ブダ城(王宮)
「王宮の丘」に立つブダ城。地下には迷宮のような地下道が広がっている

王国の再建とともに始まった城の建設

13世紀前半にタタールの襲来による荒廃の後、ハンガリー国王ベーラ4世は都をブダへと遷しました。そして、ブダ地区の防御に適した丘を城壁で囲み、そこに自身の王室の拠点を築きました。これがブダ城の起源です。その後アンジュー家の国王たちの統治下でゴシック様式の王宮が建造され、神聖ローマ皇帝でもあったハンガリー王ジギスムントによって王宮が拡張され発展します。さらに15世紀のマーチャーシュ1世による増改築で、イタリア・ルネサンス様式が取り入れられました。しかし、16世紀半ばにブダがオスマン帝国による征服を受けると、ブダ城の一部は火薬保管庫として使用されることとなり、その後には火薬の爆発によって壊滅的な被害を受けることとなります。17世紀後半のブダ解放のための戦いの被害もあり、城の丘の建造物の60~70%が破壊されたとされています。

度重なる破壊から蘇った美しき不屈の古城

18世紀に入り、ハプスブルク家のマリア・テレジアは王宮をバロック様式で再建しますが、1848~1849年のハンガリー革命で焼失しました。その後も再建・拡張され、19世紀末にはオーストリア・ハンガリー帝国の威厳を象徴する建造物となりました。20世紀初頭にはネオ・バロックの巨大王宮へと変貌しました。しかし、第二次世界大戦中にも大きな被害を受け、現在のブダ城の姿は戦後に修復されたものとなっています。このように度重なる破壊と再建を繰り返してきたブダ城は、ハンガリーの歴史を象徴するだけでなく、ブダペストの美しい景観においても欠くことのできない存在であると言えます。

王宮内部に残る歴史的空間と文化施設

ブダ城の内部には、歴史的意匠を伝える空間と現代の文化施設が共存しています。なかでも「聖イシュトヴァーン・ホール」は、建築家ハウスマン・アラヨシュが手掛けた豪華絢爛な空間として知られていましたが、第二次世界大戦で焼失し、調度品の多くも失われました。その後70年以上をかけて復元・改修作業が行われ、2021年8月より一般公開が開始されました。現在、王宮の北東部にはハンガリー国立美術館などの文化施設が配置され、西側にはセーチェーニ国立図書館が置かれるなど、宮殿全体は文化機関を集約した複合施設として活用されています。このようにブダ城は、王権の象徴から文化拠点へと役割を変えながら、その歴史を現在へと伝えています。

執筆協力者PROFILE

NPO法人世界遺産アカデミー認定講師/世界遺産検定マイスター

2017年世界遺産検定1級合格。2018年世界遺産検定マイスター合格。2020年世界遺産アカデミー認定講師登録。福井県唯一の世界遺産アカデミー認定講師として、県内の公民館等での生涯学習講座講師として活動中。世界遺産プランニングチームpassword・『みんなで勉強会』リーダー。

執筆協力者PROFILE

NPO法人世界遺産アカデミー認定講師/世界遺産検定マイスター

2017年世界遺産検定1級合格。2018年世界遺産検定マイスター合格。2020年世界遺産アカデミー認定講師登録。福井県唯一の世界遺産アカデミー認定講師として、県内の公民館等での生涯学習講座講師として活動中。世界遺産プランニングチームpassword・『みんなで勉強会』リーダー。