ヴァティカン市国
ミケランジェロが設計したドーム屋根を戴くサン・ピエトロ大聖堂

遺産DATA

地域 : ヨーロッパ 保有国 : ヴァティカン市国 所在地 : Vatican City 分類 : 文化遺産 登録年 : 1984年 登録基準 : (i) (ii) (iv) (vi) 遺産の面積 : 0.44㎢ 座標 : N41 54 7.776 E12 27 26.5

about

世界で唯一の国全体が世界遺産

キリスト教世界で最も神聖な場所のひとつであるヴァティカン市国は、約2,000年の歴史とカトリック教会の精神性の証として存在しています。ローマ教皇を国家元首とするこの国は人口800人、総面積0.44km2と世界最小の独立国でありながら、国全体が世界遺産に登録されている唯一の場所です。サン・ピエトロ大聖堂の立つヴァティカンの丘は、イエス・キリストの最初の弟子であり初代教皇でもある聖ペテロの墓所であったとされています。4世紀になると、ローマ帝国皇帝として最初にキリスト教を保護したコンスタンティヌス1世の命により、バシリカ式の教会堂が建てられました。主要な巡礼地でもあるヴァティカンは、キリスト教の歴史と直接的に結びついているのみならず、ルネサンスやバロック美術の理想であり、模範的な創造物でもあります。

120年の歳月を経て築かれた芸術家たちの粋「サン・ピエトロ大聖堂」

教会堂建築から約1,000年が経過した15世紀中頃には、老朽化により大きな聖堂へと改築する工事が進められます。その際に主任建築家を務めたのは、ミラノのサンタ・マリア・デッレ・グラーツィエ修道院の改築に従事したドナート・ブラマンテでした。資金難もあり工事が長期化する中で、ブラマンテが亡くなると、ミケランジェロ・ブオナローティらに引き継がれます。最終的には、ラファエロ・サンツィやジュリアーノ・ダ・サンガッロ、バルダッサーレ・ペルッツィ、カルロ・マデルノなどの著名な芸術家が携わり、1626年、世界最大規模の豪華かつ荘厳な大聖堂が完成しました。完成に約120年もの歳月がかかったのは歴代主任建築家によって度々設計の修正が加えられており、歴代教皇の意向が反映されたためと考えられています。集中式プランがラテン十字形プランに変更、さらに集中式プランに戻され、再びラテン十字形へと改築され現在に至っています。特に17世紀の改築で活躍したのがジャン・ロレンツォ・ベルニーニでした。聖堂の最も奥に位置する「聖ペテロの司教座」をはじめ内装や天蓋、140体の聖人像が立つサン・ピエトロ広場がベルニーニによって築かれました。

歴代教皇たちの美術コレクションが収蔵されている「ヴァティカン美術館」

18世紀半ばになるとローマ教皇たちはルネサンス期に遡る古美術品の個人コレクションの拡充にも力を注ぎました。これらのコレクションを、学者や鑑定士、愛好家などが自由に閲覧できる公共の美術館へと変貌させたことが、ヴァティカン美術館の起源と言われています。19世紀から20世紀にかけて更に新しいコレクションが追加され、収蔵する建物も新たに追加されました。

 

アクセス

イタリアの首都ローマの地下鉄「オッタヴィアーノ駅」から徒歩10分、トラムは「リソルジメント駅」から徒歩で約5分。

執筆協力者PROFILE

NPO法人世界遺産アカデミー認定講師/世界遺産検定マイスター/Podcast「行きたくなる世界遺産!」パーソナリティ

広島県出身。平和継承の入口として世界遺産検定を受験。現在は認定講師として大学、専門学校等で講座実施。2021年にポッドキャスト「行きたくなる世界遺産!」(地域情報/トラベル部門最高2位獲得)を開設しパーソナリティを務めつつ世界遺産関連施設で番組イベントを開催。

