World Heritage Sites

世界遺産一覧

(1988年登録)

エピダウロスにあるアスクレピオスの聖域

Sanctuary of Asklepios at Epidaurus
エピダウロスにあるアスクレピオスの聖域
ペロポネソス半島東部の谷間に位置するエピダウロスは、医療の神アスクレピオスが祀られている聖地です。元々は先史時代から治癒の力をもつ神々に捧げられ、紀元前800年頃に治癒の神・アポロンの聖域となった丘がありました。その後紀元前6世紀頃までに、ギリシャ神話においてアポロンの息子とされ、人間の健康と幸福の守護神であるアスクレピオスに捧げられた聖域が、アポロンの聖域の丘から1kmほど離れた平地に築かれました。二柱の治癒の神の聖地であるエピダウロスには、ギリシャ中から病で苦しむ人々が訪れるようになりました。
地域: ヨーロッパ / 国名: ギリシャ共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1988年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)(iv)(vi)
詳細ページを見る Arrow-right

カンタベリー大聖堂、セント・オーガスティン修道院跡とセント・マーティン教会

Canterbury Cathedral, St Augustine's Abbey, and St Martin's Church
カンタベリー大聖堂、セント・オーガスティン修道院跡とセント・マーティン教会
ロンドンの南東80kmにある街、カンタベリーは、イギリス国教会の総本山であるカンタベリー大聖堂、セント・オーガスティン修道院跡、イングランド最古の教会であるセント・マーティン教会を擁し、イギリスにおけるキリスト教信仰の中心となっています。6世紀末、ローマ教皇がイングランドのキリスト教化のため「カンタベリーのアウグスティヌス」を送り出して以来、セント・オーガスティン(聖アウグスティヌス)修道院などが建設され、布教の中心地となりました。現在、一部を残し廃墟となっているこの修道院跡は、国内の歴史的建造物を保護する目的でイギリス政府により設立された組織「イングリッシュ・ヘリテイジ」が管理しています。
詳細ページを見る Arrow-right

グアナフアトの歴史地区と鉱山

Historic Town of Guanajuato and Adjacent Mines
グアナフアトの歴史地区と鉱山
グアナフアトはメキシコ中央部の標高2000mの場所に位置し、16世紀に銀鉱山が発見されたことをきっかけに植民都市が築かれました。18世紀には世界有数の銀の採掘地となり、銀産出量は全世界の4分の1を占めるほどでした。しかし銀によって富を得ていたのは一部のスペイン人であったため、19世紀初頭には都市周辺で反乱軍が蜂起し、メキシコ独立運動で反乱軍が初勝利をおさめました。また本世界遺産は2010年に登録された世界遺産「カミノ・レアル・デ・ティエラ・アデントロ」にも含まれています。
地域: 北米 / 国名: メキシコ合衆国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1988年 / 登録基準: (i)(ii)(iv)(vi)
詳細ページを見る Arrow-right

クイーンズランドの湿潤熱帯地域

Wet Tropics of Queensland
クイーンズランドの湿潤熱帯地域
オーストラリア北東部の海岸沿いに広がる約89万㏊の大半が熱帯雨林に覆われた地域です。熱帯雨林と沖合に広がるサンゴ礁「裾礁」が織りなす珍しい景観がみられます。カンガルーに代表されるオーストラリア固有の有袋類ほとんどが熱帯雨林に起源を持っており、2億年前のシダ植物から始まる植物の進化がみられます。また、5,000万年前から1億年前にオーストラリア大陸と南極大陸の一部を覆っていたゴンドワナ大陸時代の森林の名残が残っています。
地域: オセアニア / 国名: オーストラリア連邦 / 分類: 自然遺産 / 登録年: 1988年 / 登録基準: (vii)(viii)(ix)(x)
詳細ページを見る Arrow-right

クサントスとレトーン

Xanthos-Letoon
クサントスとレトーン
クサントスとレトーンは2つの隣り合った遺跡で、トルコ南西部アンタルヤ県とムグラ県の境界、地中海沿岸のリュキア地方にあります。海洋民族のリュキア人は、アナトリア、ギリシャ、ローマ、ビザンツの異なる時代の文明が混じり合った独自の文化を作り上げました。その政治的・宗教的中心地となったクサントスとレトーンには、岩や石柱にリュキア語とギリシャ語で書かれた文字が刻まれ、紀元前5世紀のクサントスの王子ケレイの人生や、彼らが使っていたインド・ヨーロッパ語族の言語を知る重要な手掛かりになっています。
地域: 西・南アジア / 国名: トルコ共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1988年 / 登録基準: (ii)(iii)
詳細ページを見る Arrow-right

