見どころDATA
イエズス会の教会から大聖堂へと発展
1613年に建設が開始された「ノートル・ダム大聖堂」は、もとはイエズス会の教会として建てられました。主に後期ゴシック様式で建てられているものの、ルネサンス様式に影響を受けた様々な装飾も見られ、高さ40mに達する2つの塔を含む3つの塔が印象的な外観を見せています。正面の入り口に刻まれた日付から、その完成は1621年であったことが分かります。1773年にイエズス会が解散すると、宣教師たちはルクセンブルクを去り、教会の運営は国に移管されました。その後、1778年にオーストリア皇后マリア・テレジアからルクセンブルク市に寄贈されたこの教会には、奇跡を起こし苦しむ人々を慰める聖母として、ルクセンブルク市とルクセンブルク大公国の守護聖人となっていた聖母マリア像が安置されました。1844年からは「ノートル・ダム教会」として知られるようになり、1870年にルクセンブルク司教区が設立されると、教皇ピウス9世によって大聖堂へ昇格しました。その後、増加する信者に対応するため、聖堂は何世紀にもわたって拡張されました。1935年から1937年にかけて、南側に翼廊や新しい聖歌隊席、そして地下聖堂が増築・拡張され、現在の姿となりました。

門扉やステンドグラスが彩る壮麗な大聖堂内部
ノートル・ダム大聖堂は、主にゴシック様式で建てられ、バロック様式やルネサンス様式の要素も見られます。建物の西側の入り口には、ルクセンブルクの芸術家オーギュスト・トレモン作のブロンズ製門扉があり、ノートル・ダム通りに面した正面入り口のポータルは、彫刻家ダニエル・ミュラーが手掛けたもので、その上部には聖母マリアと聖ペテロ、聖パウロの像が飾られています。大聖堂の内部の4つに分かれた身廊の両側には側廊が配置され、その奥には広い翼廊から大聖堂の聖歌隊席へと続いています。イタリア風ロマネスク様式のモチーフが施された10本の円柱が、アーチ形の天井を支えています。19世紀から20世紀にかけて制作されたステンドグラスは、フランスのルイ・バリィエやルクセンブルクのエミール・プロブストといった芸術家によって制作され、建物を鮮やかで多彩な色彩で照らし出しています。これらのステンドグラスは聖母マリアを讃えたものや、ルクセンブルクで崇敬されている聖人たちを描いたものとなっています。
守護聖人マリア像と大公家が眠る地下聖堂
この大聖堂の至宝である聖母マリアの木像は、聖歌隊席の奥に安置されています。これは、「苦しむ者を慰める聖母」として、ルクセンブルク市およびルクセンブルク大公国の守護聖人となっている聖母マリアの姿です。1624年から毎年4~5月に行われる「オクターブ巡礼」の期間中には、高さ70㎝のこの像が担がれ、市内の通りで行列を組んで練り歩きます。また地下聖堂(クリプタ)には、上部の教会を支える12本の柱が林立しています。その入り口には、1346年のクレシーの戦いで戦死したボヘミア王兼ルクセンブルク伯「ヨハン盲目王」の墓碑が立ち、彫刻家オーギュスト・トレモン制作の2頭のライオン像が入り口を守っています。芸術家アントン・ウェンドリング制作のステンドグラスで装飾された地下聖堂の内部には、ルクセンブルク大公一族や聖職者の遺骨が納められています。
執筆協力者PROFILE
兵庫県出身。中学3年生の夏休みの台湾ひとり旅をきっかけに、旅行先の歴史・景色・料理など、世界を知る魅力のとりこになる。「世界遺産を学習して見て感動して」をモットーに活動。全国通訳案内士の資格も有し、日本の魅力も発信している。
≫世界遺産の執筆記事一覧
≫構成資産・みどころの執筆記事一覧
見どころDATA
執筆協力者PROFILE
兵庫県出身。中学3年生の夏休みの台湾ひとり旅をきっかけに、旅行先の歴史・景色・料理など、世界を知る魅力のとりこになる。「世界遺産を学習して見て感動して」をモットーに活動。全国通訳案内士の資格も有し、日本の魅力も発信している。
≫世界遺産の執筆記事一覧
≫構成資産・みどころの執筆記事一覧