サン・ピエトロ大聖堂
16世紀からの再建では、ブラマンテやミケランジェロなど、名だたる建築家や芸術家が改築に携わった

見どころDATA

巨匠から巨匠へと繋がれた建設のバトン

イエス・キリストの最初の弟子である聖ペテロの墓所があったとされるヴァティカンの丘。そこに、初めてキリスト教を保護したローマ皇帝コンスタンティヌス1世の命によりバシリカ式の教会が建てられました。建設から約1,000年後の15世紀半ば、教皇ニコラウス5世は建物の老朽化を理由により大きな聖堂への改築を構想します。この案はなかなか実現しませんでしたが、1506年に教皇ユリウス2世が工事の開始に踏み切ります。主任建築家はルネサンス期を代表する名建築家ドナート・ブラマンテ。資金難、技術的課題などにより工事は難航しますが、彼の死後、巨匠ミケランジェロ・ブオナローティらが引き継ぎ、1626年に大聖堂が完成しました。ラファエロ・サンツィオやジュリアーノ・ダ・サンガッロ、バルダッサーレ・ペルッツィ、カルロ・マデルノなど名だたる芸術家が携わった大聖堂は、現在も豪華かつ荘厳な輝きを放っています。

“一進一退”の聖堂建設

建設当初のブラマンテの草案では、大聖堂は集中式プランでした。しかし、次に主任建築家となったラファエロが教皇の意向によりラテン十字形プランに変更し、その後ミケランジェロによって再び集中式に戻されます。さらに17世紀初頭に再びラテン十字形に改築され現在に至っています。着工から完成まで約120年もの歳月がかかったのは、代替わりする教皇の意向と、歴代の主任建築家による大幅な設計変更が関係していました。また、ミケランジェロが設計したドーム(円蓋)は半球体でしたが、彼の死後工事を引き継いだジャコモ・デッラ・ポルタによって、当初よりもやや細身の形状として完成しました。ドームの基部には、“TV ES PETRVS ET SVPER HANC PETRAM AEDIFICABO ECCLESIAM MEAM ET TIBI DABO CLAVES REGNI CAELORVM”「あなたはペトロ。わたしはこの岩の上にわたしの教会を建てる。わたしはあなたに天の国の鍵を与える。」(『マタイによる福音書』16章18-19節)というイエスの言葉が書かれています。

サン・ピエトロ大聖堂
現在の大聖堂の平面プランはラテン十字形となっている(©alzay/Adobe Stock)

光がつくりだす神秘的な信仰空間

聖堂の中央には、バロック期の巨匠ジャン・ロレンツォ・ベルニーニによる巨大な青銅製天蓋(バルダッキーノ)が覆う主祭壇が位置しています。そしてその真下には、初代ローマ教皇とされる聖ペテロの墓があります。墓、祭壇、天蓋は垂直に連なっており、はるか上部のドームの窓から光が降り注ぐような構成となっています。さらに祭壇の後陣には、9世紀に遡る「聖ペテロの司教座」が安置され、それを包み込むようにベルニーニが金色の壮麗なモニュメントを制作しました。後陣の中央のステンドグラスには、聖霊の象徴である鳩が描かれ、その周りを天使が囲んでいます。光の中で輝く鳩の姿は、聖堂の入り口をくぐった人々の目に自然と飛び込んできます。

バルダッキーノ(天蓋)
バルダッキーノ(天蓋)の下には階段があり、聖ペテロの墓へとつながっている(©Pixelshop/Adobe Stock)
ステンドグラス
司教座後陣のステンドグラス。中央には精霊の象徴である鳩が描かれている(©Paolo Gallo/Adobe Stock)

執筆協力者PROFILE

NPO法人世界遺産アカデミー認定講師/世界遺産検定マイスター/Podcast「行きたくなる世界遺産!」パーソナリティ

広島県出身。平和継承の入口として世界遺産検定を受験。現在は認定講師として大学、専門学校等で講座実施。2021年にポッドキャスト「行きたくなる世界遺産!」(地域情報/トラベル部門最高2位獲得)を開設しパーソナリティを務めつつ世界遺産関連施設で番組イベントを開催。

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NPO法人世界遺産アカデミー認定講師/世界遺産検定マイスター/Podcast「行きたくなる世界遺産!」パーソナリティ

広島県出身。平和継承の入口として世界遺産検定を受験。現在は認定講師として大学、専門学校等で講座実施。2021年にポッドキャスト「行きたくなる世界遺産!」(地域情報/トラベル部門最高2位獲得)を開設しパーソナリティを務めつつ世界遺産関連施設で番組イベントを開催。