ゴールの旧市街とその要塞

Old Town of Galle and its Fortifications
ゴールの旧市街とその要塞
「インドの涙」と呼ばれる、インド洋に浮かぶスリランカ。この島の南西海岸の岬に位置するゴールは、中東と中国を海路で結ぶ「海の道」(または“海のシルク・ロード”)の中継地点として古代から栄えました。大航海時代の16世紀にはポルトガル人が進出し、要塞を建設。18世紀には、ポルトガルとの覇権争いに勝利してアジアに進出したオランダがこの土地を支配し、ゴールは要塞都市として最盛期を迎えます。その後、イギリスに支配国が移ってからも、ゴールは貿易港として繁栄し続けました。ゴール旧市街の内部には、イギリス国教会の聖堂、キリスト教聖堂を転用したモスクなどが混在しています。
地域: 西・南アジア / 国名: スリランカ民主社会主義共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1988年 / 登録基準: (iv)
詳細ページを見る Arrow-right

サラマンカの旧市街

Old City of Salamanca
サラマンカの旧市街
スペイン西部に位置するサラマンカは、2,000年以上の歴史をもつ都市であり、イベリア半島でも有数の文化遺産が存在します。街の南西を流れるトルメス川に架かる古代ローマ時代の橋をはじめ、12世紀に完成したロマネスク様式の旧大聖堂やサン・マルコス教会、16世紀完成のサリナ宮殿やモンテレイ宮殿などがその歴史を物語っています。特に18世紀に完成したマヨール広場は、スペインで最も壮麗なバロック様式の広場と謳われています。旧市街とその周辺には、ロマネスク様式からゴシック、ルネサンス、バロックに至るまでの宗教建築が点在し、都市全体が歴史的景観を形成しています。また、旧市街の建造物の多くは微少の酸化鉄を含んでおり、その影響で陽光を受けると旧市街全体が金色に輝いて見えることから、「ラ・ドラーダ(黄金都市)」の異名でも知られています。
地域: ヨーロッパ / 国名: スペイン / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1988年 / 登録基準: (i)(ii)(iv)
詳細ページを見る Arrow-right

ジェンネの旧市街

Old Towns of Djenné
ジェンネの旧市街
サハラ砂漠以南のアフリカで最も古い街の一つであるジェンネ。ここは、アフリカ第三の大河であるニジェール川と、その支流のバニ川に挟まれた内陸のデルタ地帯に広がる街です。この街の起源は、紀元前3世紀頃に漁労民・ボゾ族が築いた集落にあるとされ、「ジェンネ」とは、彼らの言葉で「水の精霊」を意味します。14~16世紀のマリ帝国やソンガイ帝国の時代には、多くのイスラム商人が行き来する交易都市としてトンブクトゥと共に発展しました。取引されたのは、岩塩、金、さらには奴隷など、多岐に渡りました。
地域: アフリカ / 国名: マリ共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1988年 / 登録基準: (iii)(iv)
詳細ページを見る Arrow-right

シンハラジャ森林保護区

Sinharaja Forest Reserve
シンハラジャ森林保護区
スリランカ南西部の低地湿潤地帯に位置するシンハラジャ森林保護区は、スリランカで唯一残存する原生熱帯雨林です。尾根と谷が連なり、複雑な河川網が交差する、細長く起伏のある地形になっています。急峻な丘陵地帯でアクセスが困難なため、古来保護されてきた土地ですが、近年、周辺地域の開発が進んだ結果、森林は中世から現在までの間に約10分の1の規模にまで激減しているとも指摘されています。樹木の60%以上が固有種で、その多くが希少種です。スリランカには固有の植物830種が生息していますが、そのうち少なくとも139種がこの保護区内で確認されました。その中には椰子の一種であるロキソコッカス・ルピコラなど16の希少種が含まれています。
地域: 西・南アジア / 国名: スリランカ民主社会主義共和国 / 分類: 自然遺産 / 登録年: 1988年 / 登録基準: (ix)(x)
詳細ページを見る Arrow-right