Details

St. Peter's Basilica / Basilica di San Pietro
イエス・キリストの最初の弟子である聖ペテロの墓所があったとされるヴァティカンの丘。そこに、初めてキリスト教を保護したローマ皇帝コンスタンティヌス1世の命によりバシリカ式の教会が建てられました。建設から約1,000年後の15世紀半ば、教皇ニコラウス5世は建物の老朽化を理由により大きな聖堂への改築を構想します。この案はなかなか実現しませんでしたが、1506年に教皇ユリウス2世が工事の開始に踏み切ります。主任建築家はルネサンス期を代表する名建築家ドナート・ブラマンテ。資金難、技術的課題などにより工事は難航しますが、彼の死後、巨匠ミケランジェロ・ブオナローティらが引き継ぎ、1626年に大聖堂が完成しました。ラファエロ・サンツィオやジュリアーノ・ダ・サンガッロ、バルダッサーレ・ペルッツィ、カルロ・マデルノなど名だたる芸術家が携わった大聖堂は、現在も豪華かつ荘厳な輝きを放っています。
St. Peter's Square / Piazza San Pietro
サン・ピエトロ広場は、サン・ピエトロ大聖堂の目の前に広がる広場です。17世紀に、教皇アレクサンデル7世の命を受けて、建築家ジャン・ロレンツォ・ベルニーニが設計し、1667年に完成しました。広場は上空から見ると鍵穴のような形をしています。半円形の回廊が大聖堂のファサードまで連なっており、訪れる人々を包み込むような構成となっています。回廊には高さ約16mの柱が4列にわたって計284本立ち、その上には140体の聖人の像が置かれています。広場の中央には、古代エジプトのオベリスクがそびえ、その頂上には、十字架が備え付けられています。このオベリスクは、1世紀頃にこの地に存在した円形闘技場に置かれていたもので、西暦64年にネロ帝によって殉教した聖ペテロやキリスト教徒を想起させるものとなっています。
Apostolic Palace(Vatican Palace)/ Palazzo Apostolico
使徒宮殿(ヴァティカン宮殿)はサン・ピエトロ大聖堂に隣接するローマ教皇の公邸です。15世紀から17世紀にかけて、歴代教皇が壮麗さを競い合うように増築と改修を重ねてきました。その壮麗さはルネサンス期とバロック期の芸術史におけるモデルとして称されています。18世紀半ばから、ローマ教皇たちはルネサンス時代にさかのぼる古美術品の個人コレクションの拡大に力を注いできました。その結果として宮殿の一部が学者や愛好家がアクセスできる博物館へと姿を変えました。現在、宮殿の大部分はヴァティカン美術館が占めています。また、宮殿内にはミケランジェロ作の「最後の審判」で有名なシスティーナ礼拝堂をはじめ、ラファエロの間やボルジアの居室などもあります。
Vatican Museums / Musei Vaticani
16世紀初頭に在位した第216代ローマ教皇ユリウス2世は、自身が所蔵する芸術作品を展示するために「ヴァティカン美術館」の基盤となる建物の整備を始めました。1503年、教皇は建築家ドナート・ブラマンテに、ヴァティカン宮殿の修築を依頼しました。この修築には、壮大な「ベルヴェデーレの中庭」とそれに隣接する「彫像の中庭」の建設が含まれていました。彫刻の中庭の壁に設けられたくぼみには、『ラオコーン』や『ベルヴェデーレのアポロン』といった傑作を含む、古代彫像の教皇コレクションが飾られました。こうしてこの場所が、今日のヴァティカン美術館の最初の展示室となったのです。
Sistine Chapel / Cappella Sistina
システィーナ礼拝堂はサン・ピエトロ大聖堂の北側、ヴァティカン宮殿内にある礼拝堂です。もともと宮殿内にあった古い礼拝堂を教皇シクストゥス4世が1477年~1480年にかけて改築させたもので、その教皇名にちなんで「システィーナ礼拝堂」と名付けられました。礼拝堂で有名なのが、ペルジーノ、ボッティチェッリなどルネサンス期を代表する芸術家たちが内装に描いたフレスコ画の絵画作品です。中でも「最後の審判」はミケランジェロの絵画作品の頂点として知られています。
Vatican Apostolic Library / Biblioteca Apostolica Vaticana
ヴァティカン図書館は15世紀に設立された、世界最古の図書館のひとつです。その起源は4世紀には存在した図書館兼文書館に遡ります。13世紀前半にもともとの図書館兼文書館が失われた後、カトリック・ローマ教皇の座がアヴィニョンへ移された「アヴィニョン捕囚」を経て、ローマ復帰後の教皇たちの手によって再設立されました。15世紀には図書館は4つの部屋に分けられ、それぞれラテン語資料、ギリシャ語資料、閲覧制限のある資料、教皇の書簡などを収蔵していました。書籍や資料はその場で閲覧できるほか、厳格な規則のもとで貸し出しも許されていました。

遺産DATA

所在地 : Vatican City
分類 : 文化遺産
登録年 : 1984年
登録基準 : (i) (ii) (iv) (vi)
遺産の面積 : 0.44㎢
座標 :N41 54 7.776 E12 27 26.5

アクセス

イタリアの首都ローマの地下鉄「オッタヴィアーノ駅」から徒歩10分、トラムは「リソルジメント駅」から徒歩で約5分。

執筆協力者PROFILE

NPO法人世界遺産アカデミー認定講師/世界遺産検定マイスター/Podcast「行きたくなる世界遺産!」パーソナリティ

広島県出身。平和継承の入口として世界遺産検定を受験。現在は認定講師として大学、専門学校等で講座実施。2021年にポッドキャスト「行きたくなる世界遺産!」(地域情報/トラベル部門最高2位獲得)を開設しパーソナリティを務めつつ世界遺産関連施設で番組イベントを開催。