構成資産DATA
歴代の王たちにより建てられた神殿
現在のルクソールは、古代エジプトではテーベと呼ばれており、中王国時代(紀元前2040年頃~前18世紀頃)と新王国時代(紀元前1550年頃~前1070年頃)における都となりました。そのテーベにたたずむエジプト最大の神殿がカルナク神殿です。中王国時代に建設がはじまり、新王国時代には歴代の王が大規模な石像や列柱を神殿に寄進して、拡張していきました。カルナク神殿はテーベの守護神であるアメン神、その妻ムト女神、ハヤブサの神であるメンチュ神を祀った三つの神域と、プタハ神などのその他の神に捧げられた小神殿からなる神殿複合体です。

戦勝に感謝した王たち
軍事遠征が活発化した新王国時代においては、テーベの守護神であるアメン神は、太陽神ラーと結びつき、神の中の神として崇められました。そして、戦争に勝利した時には、王たちは神々に感謝し、カルナク神殿に様々な建造物を捧げていくのです。例えば、第18王朝のファラオ・トトメス1世が建てたオベリスクは高さ22mもあるのですが、娘のハトシェプスト女王はそれよりも8m高いオベリスクをすぐ横に建てました。また、134本もの石柱が林立する大列柱室は、アメンホテプ3世が建設をはじめ、第19王朝のセティ1世とその息子ラメセス2世が拡張し、今日のような巨大なホールとなりました。カルナク神殿は、当時の王たちの宗教観が形となった資産であり、極めて重要であると言えるでしょう。


カルナク神殿とルクソール神殿を結ぶ参道
古代エジプトでは、太陽の動きが太陽神の軌跡と考えられたため、カルナク神殿含む多くの神殿が、東西を軸に建てられています。しかし、カルナク神殿は例外的に南北軸も持ち合わせています。これは、第7塔門からムト神殿を通り、古代エジプトで最も重要な祭りのひとつであった、オペト祭の舞台となったルクソール神殿へ至るものです。2つの神殿を結ぶ約2,700mの道の両脇には、アメン神の象徴である雄羊の頭をもつスフィンクス像がずらりと並べられていました。参道は「スフィンクス参道」とも呼ばれています。参道の大部分は長らく地中に埋もれ、その上には家屋やモスク、教会、政府機関の建造物が建てられていましたが、2021年11月に修復工事が完了し、およそ3,000年ぶりに再び両神殿をつなぐ道が姿を現しました。

執筆協力者PROFILE
世界遺産検定初代マイスターの一人。地歴公民科の教諭として7年間大阪の公立高校で勤務。現在、世界遺産アカデミー認定講師として大学や私立中学で講義、授業を展開。また、自身のYouTubeチャンネル「翼の世界史チャンネル」で受験世界史の動画を配信。
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世界遺産検定初代マイスターの一人。地歴公民科の教諭として7年間大阪の公立高校で勤務。現在、世界遺産アカデミー認定講師として大学や私立中学で講義、授業を展開。また、自身のYouTubeチャンネル「翼の世界史チャンネル」で受験世界史の動画を配信。