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アヴィニョンの歴史地区:教皇庁宮殿、司教の建造物群、アヴィニョンの橋
Historic Centre of Avignon: Papal Palace, Episcopal Ensemble and Avignon Bridge
アゾレス諸島の港町アングラ・ド・エロイズモ
Central Zone of the Town of Angra do Heroismo in the Azores
アッシジのサン・フランチェスコ聖堂と関連建造物群
Assisi, the Basilica of San Francesco and Other Franciscan Sites
アルコバサの修道院
Monastery of Alcobaça
アンティグア・グアテマラ
Antigua Guatemala
アントニ・ガウディの作品群
Works of Antoni Gaudí
『アントニ・ガウディの作品群』は、スペイン東部・カタルーニャ地方の中心都市バルセロナとその周辺に点在する、建築家アントニ・ガウディ(本名:アントニ・ガウディ・イ・コルネ)が手掛けた7つの建築物によって構成されています。ガウディは、1852年に銅版器具職人の息子として生まれ、バルセロナの建築学校に進学しました。26歳の時、パリ万博に作品を出展したことがきっかけで、最大の支援者となる実業家エウゼビ・グエルと出会います。グエルはガウディのパトロン的な存在として、自邸や別邸の設計を委ねたほか、数々の傑作の建設に貢献しました。1883年、ガウディはサグラダ・ファミリア贖罪聖堂の建築主任となり設計に奔走します。しかし、1926年に建築途中の聖堂を残し、不慮の事故でこの世を去ってしまいました。
ヴァティカン市国
Vatican City
キリスト教世界で最も神聖な場所のひとつであるヴァティカン市国は、約2,000年の歴史とカトリック教会の精神性の証として存在しています。ローマ教皇を国家元首とするこの国は人口800人、総面積0.44km2と世界最小の独立国でありながら、国全体が世界遺産に登録されている唯一の場所です。サン・ピエトロ大聖堂の立つヴァティカンの丘は、イエス・キリストの最初の弟子であり初代教皇でもある聖ペテロの墓所であったとされています。4世紀になると、ローマ帝国皇帝として最初にキリスト教を保護したコンスタンティヌス1世の命により、バシリカ式の教会堂が建てられました。主要な巡礼地でもあるヴァティカンは、キリスト教の歴史と直接的に結びついているのみならず、ルネサンスやバロック美術の理想であり、模範的な創造物でもあります。
ヴェズレーの教会と丘
Vézelay, Church and Hill
ヴィースの巡礼教会
Pilgrimage Church of Wies
建築家ドミニクス・ツィンマーマンの指導の下、アルプスの麓の牧歌的な環境にバイエルン・ロココの最も洗練された作品のひとつです。教会は楕円形の平面を特徴とし、西側には半円形のナルテックス(玄関ホール)が設けられています。内部では、壁の前に配置された双柱が、気まぐれに形作られたコーニスや平坦なプロフィールを持つ木造アーチ型天井を支えています。この建築的特徴は、窓やオクルス(天窓)からの光が巧みに直接・間接的に拡散される二次的な内部空間を定義しています。東側には、上部と下部のギャラリーに囲まれた長く深い聖歌隊席があります。礼拝堂の特徴的な点は、芸術と田園風景の調和です。建築、彫刻、絵画、漆喰細工、彫刻、鉄細工など、すべての芸術形式と技術が、建築家によって完璧に統一された構成に融合され、光と形の透明な空間構造を作り出しています。
ウェストミンスター宮殿、ウェストミンスター・アビーとセント・マーガレット教会
Palace of Westminster and Westminster Abbey including Saint Margaret’s Church
ヴェローナの市街
City of Verona
エヴォラの歴史地区
Historic Centre of Évora
エッサウィーラ(旧名モガドール)の旧市街
Medina of Essaouira (formerly Mogador)
