構成資産DATA
護佐丸が国王の命で守りを固めた城の跡
中城城跡は、沖縄本島東海岸の中城湾に沿った標高160mの高台上に、北東から南西にかけてほぼ一直線に築かれた城です。第二次世界大戦の戦禍をまぬがれたため、沖縄県内で最も原型をとどめており、完全に近い形で残された貴重な遺跡となっています。また、景勝地としても広く知られており、城壁に立つと東に中城湾(太平洋)、西に東シナ海を望むことができます。さらに、勝連半島や知念半島、周辺の洋上に浮かぶ島々までも見渡せる素晴らしい眺望が魅力です。城郭部の面積は12万2,339㎡に及び、古くから観光の名所として親しまれています。
アメリカのペリー提督が測量した城
中城城は、勝連城の阿麻和利を牽制するために、座喜味城主であった護佐丸が国王の命で移り住んだ城です。城は6つの廓から構成されており、南側は断崖、北側は急傾斜地となっています。城壁は自然の岩盤や地形を巧みに利用した美しい曲線を描いており、南の廓と西の廓には「布積み」、三の廓と北の廓には「あいかた積み」という、2通りの異なる石積みの手法が用いられています。城内には、首里城を遥拝する場所や雨乞いのための御獄など、至るところに拝所が存在します。1853年に黒船でアメリカのペリー提督一行が沖縄に立ち寄った際、この中城城を測量しました。その際、彼の著書『日本遠征記』の中で「要塞の資材は石灰岩であり、その石造建築は賞賛すべき構造のものであった」と、その見事な造りを高く評価しています。
執筆協力者PROFILE
國學院大学文学部史学科卒。東海大学大学院文学研究科史学専攻修士課程修了。文学修士。NPO法人世界遺産アカデミー認定講師。世界遺産検定マイスター。歴史能力検定1級。世界史、世界遺産、ビッグヒストリーに関するさまざまな書籍の執筆・翻訳・監修を手掛けてきた。
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執筆協力者PROFILE
國學院大学文学部史学科卒。東海大学大学院文学研究科史学専攻修士課程修了。文学修士。NPO法人世界遺産アカデミー認定講師。世界遺産検定マイスター。歴史能力検定1級。世界史、世界遺産、ビッグヒストリーに関するさまざまな書籍の執筆・翻訳・監修を手掛けてきた。