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ローマ帝国が築いた国境防衛線
歴史上最も広大な領地を治めた帝国のひとつであるローマ帝国は、「リーメス」と呼ばれる防衛網によって、帝国の国境線を防御してきました。その防衛網は、西は大西洋沿岸から東は黒海に至り、北はスコットランド中部、南はサハラ砂漠の北縁に至り、総延長は5,000kmを超えていました。これらのリーメスの大部分は、帝国が最大版図を築いた2世紀に主に構築されました。リーメスの遺跡はヨーロッパ各地に残されていますが、そのうち帝国北西部に位置したイギリス北部の「ハドリアヌスの長城」と「アントニヌスの長城」、およびドイツに残るリーメスが『ローマ帝国の境界線』として世界遺産に登録されています。なお、「ローマ帝国の境界線」という括りとしては、オーストリア、ドイツ、スロバキアにまたがる「ドナウのリーメス(西側部分)」と、オランダとドイツ間に広がる「低地ゲルマニアのリーメス」、ルーマニアの「ダキア」がそれぞれ別の世界遺産として登録されています。
帝国北西端の国境線
グレートブリテン島では、西暦43年に南部に帝国の属州(ブリタニア)が置かれるも、北部ではピクト人などの現地部族の激しい抵抗が続いていました。五賢帝の一人としても名高いハドリアヌス帝(在位:117~138年)は、属州の安定のために帝国各地を巡回した際に、部族の南進を抑える防壁の建設を命じました。これが「ハドリアヌスの長城」で、リーメスとしては初めての大規模な城壁でした。西海岸のボウネス・オン・ソルウェイと東海岸のニューカッスル・アポン・タインを結ぶ118㎞にわたって延び、高地の地形を見事に利用しています。続くアントニヌス・ピウス帝(在位:138~161年)は、国境線をさらに北へ押し上げようと、142年ごろから新たな城壁の建設を開始しました。「アントニヌスの長城」と呼ばれるこの城壁は、スコットランドのフォース川河口のボウネスから、クライド川河口のオールド・キルパトリックまでの約60kmに延びていました。石造りの要塞や堡塁、壕などを備えていましたが、160年代には放棄されたと考えられています。
大陸部に築かれたリーメス
ローマ帝国は大陸部でも国境線の整備を進めました。西暦85年ごろ、ドミティアヌス帝(在位:81~96年)の時代に、ドイツのライン川沿いのラインブロールと、ドナウ川沿いのアイニングの間に防壁の建設が始まり、その後2世紀末にかけて段階的に拡張・強化されていきました。「上ゲルマニア・ラエティアのリーメス」と呼ばれるこのリーメスは、全長550㎞に及び、ローマ帝国とゲルマン諸部族の領域とを隔てる軍事的・文化的境界線として機能しました。リーメス沿いには、約900ヵ所の監視塔と60ヵ所以上の要塞が確認・推定されており、その周辺には兵士の家族や商人、職人などが暮らす集落も形成されました。
アクセス
【ハドリアヌスの長城】エディンバラから鉄道でカーライル駅へ、さらにバスで1時間。
【アントニヌスの長城】グラスゴーから車で約30分。
【ドイツ・リーメス(ザールブルク城砦)】フランクフルトからバスで約20分。
執筆協力者PROFILE
東京外国語大学言語文化学部卒。在学中にパレスチナやヨルダンなど中東地域への留学を経験。大手メディア企業勤務を経て、2021年より現職。書籍やテレビ番組等の監修を行う。
≫世界遺産の執筆記事一覧
≫構成資産・みどころの執筆記事一覧
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【ハドリアヌスの長城】エディンバラから鉄道でカーライル駅へ、さらにバスで1時間。
【アントニヌスの長城】グラスゴーから車で約30分。
【ドイツ・リーメス(ザールブルク城砦)】フランクフルトからバスで約20分。
執筆協力者PROFILE
東京外国語大学言語文化学部卒。在学中にパレスチナやヨルダンなど中東地域への留学を経験。大手メディア企業勤務を経て、2021年より現職。書籍やテレビ番組等の監修を行う。
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