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ポルトガル植民地時代に築かれた農園群
アフリカ大陸西部のギニア湾に浮かぶサントメ・プリンシペ民主共和国は、サントメ島とプリンシペ島などの島々からなる島国です。サントメ・プリンシペには、ポルトガル植民地時代の大規模農園「ロサ」が各地に残されています。ロサは19世紀後半に森林を開墾してつくられた、サントメ・プリンシペ特有の大規模農園で、コーヒーや輸出用カカオの生産拠点となりました。その建築や空間構成、生産インフラは、ヨーロッパの技術やプランテーションの仕組みがアフリカへ移転されたことを示すとともに、奴隷制廃止後も強制労働や契約労働へ移行しながら、労働力の搾取が続いた過程を今に伝えています。世界遺産には、サントメ島にあるモンテ・カフェ、アグア・イゼ、ディオゴ・ヴァス、サン・ジョアンと、プリンシペ島にあるスンディ、ベロ・モンテの計6つのロサが登録されています。
奴隷制廃止後も続いた強制労働と厳格な管理体制
ポルトガル人がサントメ・プリンシペを発見したのは15世紀で、当時は無人島でした。ポルトガルはサントメ島に囚人を移住させ、本土から連れてきた奴隷を利用して砂糖プランテーションを設立しました。1875年にポルトガル本国で奴隷制度が廃止された後も、アンゴラやモザンビーク、カーボベルデから動員されたアフリカ人労働者による強制労働や契約労働制度に基づいてロサの運営が行われました。ロサは外部との接触を制限し、独自の経済圏を備えた孤立した単位として機能し、労働者は薄い壁で仕切られた不衛生な宿舎に暮らした一方、農園主は農園全体を見下ろす高台の邸宅に住んでいました。監視塔や集会によって厳格な労働者の管理・統制が行われ、20世紀には労働生産性の向上と、制度に対する国際的な批判への対応を目的として、敷地には病院や教育施設なども整備されるようになりました。
アクセス
【モンテ・カフェ】日本(成田空港)からポルトガルのリスボンまで、アムステルダムなどを経由して、飛行機で18~20時間。リスボンからサントメ国際空港まで約7時間。サントメからモンテ・カフェまで、車で約30分。
執筆協力者PROFILE
東京外国語大学言語文化学部卒。在学中にパレスチナやヨルダンなど中東地域への留学を経験。大手メディア企業勤務を経て、2021年より現職。書籍やテレビ番組等の監修を行う。
≫世界遺産の執筆記事一覧
≫構成資産・みどころの執筆記事一覧
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アクセス
【モンテ・カフェ】日本(成田空港)からポルトガルのリスボンまで、アムステルダムなどを経由して、飛行機で18~20時間。リスボンからサントメ国際空港まで約7時間。サントメからモンテ・カフェまで、車で約30分。
執筆協力者PROFILE
東京外国語大学言語文化学部卒。在学中にパレスチナやヨルダンなど中東地域への留学を経験。大手メディア企業勤務を経て、2021年より現職。書籍やテレビ番組等の監修を行う。
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