絵描きやミュージシャンなど、多くの芸術家をも魅了するエッサウィーラは、モロッコの大西洋岸に位置します。ここが今のような街並みに形成されたのは、1765年です。当時この地域を支配していたアラウィー朝のスルタンは、外に開かれたモロッコ最大の国際貿易拠点にすることを目指しました。街の設計を担ったのが、フランス人建築家のニコラ・テオドール・コルニュです。ヴォーバン様式の影響を受けていたコルニュは、北アフリカにおけるこの港町にヨーロッパの機能的な軍事建築を取り入れ、再構築しました。イスラームの伝統的な街並みとそれらは調和し、異文化が融合した独自の景観を生み出しています。エッサウィーラという名は、「見事な設計」を意味します。
エルサレムの旧市街とその城壁群
Old City of Jerusalem and its Walls
西アジアの地中海東岸地域(レバント地方)に位置するエルサレムは、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の3つの宗教にとってきわめて重要な意味を持つ聖地です。エルサレムの歴史は非常に古く、約6,000年前には人類が居住していた可能性があります。紀元前14世紀の古代エジプトの文書に登場する「ウルサリム」という記述は、エルサレムに関する初めての確実な言及とされています。ウルサリムは西セム諸語の「シャリムの都市」を意味する語に由来し、それが転訛してエルサレムとなったと考えられています。現代アラビア語では「神聖」を意味する語に定冠詞(Al)が付いたAl Quds(アル・クドゥス)と呼ばれます。これはエルサレム神殿のヘブライ語名である「聖なる家」をアラビア語に翻訳したバイト・アル・マクディスという名称が短縮したものとされています。現在、エルサレムは西エルサレムと東エルサレムに分かれており、世界遺産に登録されている旧市街は東エルサレムに位置しています。旧市街は約1km四方の範囲に広がり、周囲を囲う城壁の全長は約4kmあります。城壁はオスマン帝国のスレイマン1世によって再建されたもので、8つの門のうち7つが現在も使用されています。
オロモウツの聖三位一体記念柱
Holy Trinity Column in Olomouc
チェコ東部の北モラヴィア地方のオロモウツ旧市街、ホルニー広場にそびえ立つ聖三位一体記念柱は、中央ヨーロッパを代表する宗教的記念碑のひとつです。18世紀初め、この地方を襲ったペストの終息に対して記念柱を建てることを考えたオロモウツ市民は、当時すでにあった別の記念柱よりも素晴らしいものを作りたいと考えました。そこで1714年、建築家ヴァーツラフ・レンダーと弟子たちが、高さ約35mの聖三位一体記念柱の建築を始めました。レンダーの死後も建築が続けられ、1754年の完成を祝う献堂式には女帝マリア・テレジアが臨席しています。この記念柱はオロモウツ市民の大きな誇りとなり、プロイセン軍に街が包囲された時には、市民が敵方の将軍に聖三位一体記念柱を撃たないよう直談判に行くほどでした。将軍はその訴えを聞き入れて記念柱は破壊されずに残り、現在もその美しい姿を見ることができるのです。
キトの市街
City of Quito
ギマランイスの歴史地区とコウルス地区
Historic Centre of Guimarães and Couros Zone
ポルトガル北西部の古都ギマランイスは、「国家発祥の地」と称されています。ここは、1143年に成立したポルトガル王国の初代国王アフォンソ1世の出生地であり、国民的アイデンティティと言語が確立した時代に深く関わる場所です。旧市街には、ギマランイス城やブラガンサ公爵館など、同国の歴史を象徴する建造物が保存されています。ゴシック様式やマヌエル様式など、さまざまな時代の建築様式が混在するノッサ・セニョーラ・ダ・オリヴェイラ教会は、10世紀に設立された修道院を前身としています。この修道院を守るために建てられた要塞は、後のギマランイス城となりました。また、ギマランイスで中世に開発された花崗岩と木を組み合わせたユニークな建築様式は、アフリカや当時植民地であったブラジルにも伝わりました。2023年には、皮革産業が多く営まれたコウルス地区まで登録範囲が拡大しました。
グアラニのイエズス会布教施設群:サン・イグナシオ・ミニ、サンタ・アナ、ヌエストラ・セニョーラ・デ・ロレト、サンタ・マリア・マヨール(アルゼンチン側)、サン・ミゲル・ダス・ミソンイス(ブラジル側)
