アラムート城と関連要塞群
イスラム教ニザール派国家の中心となったアラムート城。中世ヨーロッパでは、ニザール派に関する多くの伝説や誇張された逸話が広まり、「暗殺教団」として恐れられた

遺産DATA

地域 : 西・南アジア 保有国 : イラン・イスラム共和国 分類 : 文化遺産 登録年 : 2026年 登録基準 : (iii) 遺産の面積 : 6.723㎢ バッファ・ゾーン : 102.0167㎢ 座標 : N36 26 40.95 E50 35 10.25(アラムート城)

about

アラムート渓谷全体を守る7つの要塞による防衛システム

イラン北部のカズウィーン州、アルボルズ山脈に位置するアラムート城、ランベサル城、ナヴィザルシャー城、シャムス・ケラーイェ要塞、ゴスティンラール要塞、シールクーフ要塞、イラーン要塞の7つの要塞群から構成されています。これらの要塞群は11世紀後半以降、イスラム教イスマーイール派の一派であるニザール派の国家の中心として機能しました。ニザール派はイランとシリアにまたがる広範な地域に山岳要塞網を構築しており、アラムート城を起点に、アラムート城は急峻な岩峰の上に、他の要塞群はアラムート渓谷に築かれ、一帯となって防衛網を形成していました。

ニザール派の都・アラムート城

要塞群の中心であるアラムート城は、9世紀にジュスターン朝の支配者によって建設されたとされています。1090年にニザール派の開祖であるハサン・サッバーフが城を占領してからはニザール派の都となり、ニザール派の文化的・政治的・精神的中心となりました。以後150年以上にわたり、国家の中枢として栄え、城内には著名な図書館が設けられるなど、各地から学者が集まる学問の拠点として発展しました。しかし、1256年にフレグ率いるモンゴル軍によって破壊・占領され、18世紀までは監獄として、19世紀以降は貴族や王族の別荘として利用されました。他の要塞群はランベサル城のみが7~16世紀まで利用されましたが、それ以外の要塞群は主として11~13世紀のニザール派時代に使用されていました。

アクセス

日本(成田空港)からドーハやイスタンブールを経由して、テヘランのエメーム・ホメイニー空港まで約20~30時間(乗り継ぎ時間による)。テヘランからアラムート城までは車で約3時間。

執筆協力者PROFILE

NPO法人世界遺産アカデミー研究員

東京外国語大学言語文化学部卒。在学中にパレスチナやヨルダンなど中東地域への留学を経験。大手メディア企業勤務を経て、2021年より現職。書籍やテレビ番組等の監修を行う。
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遺産DATA

分類 : 文化遺産
登録年 : 2026年
登録基準 : (iii)
遺産の面積 : 6.723㎢
バッファ・ゾーン : 102.0167㎢
座標 :N36 26 40.95 E50 35 10.25(アラムート城)

アクセス

日本(成田空港)からドーハやイスタンブールを経由して、テヘランのエメーム・ホメイニー空港まで約20~30時間(乗り継ぎ時間による)。テヘランからアラムート城までは車で約3時間。

執筆協力者PROFILE

NPO法人世界遺産アカデミー研究員

東京外国語大学言語文化学部卒。在学中にパレスチナやヨルダンなど中東地域への留学を経験。大手メディア企業勤務を経て、2021年より現職。書籍やテレビ番組等の監修を行う。
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