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ゴルゴタの丘と聖墳墓教会の起源
聖墳墓教会は、イエスの墓とされる場所に立つ教会です。1世紀初頭、イエスは現在のイスラエル北部にあたるガリラヤ地域で伝道を行っていたとされます。ユダヤ教を指導していた伝統的な祭司や、律法を厳格に遵守するパリサイ派を形式主義として批判しました。パリサイ派を含む宗教指導者層の一部などは、イエスがローマ帝国への反逆分子であるとして、当時のユダヤ属州総督ポンテオ・ピラトに訴えました。そして西暦30年ごろ、イエスはエルサレムで死刑判決を受け、当時最も重い刑罰であった十字架刑に処されました。磔刑が執行されたゴルゴタの丘は、ユダヤ戦争やローマ帝国の支配によって場所が分からなくなっていましたが、326年にローマ皇帝のコンスタンティヌス帝の母ヘレナによって特定され、コンスタンティヌス帝の命で335年に最初の聖墳墓教会が建てられました。7世紀にエルサレムがイスラム勢力の支配下に置かれた際、第2代正統カリフのウマルは教会の破壊や転用を禁じましたが、1009年にファーティマ朝のカリフ、アル・ハーキムによって破壊されてしまいます。そこから約100年後となる1099年、エルサレムを占領した第一回十字軍がロマネスク様式の聖堂を建設し、聖墳墓教会を再建しました。1187年、サラディンによってエルサレムが奪還された後も教会は存続し、現在に至るまでイスラム教徒の一族が鍵と扉の管理を担っています。

聖墳墓教会の構造
聖墳墓教会は、複数の礼拝堂や聖堂などから成る複合施設となっています。入口のすぐ右手に、ゴルゴタの丘があったとされる場所があります。階段を上ると、向かって右側にイエスが十字架に釘で磔にされた場所、左側にイエスが絶命した場所があり、豪華な装飾が施された祭壇が置かれています。十字架を立てたとされる岩には、現在も触れることができます。入口正面には、十字架から降ろされたイエスの遺体に香油を塗った場所とされる大理石の板「塗油の石」が置かれています。教会を訪れた信徒は、板に顔や身体を寄せたり、キスをしたりして祈りを捧げます。そこからさらに左に進むと、聖墳墓のあるロタンダへと至ります。ドーム天井をいただくロタンダの中央にはエディクラと呼ばれる小さな聖堂が立ち、その内部にイエスの遺体を安置したとされる石墓があります。近年の研究では、石墓と後世に追加された大理石の間の漆喰が西暦345年ごろに遡ることが確認され、コンスタンティヌス帝の時代と一致することが判明しました。そのほか教会内には、天井のドームにパントクラトール(全能者ハリストス)の金色のイコン画が描かれたギリシャ正教のカトリコンや、聖墳墓の発見者であるヘレナに捧げられた聖ヘレナ聖堂、各教派の修道院などが存在しています。




ヴィア・ドロローサの終着点
イエスが死刑判決を受けた総督ピラト邸から、十字架を背負ってゴルゴタの丘まで歩いたとされる最後の道のりは「ヴィア・ドロローサ(苦難の道)」と言われます。道中には、当時の出来事を示す場所として「留(ステーション)」と呼ばれる中継地が旧市街に14件置かれています。巡礼者は留に従ってイエスが辿った道を歩み、その受難を追体験します。聖墳墓教会にはイエスが衣をはぎ取られた10留、十字架にかけられた11留、十字架で絶命した12留、十字架から遺体が降ろされた13留、墓に埋葬された14留が設定されており、10留は教会前庭の北東端に位置するフランク礼拝堂、11・12留は贖罪聖堂の祭壇、13留は塗油の石、14留はエディクラ内の石墓とされています。旧市街では、祈りの言葉を唱えたり、賛美歌を歌いながら十字架を掲げてヴィア・ドロローサを巡礼し、聖墳墓教会を目指す人々の姿も見られます。


教派間の争いを避ける管理体制
聖墳墓教会は、ローマ・カトリック教会、ギリシャ正教会、アルメニア使徒教会、コプト正教会、エチオピア正教会、シリア正教会の6つの教派によって共同で使用・管理されています。例えばロタンダのうち、北西部分はギリシャ正教会、西部分はシリア正教会とコプト教教会といったように、同じ空間内でも複数の教派が利用しています。聖地を巡る争いを避けるため、教会の管理はおよそ800年にわたりエルサレムに暮らすイスラム教徒が管理しており、鍵はアル・フセイニ一族、扉の開閉はヌセイベ一族が管理を担ってきました。また、教会は現状維持(ステータス・クオ)の原則によって管理されており、教会内で何らかの変更を加える場合は、すべての教派の同意が必要となります。この法令は、教派間の争いを防ぐため、1853年にオスマン帝国によって定められたものです。

執筆協力者PROFILE
東京外国語大学言語文化学部卒。在学中にパレスチナやヨルダンなど中東地域への留学を経験。大手メディア企業勤務を経て、2021年より現職。書籍やテレビ番組等の監修を行う。
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東京外国語大学言語文化学部卒。在学中にパレスチナやヨルダンなど中東地域への留学を経験。大手メディア企業勤務を経て、2021年より現職。書籍やテレビ番組等の監修を行う。
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