タージ・マハル
シャー・ジャハーンが愛妃ムムターズ・マハルを偲んで建造した霊廟タージ・マハル

遺産DATA

地域 : 西・南アジア 保有国 : インド 所在地 : Uttar Pradesh, Agra District 分類 : 文化遺産 登録年 : 1983年 登録基準 : (i) 座標 : N27 10 27.012 E78 2 32

about

ムガル帝国の皇帝が愛する妃に捧げた白亜の霊廟

近世のインドを支配したムガル帝国の第5代皇帝シャー・ジャハーンは、戦地に帯同していた際に産褥熱で亡くなった愛妃ムムターズ・マハルのために、古都アーグラに霊廟を建設しました。ムムターズ・マハルという名は「宮廷の光」という意味で、皇帝が美しい妃に贈った名です。建設は1631年に始まり、1648年に完成しました。ガンジス川の支流のひとつヤムナー川の南岸、広さ17万㎡の長方形の敷地に完成した霊廟は、総白大理石の壮大なもので、高さ5.5mの基壇の上に幅65m・高さ58mの八角形の廟本体があり、四隅には高さ43mの4本のミナレットが立っています。また、廟をはさんで両側に赤砂岩造りのモスク(西側)と迎賓館(東側)が建てられており、その赤砂岩の赤、空の青さ、前庭の芝生や植物の緑の中に真っ白な廟が美しく映え、その色のコントラストはまさにコーランの「天上世界」を思わせるものです。

インド、ペルシャ、イスラムの建築様式が融合

この霊廟の建設にあたっては、建設材料はインド国内だけでなくペルシアやアラビアからも運ばれ、職人はアラブやヨーロッパからも集められたといいます。ここでは常にいろいろな地から来た2万人もの人が建設に携わっていました。廟本体はイスラムの建築様式をベースにインドの伝統的な様式を融合したもので、前後左右4面にはイーワーンと呼ばれるペルシア伝統の尖頭型の開放式のホールが設けられています。また、廟の内部には繊細なアラベスク模様の装飾が施され、外壁にはコーランのカリグラフィー(装飾文字)が彫られています。廟の前に広がる庭園は、水路で東西南北にそれぞれ2分割されたペルシア式のチャハル・バーグ(四分庭園)です。廟の両側に立つ赤いモスクと集会所と合わせ、この霊廟全体が美しい左右対称(シンメトリー)となっています。

幻となった対岸の黒大理石の霊廟

皇帝シャー・ジャハーンは川の対岸に自らのための廟を黒大理石で造り、それをタージ・マハルと橋で結ぼうという計画を持っていました。しかし、息子のアウラングゼーブが第6代皇帝として即位すると、息子と対立していたシャー・ジャハーンは、アーグラ城の一室に幽閉されたまま亡くなり、その夢は叶いませんでした。晩年のシャー・ジャハーンは幽閉されていた部屋から遠くに見えるタージ・マハルを眺めて過ごしていたと伝わります。彼は愛妃をなくしてから35年後に亡くなり、愛妃の隣に埋葬されました。現在、廟の中央には愛妃の墓石とならんで彼の墓石が置かれています。

 

