金堂、2基の塔が並ぶ日本初の伽藍配置
法相宗大本山である薬師寺は、680年、天武天皇が皇后の病気回復を祈念して発願したのが始まりです。当時の都・藤原京に造営されますが、その後、皇后は回復し、完成を見る前に天武天皇のほうが病に倒れてしまいます。亡き夫の意志を継いだ皇后は持統天皇となり、伽藍を完成させました。その後の平城京遷都に伴って、718年、現在地に移されました。金堂より手前に東西に2基の塔が並び立つ「薬師寺式伽藍配置」は、日本初の伽藍配置です。これら堂塔の各層には「裳階」と呼ばれる庇状の構造物がつけられており、その華麗な姿は「龍宮造り」と称えられました。なお、藤原京での創建時の薬師寺は、本薬師寺跡として国の特別史跡に指定されており、当時の伽藍を記憶する礎石が残されています。2026年に世界遺産登録された『飛鳥・藤原の宮都』の構成資産にもなっています。

「凍れる音楽」と絶賛された東塔は奈良時代の創建時から現存
奈良時代につくられた建造物は相次ぐ火災や戦乱によって、次々と焼失してしまいました。しかし730年に建立された東塔は、移転後に建立された堂塔の中で唯一現存する建造物で、平城京最古の建造物となっています。六重塔に見える東塔ですが、内部は3層で三重塔です。各層の下に設けられた裳階による大小の屋根が、この塔をバランスよく美麗に見せています。その姿は、明治期に来日した東洋美術研究家のフェノロサによって「凍れる音楽」と評されたとも伝えられています。そして、塔の頂部を飾る水煙には、透かし彫りになった飛天たちの姿があります。踊りながら笛を吹く飛天や花籠を捧げる飛天、蓮の蕾を捧げもって降りる飛天たちは、この塔を護り続けているかのようです。東塔は2009年から、1万3,000点もの部材を取り外して組み直すという大規模な全解体修理が行われ、2021年に竣工しました。東塔の解体修理にあわせて、釈迦の生涯を表現した「釈迦八相像」が新たにつくられ、東塔内陣には前半生を表す四相像(入胎・受生・受楽・苦行)が安置されました。

執筆協力者PROFILE
北海道出身。高校時代にAFSでタイ王国へ交換留学。その後、同志社大学へ進学し、卒業後は専門紙記者として10年働いたのち、一般メディアで編集および取材活動に従事。世界遺産検定マイスター。特に好きな分野は、一神教などの宗教・信仰関連遺産。趣味は華道。
執筆協力者PROFILE
北海道出身。高校時代にAFSでタイ王国へ交換留学。その後、同志社大学へ進学し、卒業後は専門紙記者として10年働いたのち、一般メディアで編集および取材活動に従事。世界遺産検定マイスター。特に好きな分野は、一神教などの宗教・信仰関連遺産。趣味は華道。