ルクソール神殿
ルクソール神殿の第1塔門前。ラメセス2世の坐像と立像があり、かつては2本のオベリスクが立っていた

構成資産DATA

カルナク神殿に勝るとも劣らない規模の神殿

ルクソール神殿は、エジプト最大の神殿であるカルナク神殿に付属する副神殿です。カルナク神殿の南西約3kmに位置しています。副神殿でありながら、重要な祭礼の舞台でもあり、「南の聖域」を意味する「イペト・レスィト」と呼ばれていました。神殿は、新王国時代のアメンホテプ3世(在位:紀元前1390年頃~前1352年頃)により造営され、その後ラメセス2世(在位:紀元前1279年頃~前1213 年頃)により大改築が行われました。第一塔門には、ラメセス2世が築いた高さ25mの巨大なオベリスクが立っています。元々は2本ありましたが、現地に残るのは1本のみです。もう1本は19世紀にフランスに贈られ、現在も遥か遠くのパリのコンコルド広場に存在しています。神殿内にはアメンホテプ3世やラメセス2世の中庭、大列柱廊などがあります。「誕生の間」には、アメンホテプ3世が、トトメス4世(在位:紀元前1400年頃~1390年頃)に変装したアメン・ラー神から誕生したという内容のレリーフが刻まれており、自らの権威を示すものとなっています。神殿は、古代ローマ帝国時代には皇帝崇拝の礼拝堂が築かれ、レリーフの上にフレスコ画が描かれました。また、イスラム教が興ってからはモスクとしても利用されました。

ラメセス2世の中庭
ラメセス2世の中庭。ラメセス2世の立像が並ぶ(©whatafoto/Adobe Stock)

当時熱狂したオペト祭の開催地

カルナク神殿からルクソール神殿は、かつてスフィンクス参道という参道で繋がっていました。この参道を活用して行われていたとされるのが「オペト祭」という祭です。オペト祭とは、毎年ナイル川の増水時に行われた祭礼であり、カルナク神殿に祀られた神々を「アメンの聖船」と呼ばれる神輿にのせ、ルクソール神殿に運んだのです。これらの神像はルクソール神殿で数日安置され、王が儀礼を行うことで、王と神の結びつきを強くしたのです。このオペト祭は約10日間続けられ、神輿が通る時に民衆は熱狂し、飲み食いをしては踊ったと言われています。これらの様子は大列柱廊の東西の壁画にも残されており、非常に興味深いです。

ルクソール神殿
ナイル川から見たルクソール神殿。中央にはアブ・エル・ハッジャージのモスクが見える(©Andrej/Adobe Stock)

執筆協力者PROFILE

京都橘大学・大阪成蹊大学講師/NPO世界遺産アカデミー認定講師/世界遺産検定マイスター

世界遺産検定初代マイスターの一人。地歴公民科の教諭として7年間大阪の公立高校で勤務。現在、世界遺産アカデミー認定講師として大学や私立中学で講義、授業を展開。また、自身のYouTubeチャンネル「翼の世界史チャンネル」で受験世界史の動画を配信。

執筆協力者PROFILE

京都橘大学・大阪成蹊大学講師/NPO世界遺産アカデミー認定講師/世界遺産検定マイスター

世界遺産検定初代マイスターの一人。地歴公民科の教諭として7年間大阪の公立高校で勤務。現在、世界遺産アカデミー認定講師として大学や私立中学で講義、授業を展開。また、自身のYouTubeチャンネル「翼の世界史チャンネル」で受験世界史の動画を配信。