スースの旧市街

Medina of Sousse
スースの旧市街
チュニジアのサヘル地方に位置するスースのメディナは、海賊や海からの危険にさらされてきた歴史を持つ沿岸都市に適用されたアラブ・イスラムの都市計画を反映する調和のとれた考古学的複合体を形成しています。スースの南東約20kmに位置するモナスティルのメディナとともに、イスラム初期の軍事沿岸建築の独自の原型を示しており、今日まで受け継がれています。
地域: アフリカ / 国名: チュニジア共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1988年 / 登録基準: (iii)(iv)(v)
詳細ページを見る Arrow-right

ストラスブール:グラン・ディルからヌースタットのヨーロッパの都市景観

Strasbourg, Grande-Île and Neustadt
ストラスブール:グラン・ディルからヌースタットのヨーロッパの都市景観
ストラスブールの歴史は、紀元前12年ごろ、古代ローマ軍がイル川の中州に築いた駐屯地に起源を持ちます。ドイツ語で「街道の街」を意味します。ストラスブールのグラン=ディルとヌースタットは、ヨーロッパのラインラントの都市の典型的な例を構成しています。旧市街にはロマネスクとゴシック様式の混在するノートル・ダム大聖堂が位置しています。プティット・フランスと呼ばれる一角にはハーフティンバー様式のドイツ風木造家屋が立ち並んでいます。大聖堂を囲むように広がる眺望は、統一された都市空間を生み出し、河川と運河を中心とした独特の景観を形成しています。
地域: ヨーロッパ / 国名: フランス共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1988年 / 登録基準: (ii)(iv)
詳細ページを見る Arrow-right

聖山アトス

Mount Athos
聖山アトス
エーゲ海に突き出たアクティ半島は、全体がギリシャ正教の聖地です。その東南端にそびえる標高2,000mを越える山がアトス山であり、「聖山アトス」と呼ばれています。この世界遺産は同じくギリシャ正教徒の聖地である『メテオラの修道院群』と同じ1988年に、どちらも複合遺産として登録されました。このあたりの海岸線は非常に複雑であり、その結果、ギリシャでもっとも多くの種類の植物が育っているのです。なお、陸のルートは封鎖されており、巡礼者や観光客は船からしか聖山アトスに行けなくなっています。ダフニ港が入山するための唯一の入り口なのです。修道士がこの地に最初に修道院を築いたのは10世紀半ばと言われていて、以降、次々と修道院が建てられていきます。現在活動する修道院の数は約20です。
地域: ヨーロッパ / 国名: ギリシャ共和国 / 分類: 複合遺産 / 登録年: 1988年 / 登録基準: (i)(ii)(iv)(v)(vi)(vii)
詳細ページを見る Arrow-right

聖地キャンディ

Sacred City of Kandy
聖地キャンディ
スリランカのキャンディには、仏教の中でも重要な遺物「ブッダの犬歯」が納められた聖地があります。16世紀にヴィマラ・ダルマ・スーリヤ1世がキャンディに都を移した際、仏歯を祀るために建てたダラダーマーリガーワ寺院です。祀られた犬歯は、4世紀にインドからスリランカに嫁いだ王女によってもたらされたもので、長い間王国の象徴として守られてきました。さらにこの犬歯は都が移るたびに一緒に移動したといわれており、仏教世界においてその存在の重要性が伝わります。
地域: 西・南アジア / 国名: スリランカ民主社会主義共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1988年 / 登録基準: (iv)(vi)
詳細ページを見る Arrow-right

聖都カイラワーン

Kairouan
聖都カイラワーン
チュニジアの中央部、海と山からほぼ等距離に位置する平野に670年に創建されたカイラワーンは、マグレブにおける最古のアラブ・イスラムの拠点であり、9世紀にアグラブ朝のもとで繁栄しました。12世紀に政治的首都がチュニスへ移された後も、カイラワーンはマグレブ地方における主要な聖都であり続けました。その豊かな建築遺産には、大理石やポルフィリー(紫斑岩)の柱を持つ壮麗な大モスク、9世紀に建てられた「三つの扉のモスク」が含まれています。5世紀にわたりイフリキヤの首都であったこの都市は、アラブ・イスラム文明の卓越した普及の場となりました。カイラワーンは、この文明の初期の時代とその建築的・都市的発展を独自に証言する存在です。
地域: アフリカ / 国名: チュニジア共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1988年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)(v)(vi)
詳細ページを見る Arrow-right

