プレモントレ会修道院の設立と再建の歴史
1143年、ボヘミア公ウラディスラフ2世とオロモウツのジンドリフ・ズディーク司教によって、プレモントレ会の男性修道院が設立されました。これが「ストラホフ修道院」で、ここで生活する修道士たちは、その衣服から「白き修道士」と呼ばれ、チェコの精神的・文化的発展に不可欠な存在となりました。ストラホフ修道院は、創設当時「シオン」と呼ばれていましたが、後に現在の地名であるストラホフとして知られるようになります。また、1627年には、修道院の大聖堂にプレモントレ会の創始者である聖ノルベルトの遺骨が移されています。このように長い歴史を持つストラホフ修道院ですが、近現代には大きな試練を迎えます。1948年から1989年までの約41年間、チェコは共産党政権の時代に入ると、宗教への弾圧が強まります。1950年、修道院は閉鎖され、多くの修道士たちは投獄されました。共産党政権崩壊後の1990年、修道院は再びプレモントレ会に返還され現在に至っています。

多くの絵画で彩られるロマネスク様式の修道院
ストラホフ修道院の建物は、1742年のフランス軍によるプラハ砲撃で大きな損傷を受け、その後1750年から1753年にかけて再建されました。内部にある全長40mにわたるロマネスク様式の回廊は、16世紀末から17世紀初頭にかけて再建されたものです。その内壁には、泥灰岩を原料としたロマネスク様式の切石積みが当時のまま保存されています。修道院の地下室は、かつて食料貯蔵庫として使われていました。17世紀初頭にルネサンス様式へと改築され、さらに1671年から1674年にかけてバロック様式の丸天井が架けられました。現在の姿に改修されたのは1950年のことです。1691年に建てられた「夏の食堂」は、ブルゴーニュ出身の建築家によって設計されました。壁沿いには、17世紀後半に制作されたストラホフ修道院ゆかりの人物たちの肖像画が飾られています。一方「冬の食堂」と呼ばれる場所は、17世紀末に修道士たちが暖房を必要とする冬に食事をするために建てられたものです。食堂正面の壁に飾られている絵画は、もとはプラハにあるイエズス会修道院の食堂のために描かれたものでしたが、18世紀末になってストラホフ修道院へと運ばれてきました。
映画のロケ地にもなった世界一美しい図書館
ストラホフ修道院の図書館は、豪華な天井画などに彩られた美しい図書館として知られています。図書館の前室には、所蔵されている貴重な中世写本の複製や凹版印刷物、古版印刷物などが展示されています。約10万冊にもおよぶ蔵書のうち、1千冊は印刷技術が確立される以前の手書きで書かれた貴重な本です。なかでも『ストラホフ福音書』は、この図書館の所蔵品の中で現存する最古の書物です。赤いビロードの表紙に、水晶やブロンズ像などがあしらわれています。図書館は、2つの美しい部屋で構成されており、17世紀後半に修道院長イェロニーム・ヒルンハイムによって建てられた「神学の間」と、18世紀後半に修道院長ヴァーツラフ・マイヤーによって建てられた、より大きな「哲学の間」があります。神学の間の前には、17世紀初頭から19世紀末までの地球儀コレクションが展示されています。また、哲学の間の天井画『人類の精神史』は、オーストリアの画家フランツ・アントン・マウルベルチュによって描かれました。この壮麗な空間は、『007/カジノ・ロワイヤル』や『アマデウス』など、多くの有名映画やCMのロケ地にもなっています。

執筆協力者PROFILE
兵庫県出身。中学3年生の夏休みの台湾ひとり旅をきっかけに、旅行先の歴史・景色・料理など、世界を知る魅力のとりこになる。「世界遺産を学習して見て感動して」をモットーに活動。全国通訳案内士の資格も有し、日本の魅力も発信している。
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兵庫県出身。中学3年生の夏休みの台湾ひとり旅をきっかけに、旅行先の歴史・景色・料理など、世界を知る魅力のとりこになる。「世界遺産を学習して見て感動して」をモットーに活動。全国通訳案内士の資格も有し、日本の魅力も発信している。
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