Jesuit Missions of the Guaranis: San Ignacio Mini, Santa Ana, Nuestra Señora de Loreto and Santa Maria Mayor (Argentina), Ruins of Sao Miguel das Missoes (Brazil)
クエンカのサンタ・アナ・デ・ロス・リオス歴史地区
Historic Centre of Santa Ana de los Ríos de Cuenca
クスコの市街
City of Cuzco
クトナー・ホラ歴史地区の聖バルボラ教会とセドレツ地区の聖母マリア大聖堂
Kutná Hora: Historical Town Centre with the Church of St Barbara and the Cathedral of Our Lady at Sedlec
ケルンの大聖堂
Cologne Cathedral
ゴアの聖堂と修道院
Churches and Convents of Goa
コルヴァイの修道院に残るカロリング朝時代の西構えと修道院都市遺構
Carolingian Westwork and Civitas Corvey
この遺産は、ドイツ西部のノルトライン=ヴェストファーレン州の東端に位置するヘクスター市に位置する建造物群です。コルヴァイはカロリング朝期で最も影響力があるとされた修道院の一つで、当時、最高の権威を誇る図書館があったことでも知られています。現在の修道院の大部分は17世紀末に再建されたものですが、西構え(ヴェストヴェルク)はカロリング朝期のオリジナルが保存されている数少ない例となっています。1階には円柱と支柱を備えたオリジナルのヴォールト天井のホール、2階には三方をギャラリーで囲んだメインルームなどが保存されています。これらは歴史学的に貴重な実例というだけでなく、その後のヨーロッパの文化の発展において、ロマネスクやゴシックといった教会建築の基礎となった点でも重要な意味を持っています。
コルドバのイエズス会管区教会堂と農園跡
Jesuit Block and Estancias of Córdoba
コロニア・デル・サクラメントの歴史地区
Historic Quarter of the City of Colonia del Sacramento
サン・アントニオ・ミッションズ
San Antonio Missions
サン・アントニオ・ミッションズは、テキサス州南部のサン・アントニオ川流域12.4kmにわたって展開する5つの辺境伝道所群と、そこから37km南方に位置する牧場から構成されています。これらの伝道所遺跡は、農地、牛の放牧地、住居、教会、穀倉、工房、窯、井戸、外壁、そして水道システムなど、多様な建築物および考古学的建造物から成り立っています。これらは、1718年から1731年にかけてフランシスコ会の司祭によって建設されたものです。伝道所の建設以前、テキサスにはスペイン人による恒久的な入植地は存在していませんでした。これらの施設は、スペイン国王が新大陸の支配地域「ヌエバ・エスパーニャ(新しいスペイン)」の北部辺境において、植民地化、伝道活動、防衛を図った努力の証といえます。
ザンクト・ガレンの修道院
Abbey of St Gall
サン・ジミニャーノの歴史地区
Historic Centre of San Gimignano
サンタ・マリア・デ・グアダルーペ王立修道院
Royal Monastery of Santa María de Guadalupe
スペイン西部、山々に囲まれた渓谷を見下ろす美しい街グアダルーペにある『サンタ・マリア・デ・グアダルーペ王立修道院』は、スペインにおけるマリア信仰の中心地です。ここには、聖人ルカが1世紀に彫ったとされる黒い木彫りの聖母像(マリア像)が祀られています。8世紀、イスラム勢力から逃れたキリスト教徒が水辺に聖母像を隠しました。13世紀後半に聖母像が発見されると、その場所に教会が建てられます。一連の噂は時のカスティーリャ王アルフォンソ11世の耳に届き、この地へ訪れると教会は拡張されました。その後も4世紀にわたって増改築が繰り返され、現在ではムデハル様式、ゴシック様式の回廊を含む、多種多様な建築様式を持つ8つの主要建造物が王立修道院を構成しています。