アクセス

アーグラは首都デリーから南へ200㎞、特急列車で約2時間でアーグラ・カント駅へ、そこからタージ・マハルまではオート・リキシャ(バイクのタクシー)が便利。

執筆協力者PROFILE

大東文化大学・フェリス女学院大学講師/NPO法人世界遺産アカデミー認定講師

早稲田大学卒業。損害保険会社勤務の傍ら世界遺産を勉強し、退職後いくつかの大学にて関連講座を担当。現在は大学講師と趣味の音楽(クラシック歌手)の二刀流。

Details

Taj Mahal Mausoleum
タージ・マハルは、ムガル帝国の第5代皇帝シャー・ジャハーンが、亡き妻ムムターズ・マハルのために古都アーグラに建設した霊廟です。皇帝の建築と芸術への強いこだわりを象徴する建物で、中心軸から左右対称に広がる構造や、新しい柱のデザイン、曲線的なフォルム、そして植物をモチーフにした自然主義的な装飾などは、すべて、シャー・ジャハーン様式の特徴です。なかでも、その中心にある霊廟は、ラジャスタン州マクラナ産の白大理石で覆われています。白亜の輝きを放つ霊廟の美しさを、詩人や歴史家たちは、「タージ・マハルは天国にある愛妃ムムターズ・マハルの邸宅を地上に再現したものだ」「見る者に天界へ昇りたいという願望を忘れさせるほど、ここは光り輝く墓である」と評しています。この庭園付きの邸宅を可能な限り忠実に実現するために、従来の霊廟建築のように、霊廟を十字形に配置された庭園(チャハル・バーグ)の中心に建てるという手法は取られませんでした。代わりに、当時、アーグラで主流となっていた、川に面する庭園様式が採用されています。こうしてタージ・マハルは、邸宅と霊廟という二つの機能を見事に調和させたのです。
Taj Mahal Mosque
白大理石の霊廟が位置する台座の両側には、ほぼ同じ形をした赤砂岩の建物が2つ並んでいます。庭園から向かって左の西側は「モスク」、右の東側は「メフマーン・ハーナ」と呼ばれる迎賓館です。2つの建物は同じ外観をしており、完璧に左右対称の構造をなしています。イスラム教の礼拝堂であるモスクは、日々の礼拝や宗教的な儀式、説教などが行う場所です。その床には、569枚の黒大理石が、まるで祈祷用絨毯を並べたような輪郭で敷き詰められています。ムガル帝国時代のモスクの礼拝堂は3つのエリアに区分される構造になっており、タージ・マハルでは、それぞれのエリアがイーワーンと呼ばれる丸みを帯びたアーチ状の広い空間によって外に開かれています。モスクとメフマーン・ハーナどちらも、テラス面から約64cm高くなった基壇の上に建てられています。この基壇と中央の霊廟の間は、長方形のくぼんだ中庭のようになっており、モスク側の中庭には、礼拝前に手足を清めるために使う水槽が設けられています。
Taj Mahal Garden
タージ・マハルには、皇帝シャー・ジャハーンと建築家や造園家の革新的な取り組みが見られます。そのひとつが、四分割された庭園の中央に霊廟を配置するという従来の様式ではなく、ヤムナー川沿いの北端に配置したことです。これにより、タージ・マハルの景観に奥行きと遠近感が生まれ、その壮大さが際立つ工夫がなされています。霊廟前に広がる大きな庭園は、ペルシア、ティムール朝の庭園様式の影響を受けたもので、2本の主要な通路によって4つの区画(チャハル・バーグ)に分割されています。各区画はさらに狭い十字形の通路によって細分化され、16の小区画が形成されています。そして庭園全体は、すべての小通路とつながる通路で囲まれています。このようにして作り出された幾何学模様の庭園は、初期ムガル建築装飾の特徴です。
Taj Mahal Mehmaan khana
白大理石の霊廟が位置する台座の両側には、ほぼ同じ形をした赤砂岩の建物が2つ並び、白と赤の美しく鮮やかな色彩のコントラストを生み出しています。庭園から向かって左の西側は「モスク」、右の東側は「メフマーン・ハーナ」と呼ばれる迎賓館です。これらはまったく同じ外観をしており、まるで鏡のように完璧な左右対称の構造をしています。当初、メフマーン・ハーナは、ムムターズ・マハルの命日に霊廟を参拝する賓客を受け入れるための施設として使われていました。建物が完成するまでの数年間は、臨時のテントで賓客の受け入れが行われていましたが、完成後はこの迎賓館がその役割を担うようになりました。この建物の床面には、霊廟ドームを描いた2枚の設計図が刻まれていることでも知られています。モスクとメフマーン・ハーナは、どちらもテラスから約64cm高い基壇の上に立っています。この基壇と中央の霊廟の間は、長方形のくぼんだ中庭のようになっており、モスク側の中庭には、礼拝前に手足を清めるために使う水槽が設けられています。一方、メフマーン・ハーナ側にも同様の水槽が置かれていますが、こちらは実用的な機能を持たず、完璧な左右対称の美しさを表現するためだけものです。
Taj Mahal Forecourt / Jilaukhana
タージ・マハルの「前庭(ジラウハーナ)」は、かつて墓廟を訪れる人々が象や馬から降り、楼門(大門)をくぐるための準備をした場所です。この前庭の北側は霊廟へと続く庭園の壁に隣接しており、かつては墓守の宿舎が置かれていました。また、東西に延びる市場へと続く通りがあり、その両側には「女友達の塔」として知られる墓廟群があります。ここには、皇帝シャー・ジャハーンのもう一人の王妃が建てたモスクや、ムムターズ・マハルの侍女長であったサッティ・ウン・ニサ・カーヌムの墓とされる無名の墓が並んで建てられています。

遺産DATA

保有国 : インド
所在地 : Uttar Pradesh, Agra District
分類 : 文化遺産
登録年 : 1983年
登録基準 : (i)
座標 :N27 10 27.012 E78 2 32

アクセス

アーグラは首都デリーから南へ200㎞、特急列車で約2時間でアーグラ・カント駅へ、そこからタージ・マハルまではオート・リキシャ(バイクのタクシー)が便利。

執筆協力者PROFILE

大東文化大学・フェリス女学院大学講師/NPO法人世界遺産アカデミー認定講師

早稲田大学卒業。損害保険会社勤務の傍ら世界遺産を勉強し、退職後いくつかの大学にて関連講座を担当。現在は大学講師と趣味の音楽(クラシック歌手)の二刀流。