中尊寺
金色堂は保存のため、覆堂(おおいどう)の中に収められている。堂内には奥州藤原氏四代の遺体や首級(しるし)が納められている

平和への祈りと非戦の決意が込められた寺

中尊寺は850(嘉祥3)年、比叡山の天台宗第3代座主・慈じ覚かく大だい師し円えん仁にんによって開山された天台宗の東北大本山です。中尊寺のある平泉は、前九年合戦(1051~62年)や後三年合戦(1083~87年)の戦乱を経て、安倍氏から清原氏へと受け継がれ、奥州藤原氏の初代藤原清衡が支配する地となりました。1105(長治2)年、藤原清衡はかつて衣関と呼ばれた関所があった関山に、中尊寺の造営を開始します。はじめに福島県の白河関から青森県の外浜にいたるまで一町ごとに笠かさ卒そ都と婆ばと呼ばれる供養塔を建て、その中心にあたる関山に1基の塔を建立しました。その後、寺塔40余り、禅坊300余りに及ぶ大規模な堂塔が造営されていきます。1126(天治3)年、大伽藍の完成にともない捧げられた『供養願文』には、蝦夷征討以来の多くの戦いで命を落とした人々の魂を、敵味方の区別なく浄土へ導くとともに、辺境の地とされた奥州に法華経に基づく現世の仏国土を建設しようとした清衡の願いが記されています。戦乱によって父や妻子を失った藤原清衡にとって、中尊寺の造営は平和への祈りと非戦の決意が込められているのです。現在の中尊寺には、「金色堂」「金色堂覆堂」「経蔵」をはじめ、「願成就院宝塔」「白山神社能舞台」「大池伽藍跡」など19の建造物や史跡が残されています。

現存する唯一の創建遺構の金色堂

中尊寺の中で、創建当初の姿を唯一留めているのが金色堂です。1124(天治元)年に上棟され、堂の内外に金箔を押してある皆金色の阿弥陀堂です。4本の巻柱をはじめ須弥壇や長押にいたるまで、南海産の夜光貝を用いた螺鈿、透かし彫りの金具、漆の蒔絵など、平安時代後期の工芸技術を結集した繊細な細工が施されています。須弥壇には奥州藤原三代の遺骸が安置されており、中央壇は初代清衡、向かって左奥の南脇壇は2代基衡、右奥の北脇壇は3代秀衡と推定されています。また経蔵には、藤原三代によって発願・書写された「金銀字交書一切経」「金字一切経」「金字法華経」が納められました。金字一切経の書写は都の皇族や上級貴族にしか行うことのできない大事業であり、金銀字一切経にいたっては慈覚大師の『入唐求法巡礼行記』に中国の五台山に存在したと記されているのみで、国内では中尊寺にしか残されていない極めて貴重な文化財です。

源頼朝の奥州平定と奥州藤原氏の滅亡

1187(文治3)年、源義経は3代藤原秀衡を頼って平泉に身を寄せました。同年10月に秀衡が病死すると、4代泰衡は源頼朝からの圧力に耐えかね、義経を自害に追い込みます。しかし頼朝の軍勢は攻撃の手を緩めず、鎌倉の軍勢を率いて奥州を攻めました。泰衡は蝦夷地への逃亡を図り、その道中、現在の秋田県大館市に居城を構えていた家臣の河田次郎を頼りますが、次郎に裏切られて殺害されました。こうして1189(文治5)年、奥州藤原氏は滅亡しました。中尊寺金色堂須弥壇の秀衡の遺骸とともに収められている首桶の主は、この泰衡のものであることが確認されています。平泉の寺院群を目にした頼朝は、その壮大な仏教文化に感銘を受け、中尊寺大長寿院(二階大堂)を模して、鎌倉に永福寺(二階堂)を建立したと伝えられています。

松尾芭蕉が詠んだ平泉と金色堂の盛衰

奥州藤原氏が滅亡してから500年目にあたる1689(元禄2)年、松尾芭蕉は門人の曽良とともに『奥の細道』の旅に出ました。江戸を発ってから44日後にあたる旧暦5月13日、平泉を訪れた芭蕉は、まず源義経の居館跡と伝えられる高館の丘に登ります。かつて栄華を誇った旧跡を見て、「夏草や 兵どもが 夢の跡」の句を詠みました。続いて中尊寺を訪れた芭蕉は、覆堂の中で創建当時の輝きを残す金色堂を目にし、「五月雨の 降り残してや 光堂」の句を詠んでいます。

松尾芭蕉の像
1689年に平泉を訪れた松尾芭蕉の像。金色堂を見て「五月雨の 降り残してや 光堂」と詠んだ(©masterka/Adobe Stock)

執筆協力者PROFILE

高等学校教諭/NPO法人世界遺産アカデミー認定講師/世界遺産検定マイスター

兵庫県出身。中学3年生の夏休みの台湾ひとり旅をきっかけに、旅行先の歴史・景色・料理など、世界を知る魅力のとりこになる。「世界遺産を学習して見て感動して」をモットーに活動。全国通訳案内士の資格も有し、日本の魅力も発信している。
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兵庫県出身。中学3年生の夏休みの台湾ひとり旅をきっかけに、旅行先の歴史・景色・料理など、世界を知る魅力のとりこになる。「世界遺産を学習して見て感動して」をモットーに活動。全国通訳案内士の資格も有し、日本の魅力も発信している。
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