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第二次世界大戦最大の軍事作戦のはじまり
第二次世界大戦中の1944年6月6日、フランス北西部にあるノルマンディー地方の海岸に、空と海から約16万人の連合軍兵士が上陸しました。西ヨーロッパをナチス・ドイツの占領から解放することを目的とするノルマンディー上陸作戦(オーバーロード作戦)の始まりでした。作戦は、英仏海峡に面したセーヌ湾の海岸への空挺降下作戦を皮切りに、ドイツ軍が築いた防衛線「大西洋の壁」への大規模な航空・艦砲攻撃が行われました。その後、ユタ、オマハ、ゴールド、ジュノー、ソードの5つの海岸への上陸作戦が展開されました。6月6日の作戦決行日は「D-Day」と呼ばれ、第二次世界大戦の重要な転換点のひとつとなりました。
上陸作戦の計画
1938年頃からヨーロッパ各地に侵略したナチス・ドイツは、1940年6月にフランスの大半を占領しました。フランスは降伏し、傀儡政権のヴィシー政権が置かれましたが、シャルル・ド・ゴールらはロンドンに亡命政府を樹立し、ナチス・ドイツへの抵抗を呼び掛けていました。1943年にイランのテヘランで行われた会談(テヘラン会談)の中で、アメリカのフランクリン・ルーズベルト大統領、英国のウィンストン・チャーチル首相、ソ連の最高指導者ヨシフ・スターリンは、北フランスへの上陸作戦について協議しました。この協議に基づき、アイゼンハワー率いる連合軍によって行われたのがノルマンディー上陸作戦でした。結果として、この作戦は第二次世界大戦における重要な転換点のひとつとなり、西部戦線の終結の足掛かりとなりました。
上陸地点となった5つの海岸と断崖
世界遺産には、アメリカ軍の上陸地点であったユタとオマハ、英国の上陸地点であったゴールドとソード、カナダの上陸地点であったジュノーの5つの海岸と、ドイツ軍の砲台を破壊するために、連合軍兵士がよじ登った断崖ポワント・デュ・オックが登録されています。オマハ海岸では特に激しい戦闘が繰り広げられ、多くの犠牲者が出ました。現在も各地には軍事施設・建造物の遺構や、犠牲者の慰霊碑と墓地が残されており、当時を伝える記憶の場となっています。
アクセス
日本からフランスまで、直行便で約15時間。パリのシャルル・ド・ゴール国際空港からオマハ海岸まで、車で約3時間。
執筆協力者PROFILE
東京外国語大学言語文化学部卒。在学中にパレスチナやヨルダンなど中東地域への留学を経験。大手メディア企業勤務を経て、2021年より現職。書籍やテレビ番組等の監修を行う。
≫世界遺産の執筆記事一覧
≫構成資産・みどころの執筆記事一覧
アクセス
日本からフランスまで、直行便で約15時間。パリのシャルル・ド・ゴール国際空港からオマハ海岸まで、車で約3時間。
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東京外国語大学言語文化学部卒。在学中にパレスチナやヨルダンなど中東地域への留学を経験。大手メディア企業勤務を経て、2021年より現職。書籍やテレビ番組等の監修を行う。
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