作業指針で定められている登録基準
登録基準は、世界遺産条約ではなく、世界遺産条約の運用を定める「作業指針」の中で定義されています。登録基準が定められた当初は、文化遺産で(i)~(vi)の6項目、自然遺産で(i)~(iv)の4項目と別々の登録基準となっていましたが、2005年の作業指針の改訂で、文化遺産と自然遺産共通の10項目の登録基準となりました。
このように、登録基準は遺産の多様化や時代に即した考え方などに合わせて改訂が行われてきました。登録基準(vi)のように、日本の『広島平和記念碑(原爆ドーム)』がきっかけで内容が改訂された例もあります。
各登録基準の概要
登録基準(i):人類の創造的資質を示す遺産に当てはまるもの。
人間が作りだした素晴らしい建造物や記念碑などを評価する基準で、世界的に有名な遺産などで認められることが多いです。2025年9月時点で、登録基準(i)のみで登録されているのは、インドの『タージ・ マハル』とオーストラリア連邦の『シドニーのオペラハウス』、カンボジア王国の『プレア・ビヒア寺院』の3件のみです。かつてはフランス共和国の「シャンボール城」も登録基準(i)のみで登録されていましたが、2000年に登録範囲が拡大され『ロワール渓谷』に組み込まれた際に、登録基準(i)(ii)(iv)となりました。
登録基準(ii):文化の価値観の相互交流を示す遺産に当てはまるもの。
交易路や大きな文化・文明の接する位置に存在する遺産に認められることが多い基準です。かつては一方的な文化の伝播が重視されていましたが、現在では異文化や同一文化圏内での相互交流が重視されています。また、当初は建築や記念碑が主な対象でしたが、現在は都市計画や景観設計、科学技術なども対象に含まれるようになってきています。2025年9月時点で、日本の文化遺産21件中12件で認められており、日本の遺産の特徴の1つとも言えます。
登録基準(iii):文化的伝統や文明の存在に関する証拠を示す遺産に当てはまるもの。
古代文明に関する遺産や、人類史上に残るローマ帝国やビザンツ帝国、エジプト文明、奈良時代など、その文明や時代などを代表する遺産に認められることが多い基準です。現在、その文化や文明が存続しているものも、途絶えてしまっているものも含まれます。また、人類の歴史のひとつの時代を代表するものとして、人類の化石が発掘された遺跡なども含まれます。
登録基準(iv):建築様式や建築技術、科学技術の発展段階を示す遺産に当てはまるもの。
建築や建築群が特徴の遺産の多くで認められているほか、産業遺産や都市景観などで認められる基準です。また科学技術の進歩に関する遺産にも認められるため、アメリカ合衆国が核実験を行ったマーシャル諸島共和国の『ビキニ環礁-核実験場となった海』などにもこの基準が認められています。2025年9月時点で、日本の文化遺産21件中12件で認められており、日本の遺産の特徴の1つとも言えます。
登録基準(v):独自の伝統的集落や、人類と環境の交流を示す遺産に当てはまるもの。
伝統的な建築様式や集落が特徴の遺産に認められる基準で、伝統的な土地利用や人類と環境の交流も含まれるため、文化的景観の価値を持つ遺産の多くで認められています。
登録基準(vi):人類の歴史上の出来事や伝統、宗教、芸術などと強く結びつく遺産に当てはまるもの。
信仰の対象となっている遺産や、芸術家に着想を与えた遺産、歴史上の重要な出来事と強く関連する遺産などに認められる基準で、無形の要素が重要になっています。そのため、この基準は「他の基準とあわせて用いられることが望ましい」という但し書きがつけられています。この但し書きは、1996年の世界遺産委員会で『広島平和記念碑(原爆ドーム)』の審議の際に、登録基準(vi)のみで登録すべきかどうか議論されたことと関係しています。原爆ドームは戦争に関連する廃墟であるため、他の基準とあわせて登録することが難しかったからです。この議論を経た1997年の作業指針の改訂で、登録基準(ⅵ)のみでの登録はできなくなりましたが、その後、南アフリカ共和国の『ロベン島』などを登録する際に登録基準(vi)の運用がそのままでは困難であるということから、2005年の作業指針の改訂で、現在の「他の基準とあわせて用いられることが望ましい」に変更されました。2025年9月時点で、日本の文化遺産21件中10件で認められており、日本の遺産の特徴の1つとも言えます。
登録基準(vii):自然美や景観美、独特な自然現象を示す遺産に当てはまるもの。
地球が長い歴史の中で生み出してきた美しい景観や珍しい自然現象などが見られる遺産に認められる基準で、世界的に有名な自然遺産の多くでこの基準が認められています。2025年9月時点で、日本の自然遺産でこの基準が認められているのは『屋久島』しかありません。
登録基準(viii):地球の歴史の主要段階を示す遺産に当てはまるもの。
地球の長い歴史を証明する地形や景観、地理学・地質学上の特徴などが見られる遺産に認められる基準で、地球の歴史の一段階を示す恐竜や動植物の化石が発掘された遺跡などにも当てはまります。2025年9月時点で、日本の自然遺産でこの基準が認められている遺産はありません。
登録基準(ix):動植物の進化や発展の過程、独自の生態系を示す遺産に当てはまるもの。
現在進行中のものも含め、独自の生態系や固有種の進化や発展を示す自然環境に認められる基準で、絶滅危惧種の生息域などにも認められます。2025年9月時点で、日本の自然遺産5件中4件で認められており、日本の遺産の特徴の1つとも言えます。
登録基準(x):絶滅危惧種の生息域でもある、生物多様性を示す遺産に当てはまるもの。
絶滅危惧種などの生息域は、開発や自然環境の変化を受けやすいため、危機遺産リストに記載されている遺産の多くで、この基準が認められています。2025年9月時点で、日本の自然遺産5件中2件で認められています。
登録基準 | |
(ⅰ) | 人類の創造的資質を示す傑作。 |
(ⅱ) | 建築や技術、記念碑、都市計画、景観設計の発展において、ある期間または世界の文化圏内での重要な価値観の交流を示すもの。 |
(ⅲ) | 現存する、あるいは消滅した文化的伝統または文明の存在に関する独特な証拠を伝えるもの。 |
(ⅳ) | 人類の歴史上において代表的な段階を示す、建築様式、建築技術または科学技術の総合体、もしくは景観の顕著な見本。 |
(ⅴ) | ある文化(または複数の文化)を代表する伝統的集落や土地・海上利用の顕著な見本。または、取り返しのつかない変化の影響により危機にさらされている、人類と環境との交流を示す顕著な見本。 |
(ⅵ) | 「顕著な普遍的価値」を持つ出来事もしくは生きた伝統、または思想、信仰、芸術的・文学的所産と、直接または実質的関連のあるもの。(この基準は、他の基準とあわせて用いられることが望ましい。) |
(ⅶ) | ひときわ優れた自然美や美的重要性を持つ、類まれな自然現象や地域。 |
(ⅷ) | 生命の進化の記録や地形形成における重要な地質学的過程、または地形学的・自然地理学的特徴を含む、地球の歴史の主要段階を示す顕著な見本。 |
(ⅸ) | 陸上や淡水域、沿岸、海洋の生態系、また動植物群集の進化、発展において重要な、現在進行中の生態学的・生物学的過程を代表する顕著な見本。 |
(ⅹ) | 絶滅の恐れのある、学術上・保全上「顕著な普遍的価値」を持つ野生種の生息域を含む、生物多様性の保全のために最も重要かつ代表的な自然生息域。 |