【世界遺産はどう決まる?】第12回|さまざまな登録の仕方②
人が引いた国境線など気にしない『ワッデン海』のゼニガタアザラシ(©Jenny Sturm/Adobe Stock)

第12回は、引き続き世界遺産登録のさまざまな種類です。複数の資産で構成されるシリアル・サイトの構成資産が国境を越えて海外にまで点在している場合ひとつのプロパティで世界遺産登録されている自然環境などが国境を越えて広がっている場合、トランスバウンダリー・サイト(国境を超える遺産)と呼ばれます。

目次

自然遺産から始まったトランスバウンダリー・サイト
多国間の平和な協力関係の実現にもつながる
今後より求められるであろうトランスバウンダリー・サイト

自然遺産から始まったトランスバウンダリー・サイト

自然環境の地質的・生態系的な特徴は、人為的にひかれた国境線とは関係なく広がっています。そのため、ひとつの国で自然環境を適切に保護したとしても、連続する自然環境をもつ隣の国で保護が行われていなければ、保護を行っている国の自然環境も十分に守ることはできません。例えば、国境近くで排気ガスをまき散らし、有害な汚染水を放出するような工場があった場合、大気や地下水などがつながっているため、隣の国にまで大きな影響があるのです。

実際に川の上流での開発やダム建設が、下流の国の自然環境の悪化を招いている例もあります。2018年に危機遺産登録されたケニアの『トゥルカナ湖国立公園群』は、湖に流れ込む川の上流で隣国のエチオピアがダムを建設したために、流れ込む淡水の量が減って湖のアルカリ性が高まり、生態系だけでなく人々の生活にも大きな影響を与えるようになりました。隣国の開発に口出しするのも限界があるため、悩ましい問題です。

そのため、保護すべき自然環境や隣接する地域が異なる国にまで広がっている場合には、その国とも協力しながら保護する必要があります。そうした複数の国で共に守る世界遺産がトランスバウンダリー・サイトです。

多国間の平和な協力関係の実現にもつながる

トランスバウンダリー・サイトは、関係する国が協力して守る必要がありますが、これは法体系や文化的背景などが異なる国同士の場合、同じレヴェルで保護や管理を行っていくことは簡単ではありません。そのため、早い段階から協働してできる限り関係国が一緒に推薦書を作成し、共同管理委員会などの機関を設立して遺産全体の管理やアドヴァイスをすることが強く推奨されています。

フランスや日本、アルゼンチンなど7カ国に点在する『ル・コルビュジエの建築作品:近代建築運動への顕著な貢献』では、ル・コルビュジエ建築資産自治体協議会やル・コルビュジエ財団などが、遺産全体の管理の調整や専門的なアドヴァイスの提供などを行っています。

こうして複数の国が遺産保護のノウハウを共有し、協力して遺産を守ることは、多国家間の平和な協力関係を築くことにもつながります。これはUNESCOが目指す姿でもあります。

今後より求められるであろうトランスバウンダリー・サイト

トランスバウンダリー・サイトもシリアル・サイトと同じように、登録範囲の拡大で構成資産を追加したり、プロパティの範囲を広げたりすることができます。そのため、ひとつの国の世界遺産として登録されていた遺産に、国外の資産が加わりトランスバウンダリー・サイトになることもあります。

マロティ-ドラーケンスベルグ公園』は最初、南アフリカの世界遺産「ウクハランバ/ドラーケンスベルグ公園」として登録されていましたが、そこにレソトのセサバテーベ国立公園が加わり、トランスバウンダリー・サイトになって遺産名も現在のものに変更されました。また、2009年にオランダとドイツにまたがる干潟が登録された『ワッデン海』は、2014年に隣接するデンマークの保護区が追加されました。

このように登録範囲やバッファー・ゾーンが変更されたり、遺産名が変更される場合は、すべての関係国の同意が必要になります。

シュトルーヴェの測地弧』のように10カ国にまたがるような遺産がある一方で、連続する自然環境でありながら『イグアス国立公園』がアルゼンチンとブラジルで別々の遺産で登録されていたり、同じような遺産価値をもちながら中国の『古代高句麗王国の都城と古墳群』と北朝鮮の『高句麗古墳群』が異なる遺産として登録されるなど、必ずトランスバウンダリー・サイトとして登録をしなければならないというわけではありません。しかし、保護や管理の観点から、今後はトランスバウンダリー・サイトとしての登録がより推奨されていくとは思います。

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(次回に続く)

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●発売日(予定)
2026年5月29日
●著者
宮澤光(NPO法人世界遺産アカデミー主任研究員)
宮脇佳子(NPO法人世界遺産アカデミー研究員)

「世界遺産はどう決まるの?」という疑問に答える一冊です。世界遺産登録の背景や世界遺産が決まる現場である世界遺産委員会の解説ほか、2025年に開催された第47回世界遺産委員会の報告や、新規登録遺産の審議内容に加えて、世界遺産登録に実際に関わっていらっしゃるUNESCO日本政府代表部 特命全権大使 加納雄大氏と、文化庁文化資源活用課 文化遺産国際協力室 鈴木地平氏のインタビューも掲載。世界遺産の最新の現場がわかる一冊になっています。

執筆者PROFILE

NPO法人世界遺産アカデミー主任研究員

北海道大学大学院博士後期課程を満期単位取得退学。仏グルノーブル第Ⅱ大学留学。2008年より現職。世界遺産に関するさまざまな書籍の編集・執筆・監修を手掛けるほか、「チコちゃんに叱られる!」(NHK)などの多くのメディア出演や、全国各地で100本を超す講演・講座を実施している。著書に『13歳からの世界遺産』(マイナビ出版)、『世界遺産のひみつ』(イースト・プレス)など。
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