見どころDATA
カイロのイスラムの歴史を反映した様々な建築様式が見られる
972年、ファーティマ朝時代に建設されたモスクです。当初は質素なデザインで、中庭と列柱を多用した当時の典型的なモスクでしたが、その後の統治者により拡張工事が行われ、現在の規模となりました。カイロは、ファーティマ朝によってイスラム勢力の政治・経済・宗教の中心地へと発展していき、アズハル・モスクもイスラム神学やイスラム法研究の拠点となりました。1171年にファーティマ朝がアイユーブ朝によって打倒されると、金曜モスクとしての地位を失いましたが、マムルーク朝支配下の1266年に、再びモスクでの説教が復活され、規模も拡大されました。その後のオスマン帝国の時代にも、大規模な拡張が行われ、各時代の様式が組み合わされ混在するという、カイロの豊かなイスラムの歴史を反映したモスクです。各ミナレットが少し不揃いなのも、各時代の寄進者によりバラバラに建てられてきたことが理由です。
現存する世界最古の教育機関のひとつ「アズハル大学」
カイロがイスラム教の中心となるにつれ、ここもイスラム学門の重要な地となりました。付属のマドラサ(神学校)は当初より布教の中心で、はじめはファーティマ朝の信奉するシーア派の学府でした。「アズハル」という名はシーア派の重要人物の名前、もしくはアラビア語で「最も輝かしい」を意味する語句に由来するといいます。1171年、スンナ派を信奉するサラディンがファーティマ朝を打倒し、アイユーブ朝が興ると、アズハル・モスクでの説教は禁じられ、金曜モスクとしての地位も失われました。続くマムルーク朝の第5代スルタンであったバイバルスが、アズハル・モスクでの説教を復活させ、教育を奨励したことを機に、モスクは再び学術機関としての地位を回復させました。イスラム世界から多くの留学生を受け入れ、イスラム教学だけでなく、ギリシャ哲学なども幅広く取り入れて発展していきました。1961年にはアズハル大学が正式に設立され、新しい学部も設立されました。現存する世界最古の教育機関のひとつであり、イスラム教スンナ派の最高学府として、世界各地のイスラム教徒が集う学び舎となっています。
執筆協力者PROFILE
早稲田大学卒業。損害保険会社勤務の傍ら世界遺産を勉強し、退職後いくつかの大学にて関連講座を担当。現在は大学講師と趣味の音楽(クラシック歌手)の二刀流。
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早稲田大学卒業。損害保険会社勤務の傍ら世界遺産を勉強し、退職後いくつかの大学にて関連講座を担当。現在は大学講師と趣味の音楽(クラシック歌手)の二刀流。