チチェン・イツァの古代都市

Pre-Hispanic City of Chichen-Itza
チチェン・イツァの古代都市
チチェン・イツァはユカタン半島北部のマヤ文明の中心地の一つで、マヤ文明とトルテカ文明が融合した遺跡です。チチェン・イツァは最初にマヤ系の民族によって都市が形成されましたが、後に一度都市は放棄されました。その後10世紀にトルテカ文明(テオティワカン文明崩壊後にメキシコ全域に広がった文明)の影響を受けたイツァ人によって都市が再興されました。そのためチチェン・イツァでは10世紀以前の遺構が多く残る地域を「旧チチェン」、10世紀以後を「新チチェン」と呼び両者は建築様式等でもそれぞれ異なる特徴がみられます。
地域: 北米 / 国名: メキシコ合衆国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1988年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)
詳細ページを見る Arrow-right

テサロニキの初期キリスト教とビザンツ様式の建造物群

Paleochristian and Byzantine Monuments of Thessalonika
テサロニキの初期キリスト教とビザンツ様式の建造物群
ギリシャ北部の都市テサロニキが建設されたのは、紀元前315年のことです。テサロニキとは、アレクサンドロス大王の後継者とされるカッサンドロスの妻「テサロニケ」に由来します。マケドニアの王となった彼は、王妃の名をこの街に与えました。街は初期キリスト教が確立していくなかで、その布教の拠点となりました。また、その立地の良さから交通の要衝となり、ビザンツ帝国時代でも首都コンスタンティノープルに次ぐ第二の都市として繁栄しました。オスマン帝国の支配下(1430年~1912年)では、多くの教会がモスクへと転用され、イスラム教のモスクも新たに建設されました。1912年にギリシャ領となった後も、テサロニキはアテネに次ぐギリシャ第二の都市として、現在も繁栄を続けています。
地域: ヨーロッパ / 国名: ギリシャ共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1988年 / 登録基準: (i)(ii)(iv)
詳細ページを見る Arrow-right

伝説の都市トンブクトゥ

Timbuktu
伝説の都市トンブクトゥ
現在はマリ共和国の地方都市に過ぎないトンブクトゥですが、かつては「黄金の都」と称えられ、ヨーロッパではその栄華が伝説となるほどの繁栄を極めました。元々は遊牧民トゥアレグ族の宿営地だったトンブクトゥは、13世紀、マリ帝国の時代に金や岩塩の交易地として栄え、16世紀にはソンガイ帝国の支配下で最盛期を迎えます。しかし、ヨーロッパ人が大西洋岸航路を発達させたことで地域の情況は変わり、また、1591年にサハラの塩床をめぐる紛争が引き金となってモロッコ軍に占領されるなどして、次第にトンブクトゥは衰退の道をたどります。19世紀には、黄金伝説を信じた探検家がヨーロッパから訪れますが、すでに荒廃していました。
地域: アフリカ / 国名: マリ共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1988年 / 登録基準: (ii)(iv)(v)
詳細ページを見る Arrow-right

トリニダとロス・インヘニオス渓谷

Trinidad and the Valley de los Ingenios
トリニダとロス・インヘニオス渓谷
キューバではスペイン人の入植とほぼ同時にサトウキビ栽培や製糖が始まりましたが、18世紀末に「砂糖革命」が起き、この産業は大規模産業へと発展します。その中心的な存在となったのがトリニダ近郊に広がる肥沃な盆地でした。ロス・インヘニオスとは「砂糖工場」という意味であり、まさしくこの渓谷に56もの砂糖工場が存在したと言われています。砂糖によって巨万の富を得た農園主の一部は、現在の首都であるハバナに豪華な邸宅を建て不在地主となるのですが、トリニダに残った農園主もそれに対抗するように、トリニダに豪華な宮殿を建てるようになりました。その結果、ブルネート邸やカンテロ邸のようなバロック様式の館が中心広場の周辺にいくつも並びました。
地域: 中米・カリブ海 / 国名: キューバ共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1988年 / 登録基準: (iv)(v)
詳細ページを見る Arrow-right

