦された際、不動産としての墓の構造などに価値があるのではなく人類初の世界的な戦争の記憶が価値であったため、こうした無形の要素が前面に出た遺産が世界遺産にふさわしいのかどうか議論となりました。

2018年の段階では結論がでなかったため、この遺産の審議そのものが先送りされ、専門家会議で議論が進められることになります。それと同時に、オーストラリアとカナダの専門家が調査研究を行い、こうした遺産は世界遺産にはふさわしくないという結論が出されました。記憶という無形の要素に序列をつけられないことや、1979年に世界遺産になっている「アウシュヴィッツ・ビルケナウ」が既に「近年の紛争」の記憶を代表しているというのがその理由でした。

新しい文化遺産の形となった「記憶の場」

しかし2020年の第44回世界遺産委員会で、「近年の紛争」の記憶などを通して平和と対話の文化を促進するのはUNESCOの理念に沿っており、世界遺産の役割でもあるという意見が出されます。それを受けてワーキンググループが設置され、2023年1月の特別会合で「記憶の場」を世界遺産として扱うことが決議されました。

記憶という共同体だけでなく個々人でも意見がわかれるような内容を扱うことや、近年というまだ当事者がいる紛争に関係するものであることから、世界遺産登録に対して異議申し立てができること、推薦の際には異なる意見との間で合意を見出す最大限の努力が行われたことを示すこと、そして記憶と直接関係する有形の遺産があることなどが条件となっています。

2023年から3年間で『ルワンダ虐殺の記憶の場:ニャマタ、ムランビ、ギソジ、ビセセロ』や『第一次世界大戦(西部戦線)の慰霊と記憶の場』、『カンボジアの記憶の場:抑圧の中心から平和と反省の場へ』など5件が登録されました。

ここまで見てきたように、世界遺産としてのOUVを証明する方法として、どの資産を組み合わせ、どのような法律などで保護していくのかを考えるだけでなく、その遺産が国内や世界の文化や歴史、自然環境の中でどこに位置づけられるのかなども考慮に入れながら世界遺産の推薦から登録までが行われます。また、そうした世界遺産の考え方自体も時代や思想などに合わせて見直され、変化してきています。

≪前回の記事はこちら

(おわり)

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●発売日(予定)
2026年5月29日
⇒6月16日に変更になりました。発売を心待ちにされていたお客様、関係者の皆様には、多大なるご迷惑をおかけいたしますこと、深くお詫び申し上げます。
●著者
宮澤光(NPO法人世界遺産アカデミー主任研究員)
宮脇佳子(NPO法人世界遺産アカデミー研究員)

「世界遺産はどう決まるの?」という疑問に答える一冊です。世界遺産登録の背景や世界遺産が決まる現場である世界遺産委員会の解説ほか、2025年に開催された第47回世界遺産委員会の報告や、新規登録遺産の審議内容に加えて、世界遺産登録に実際に関わっていらっしゃるUNESCO日本政府代表部 特命全権大使 加納雄大氏と、文化庁文化資源活用課 文化遺産国際協力室 鈴木地平氏のインタビューも掲載。世界遺産の最新の現場がわかる一冊になっています。

執筆者PROFILE

NPO法人世界遺産アカデミー主任研究員

北海道大学大学院博士後期課程を満期単位取得退学。仏グルノーブル第Ⅱ大学留学。2008年より現職。世界遺産に関するさまざまな書籍の編集・執筆・監修を手掛けるほか、「チコちゃんに叱られる!」(NHK)などの多くのメディア出演や、全国各地で100本を超す講演・講座を実施している。著書に『13歳からの世界遺産』(マイナビ出版)、『世界遺産のひみつ』(イースト・プレス)など。
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