ラメセス2世葬祭殿(ラメセウム)
第二中庭には花こう岩で築かれたラメセス2世の巨像が存在したが、現在は頭部のみが残る。もうひとつの像の上半身部は大英博物館にある

構成資産DATA

約20年かけて造られた葬祭殿

ナイル川西岸にあるラメセス2世葬祭殿は、新王国時代の第19王朝のファラオ・ラメセス2世が建設した葬祭殿です。ラメセス2世は紀元前1279年頃に即位し、90歳を超えるまで約70年にもわたってエジプトを統治しました。この葬祭殿の建築に必要とした労働者は約3,000人以上と言われており、着工から約20年で完成したと言われています。葬祭殿は、王の葬祭だけでなく生前の儀式にも使われていたと考えられています。ヒエログリフを解読したことでも知られる、フランスの古代エジプト学者シャンポリオンは、ラメセス2世葬祭殿を「ラメセウム」と呼び、「テーベで最も高貴にして典雅な建物」と称えました。今でもその威厳ある葬祭殿を拝むことができます。

ラメセウム
上空から見たラメセウム(©Tomasz Czajkowski/Adobe Stock)

葬祭殿に残る様々な遺産

ラメセウムは、残念ながらナイル川の氾濫などにより多くの部分が破壊されているのですが、今でもその繁栄をきわめた面影を垣間見ることができます。中庭には、黒色花崗岩でできたラメセス2世の頭部のみの像が残り、また、「オジマンディアスの巨像」と言われる巨石が横たわっています。この巨石の当時の重さは1,000トン以上と推定され、巨像がたくさんつくられた古代エジプトにおいてもトップクラスの大きさであったと言われています。さらに、第二塔門の裏には紀元前1285年頃に発生した「カデシュの戦い」を描いたレリーフが残ります。これは、当時の強国ヒッタイトとエジプトが戦った戦いであり、その後に結ばれた「カデシュの和約」は世界最古の和約として知られています。実際には引き分けに終わったようですが、レリーフではラメセス2世の大勝利として刻ませています。

大列柱室
中庭の奥に大列柱室がある。柱はパピルスを模したもの(©FelixB/Adobe Stock)
「カデシュの戦い」のレリーフ
紀元前1275年頃にヒッタイト軍との間で起きた「カデシュの戦い」のレリーフ。実際は引き分けだったが、ここではラメセス2世の大勝利として描かれている(©photogallet/Adobe Stock)

執筆協力者PROFILE

京都橘大学・大阪成蹊大学講師/NPO世界遺産アカデミー認定講師/世界遺産検定マイスター

世界遺産検定初代マイスターの一人。地歴公民科の教諭として7年間大阪の公立高校で勤務。現在、世界遺産アカデミー認定講師として大学や私立中学で講義、授業を展開。また、自身のYouTubeチャンネル「翼の世界史チャンネル」で受験世界史の動画を配信。

執筆協力者PROFILE

京都橘大学・大阪成蹊大学講師/NPO世界遺産アカデミー認定講師/世界遺産検定マイスター

世界遺産検定初代マイスターの一人。地歴公民科の教諭として7年間大阪の公立高校で勤務。現在、世界遺産アカデミー認定講師として大学や私立中学で講義、授業を展開。また、自身のYouTubeチャンネル「翼の世界史チャンネル」で受験世界史の動画を配信。