ナンダ・デヴィ国立公園と花の谷国立公園

Nanda Devi and Valley of Flowers National Parks
ナンダ・デヴィ国立公園と花の谷国立公園
インド北部の西ヒマラヤの高地にあるナンダ・デヴィ国立公園はインド第二の高峰ナンダ・デヴィ山(7,817m)をいただき、ヒンドゥー教の女神ナンダの住む聖地として豊かな自然が広がる地域です。ここには絶滅危惧種のユキヒョウやジャコウジカなどが生息しており、環境保護のため1983年からは学術調査以外の入山は禁止されています。険しい山岳地形のナンダ・デヴィ国立公園と対照的に、花の谷国立公園の標高3,500mあたりの雪解け水に恵まれた谷には、穏やかな地形に美しい高山植物の花畑が広がり、600種以上の植物が生息しています。
地域: 西・南アジア / 国名: インド / 分類: 自然遺産 / 登録年: 1988年 / 登録基準: (vii)(x)
詳細ページを見る Arrow-right

バット、アル・フトゥム、アル・アインの考古遺跡

Archaeological Sites of Bat, Al-Khutm and Al-Ayn
バット、アル・フトゥム、アル・アインの考古遺跡
オマーン北部、ハジャル山脈のアフダル山地には、前期青銅器時代にあたる紀元前3千年紀頃の集落と墓地遺跡群が残ります。1972年にデンマークの調査隊が発見し、同時代の集落・墓地遺跡としては、世界で最も完全かつ保存状態の良い遺跡群のひとつとされています。これらの遺構は、この地域で繁栄したマガン国と関連があるものとみられていますが、マガン国の人々がどこから来て、どのような系統に属する民族なのかは今でも詳しくはわかっていません。ただ、メソポタミア文明のアッカド帝国の記録によれば、マガン国は産出した銅をメソポタミアやインダス川流域に供給することで富を得ていました。記録があることからも、両文明とつながりのあった重要な国であったということがわかります。
地域: 西・南アジア / 国名: オマーン国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1988年 / 登録基準: (iii)(iv)
詳細ページを見る Arrow-right

ヒエラポリスとパムッカレ

Hierapolis-Pamukkale
ヒエラポリスとパムッカレ
古代都市ヒエラポリスの歴史は、紀元前2世紀にアッタロス朝(ペルガモン王国)の軍団居留地として築かれたことから始まります。後述のパムッカレの段丘の上に広がるヒエラポリスは、やがて温泉街として栄えるようになり、古代ローマに割譲されたのちに繁栄のピークを迎えます。劇場や浴場、凱旋門といったローマを象徴する建造物や、初期キリスト教建築である八角形の聖堂(マルティリウム)を現在も観ることができます。
地域: 西・南アジア / 国名: トルコ共和国 / 分類: 複合遺産 / 登録年: 1988年 / 登録基準: (iii)(iv)(vii)
詳細ページを見る Arrow-right

ヘンダーソン島

Henderson Island
ヘンダーソン島
南太平洋ポリネシアの東端に位置する英領ピトケアン諸島のひとつで、面積37㎢の環状サンゴ礁の無人島です。17世紀初頭にスペイン人が上陸しましたが、18世紀以降は無人島となり、手つかずの原始のままの環境が残りました。ここには固有種が多く生息しており、飛べない鳥ヘンダーソンクイナをはじめとして陸鳥4種すべてが固有種です。また絶滅危惧種のヘンダーソンミズナギドリの唯一の繁殖地となっています。
詳細ページを見る Arrow-right

マノヴォ – グンダ・サン・フローリス国立公園 

Manovo-Gounda St Floris National Park
マノヴォ – グンダ・サン・フローリス国立公園 
中央アフリカ北部、チャドとの国境付近に広がる国立公園です。北部の広大な氾濫原、南部のポンゴ山地、その中間のサバンナで構成されており、総面積は1万7,400㎢にも達しています。 サヘル地域と熱帯雨林の移行帯にあるため、生息する動植物の種類も豊かで、50種以上の哺乳類、約320種の鳥類などが確認されています。しかし、密猟によって貴重な動物たちが激減してしまいました。たとえば、漢方薬の原料として角が狙われるクロサイは、10頭にまで減っています。アフリカゾウに至っては、密猟のみならず、 スーダンとチャドとの紛争にも巻き込まれ、8万頭から3,000頭まで数を減らしました。このような状況を受け、1997年に危機遺産リストに記載されています。
地域: アフリカ / 国名: 中央アフリカ共和国 / 分類: 自然遺産 / 登録年: 1988年 / 登録基準: (ix)(x)
詳細ページを見る Arrow-right

