【世界遺産はどう決まる?】第8回|暫定リスト記載から世界遺産登録までの流れ①
暫定リストに記載されている彦根城(©宮澤光)

第8回からは、日本を例に世界遺産登録までの流れを見ていきたいと思います。これまで見てきたユネスコや世界遺産委員会の考え方に基づき、国内の作業から諮問機関、世界遺産委員会と中心が移っていって、最終的に世界遺産登録されるまでは4年半以上かかる大作業になります。

目次

暫定リストの質を上げるアップストリーム・プロセス
推薦書提出までにかかる長い時間
登録の可能性が高い推薦書を作るためのプレリミナリー・アセスメント

暫定リストの質を上げるアップストリーム・プロセス

日本の暫定リストに記載する遺産は、文化遺産であれば文化庁長官が諮問する学識経験者で構成される文化審議会が、自然遺産であれば環境大臣と林野庁長官が諮問する学識経験者で構成される科学委員会が、自治体などと合意を行いながら掲載候補となる遺産を選定します。そこで選定された遺産が、世界遺産条約関係省庁連絡会議で承認されると、ユネスコの世界遺産センターに送られ、内容確認後にその国の暫定リストに追加されます。

締約国が暫定リストに記載する遺産を選ぶ際には、世界遺産委員会の諮問機関であるICOMOSやIUCNが行った、世界遺産リスト掲載の遺産のバランスを検討したギャップ分析やグローバル研究などの内容に沿っている必要があります。そこで選ばれた遺産は、英語もしくはフランス語で、遺産の名称や地理的な位置、簡単な説明、「潜在的なOUV」の根拠の説明、真正性と完全性の証明、他の類似した遺産との比較などを記した書類を、作業指針の中に定められた形式で作成します。ここに不備があると、世界遺産センターで暫定リスト追加が認められません。

そのためこの時点で、前回触れたアップストリーム・プロセスを使用し、ICOMOSやIUCNなどと意見交換を行いながら「潜在的なOUV」を整え書類を作成していくこともできます。このアップストリーム・プロセスは希望した国だけが行うことができるものなので、必須ではなく費用も締約国が負担します。

推薦書提出までにかかる長い時間

暫定リストに記載されると、世界遺産に推薦される権利を得ることになります。締約国は暫定リストに掲載されている遺産の中から条件が整った遺産の推薦の準備をします。日本の場合は先述の文化審議会と科学委員会が、自治体などと連携しながら推薦候補を選定します。『明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業』のように文化財保護法で保護されていない稼働中の資産などを含む文化遺産は、内閣官房が候補を選定することもあります。

ここで推薦候補に選ばれた遺産が、世界遺産条約関係省庁連絡会議で承認されると、プレリミナリー・アセスメント(事前評価)を受けるための「事前評価申請書」の作成を行います。

これまでは推薦書提出の1年前までに暫定リストに記載されている必要がありましたが、現在はプレリミナリー・アセスメントに申請書を出す2週間前までに記載されていたらよいというように運用ルールが変更になっています。

これは一見すると期間が短縮されたようにも見えますが、プレリミナリー・アセスメントの結果を受け取ってから推薦書を提出するまで12カ月以上空けないといけないため、プレリミナリー・アセスメントの期間も考えると実際に推薦書を提出するまでには2年以上かかることになります。つまり推薦書提出を起点として考えたら、暫定リスト記載から推薦書提出までは長くなりました。

登録の可能性が高い推薦書を作るためのプレリミナリー・アセスメント

プレリミナリー・アセスメントは、2027年に推薦される遺産から必須となったプロセスで、日本では「彦根城」が初めてプレリミナリー・アセスメントを受けました。世界遺産登録の実現に向けて諮問機関は締約国と協議を行いながら、「事前評価申請書」の書類審査を行い、推薦後に世界遺産委員会でOUV が認められる可能性や、真正性や完全性、比較研究などへの具体的なアドヴァイスを「事前評価報告書」として締約国に戻します。

これは遺産の価値に対する、締約国と諮問機関の認識の食い違いを少なくし、登録に向けた無駄な労力や軋轢を少なくする狙いがあります。諮問機関と締約国は、推薦書を提出した後は基本的には協議ができないため、各国がお金も時間もかけて準備した遺産の価値が諮問機関に評価されず、世界遺産委員会の場で諮問機関と委員国の意見が対立したり、諮問機関の勧告を覆して登録されることなどが近年続いていました。それは互いにとってストレスがたまる状況であったこともあり、プレリミナリー・アセスメントが導入されました。

世界遺産委員会では新規登録の遺産の審議だけでなく、危機遺産リストや保全状況報告、作業指針の改訂など、短い期間でさまざまな案件を審議しなくてはならないため、作業効率を上げるためにも、登録の可能性が高い遺産を審議したいという思惑も強くあります。

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(次回に続く)

執筆者PROFILE

NPO法人世界遺産アカデミー主任研究員

北海道大学大学院博士後期課程を満期単位取得退学。仏グルノーブル第Ⅱ大学留学。2008年より現職。世界遺産に関するさまざまな書籍の編集・執筆・監修を手掛けるほか、「チコちゃんに叱られる!」(NHK)などの多くのメディア出演や、全国各地で100本を超す講演・講座を実施している。著書に『13歳からの世界遺産』(マイナビ出版)、『世界遺産のひみつ』(イースト・プレス)など。
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