メテオラの修道院群

Meteora
メテオラの修道院群
メテオラとはギリシア語で「中空に浮く」という意味であり、ギリシア中部にあるメテオラでは、奇岩群が数多くあり、その上に修道院が立っているという、世界でも類を見ない景観が見られます。この奇岩群が形成されたのは今から6,000万年前に誕生したとされ、そこから長い年月をかけて川の水が谷を削り、硬い部分だけが残った結果、このような景観が生まれました。この景観を神の地と思ったのか、古くから人々が住み着いていました。9世紀頃から、現実世界から離れて、決して住みやすいとは言えないこの場所に修道院を築き、祈りを捧げるようになるのです。修道院群があたかも空中に浮いているように見えるから、この地はメテオラと言われました。最盛期には24の修道院があり、7つの修道院が世界遺産に登録されています。
地域: ヨーロッパ / 国名: ギリシャ共和国 / 分類: 複合遺産 / 登録年: 1988年 / 登録基準: (i)(ii)(iv)(v)(vii)
詳細ページを見る Arrow-right

リマの歴史地区

Historic Centre of Lima
リマの歴史地区
リマの歴史地区は、1535年にフランシスコ・ピサロによって設立され、スペイン植民地時代の都市計画と建築が色濃く残る地域です。アルマス広場を中心に放射状に広がる街路網や、石畳の通り、アーチ型の橋など、当時の都市設計が今も息づいています。これらの要素は、南米の植民地都市の発展を示す貴重な証拠とされています。
地域: 南米 / 国名: ペルー共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1988年 / 登録基準: (iv)
詳細ページを見る Arrow-right

ロドス島の中世都市

Medieval City of Rhodes
ロドス島の中世都市
エーゲ海のトルコ沖約20kmに位置するロドス島は、淡路島の2倍程の面積を有する島です。その歴史は長く、紀元前1000年頃には人々が暮らし始めていたとされます。古代ギリシャ時代には「世界の七不思議」のひとつ、太陽神ヘリオスの巨像がつくられたと言われていますが、紀元前227年の大地震で倒壊し現存していません。紀元前42年にはローマに征服されて衰退しましたが、14世紀にエルサレムから逃れてきた聖ヨハネ騎士団(ホスピタル騎士団)がこの地に要塞都市を築いたことで再び脚光を浴びました。現在、世界遺産に登録されているのは、全長4kmの城壁に囲まれたこの中世都市です。
地域: ヨーロッパ / 国名: ギリシャ共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1988年 / 登録基準: (ii)(iv)(v)
詳細ページを見る Arrow-right

ロンドン塔

Tower of London
ロンドン塔
ロンドン市内、テムズ川のほとりに、多くの塔を含む六角形のような壁に囲まれた建築がそびえたちます。征服王とも呼ばれる11世紀にイングランド王ウィリアム1世によって、ローマ時代の城壁の一部を利用して、テムズ川を外敵から守るために建設された要塞が現在残る原型となり、歴代の王によって増改築されてきました。壁の内部で古くから造られたのは「ホワイトタワー」と呼ばれる中央に位置する宮殿のような建物で、他にも宝物庫や礼拝堂等も備えています。全体として窓は小さく、石造りで重厚な建築はノルマン様式と呼ばれ、その後のイギリス各地における要塞建築のモデルとなりました。なお軍事施設としての機能以外にも、要塞のあとは王立造幣局や、王立武器庫、さらには動物園であった時代もあり、そして刑務所や監獄として使われていた時代もありました。中世イングランドの黄金期の君主であったエリザベス1世も、若き日に異母姉のメアリー1世によって陰謀論によって一時投獄され、また母アン・ブーリンも処刑されました。(428)
詳細ページを見る Arrow-right