万里の長城
北方民族の侵入を防ぐために春秋時代から建造が始まった

遺産DATA

地域 : 東・東南アジア 保有国 : 中華人民共和国 所在地 : 河北省、北京市、山西省など17の省・自治区・直轄市 分類 : 文化遺産 登録年 : 1987年 登録基準 : (i) (ii) (iii) (iv) (vi) 遺産の面積 : 21.5155㎢ バッファ・ゾーン : 48.008㎢ 座標 : N40 25 0.012 E116 4 60

about

2,000年にわたる防衛線

『万里の長城』は、紀元前3世紀から17世紀まで、約2,000年にわたって築かれた中国最大の防衛施設です。総延長は2万kmを超え、河北省・山海関から甘粛省・嘉峪関まで、広大な範囲におよびます。構造は、城壁、望楼、馬道、狼煙台、関所など多様な構造からなり、地域や時代ごとに用いた素材や建築技術が異なります。特に明代には、煉瓦を用いた高度な技術が導入され、堅固な長城が形成されました。世界遺産として登録されているのは、保存状態が良好な「八達嶺」「山海関」「嘉峪関」の3つの主要なエリアです。

異なる文化の対立・交流

中国の農耕文明と北方の遊牧民が接する地域に築かれた、長大な防衛施設が『万里の長城』です。春秋戦国時代からすでに北方の脅威に備えた構築が始まり、紀元前221年に中国を初めて統一した秦の始皇帝が、歴代の各国が築いた頂上をつなぐ形で整備・補修をしました。現在の万里の長城の原型をつくりあげ、北方民族の匈奴に備えるための城壁としました。その後、漢・明の時代を通して、長城は段階的に拡張・強化されていきました。長城の周辺は軍事的な防衛だけでなく、異なる文化の交流や交易の場としても機能していました。さまざまな民族を内含していた中国王朝が、領土を管理し、国家としての一体性を築くうえで果たした役割も大きく、文明と統治のあり方を象徴する面もあります。

詩と物語に生きる長城

『万里の長城』は軍事的役割を超えて、中国文化を象徴する存在として深く根づいています。その壮大さと完成度の高さは「月から見える唯一の人工物」とも称され、世界に知られる名建築です。また、長城建設にかかわる過酷な労働や犠牲は、中国文学や詩歌にも数多く描かれており、陳琳の『兵車行』や杜甫の詩、明代の小説などにも長城建設にまつわる苦難が表現されています。そうした文学的描写もまた、長城が人びとの記憶と感情に深く刻まれてきた証といえるでしょう。

 

アクセス

北京市内から八達嶺長城まで高速鉄道で約30分。

執筆協力者PROFILE

NPO法人世界遺産アカデミー認定講師/世界遺産検定マイスター/Podcast「行きたくなる世界遺産!」パーソナリティ

世界遺産をテーマに、文化・歴史・自然の魅力を多角的に伝えるPodcast番組を展開。遺産の価値に加え、現代に通じる暮らしの哲学や自然共生の視点を取り入れた発信を行う。大学や世界遺産関連施設での講演・イベント出演のほか、2025年大阪・関西万博での登壇も経験。

Properties

Badaling
万里の長城の総延長は2万kmを超え、東は渤海に面する河北省・山海関から、西はゴビ砂漠の甘粛省・嘉峪関までの広大な範囲におよびます。その一部である「八達嶺」は、北京の北西約60㎞に位置する延慶区の、険しい山々が連なる軍都山にあります。明代の書物『長安客話』には、「道がここから分かれ、四通八達(あらゆる方向に通じている)しているため八達嶺と名付けられた。この山々の中で最も高い場所である」と名前の由来が記されています。万里の長城には数多くの有名な関所や要衝があり、なかでも八達嶺は「九塞」に数えられる9つの重要な城塞の一つである「居庸関(きょようかん)」を守る拠点になっています。ここが軍事上の要衝となった歴史は春秋戦国時代(紀元前770~前221年)に遡ることができ、紀元前1世紀に編纂された『史記』にもその記録が残されています。現在も、当時の崩れた壁や見張り台の遺構を見ることができます。
Jiayuguan
「嘉峪関(かよくかん)」は甘粛省嘉峪関市に位置し、明代(1368~1644年)に築かれた「万里の長城」最西端の城塞です。最東端の「山海関」が「天下第一関」と呼ばれるのに対し、最西端の「嘉峪関」は「天下第一雄関」と呼ばれました。また、その堅固さから、延々と続く辺境の防衛線にがっちりと鍵をかけて守ることを意味する「連陲鎖鑰(れんすいさやく)」とも呼ばれました。シルク・ロードの交通の要衝、そして内城、外城、甕城(おうじょう)や城壕(じょうごう)からなる三重の防御施設を備えた軍事防衛拠点として、西域統治において重要な役割を果たしました。
Shanhaiguan
「山海関」は河北省秦皇島市に位置し、中国本土を北方遊牧民の侵入から守る「万里の長城」の最も東にある城塞です。明代(1368~1644年)に築かれた万里の長城の東の起点であり、その戦略的な立地、強固な防衛機能、壮大な規模から「天下第一関」としても知られています。「山海関」という名前は、北の燕山山脈と南の渤海との間に築かれたという、特徴的な地理的要因に由来しています。かつては城塞の四方の門に「甕城(おうじょう)」とよばれる半円形の出城があり、関所の周囲に二重の防御線を作り鉄壁の守りを誇っていました。現在は、東門の甕城のみを見ることができます。ここには、「鎮東楼」をはじめとする5つの防衛拠点が配置され、それらは国境を守る「五虎」と称されていました。

遺産DATA

所在地 : 河北省、北京市、山西省など17の省・自治区・直轄市
分類 : 文化遺産
登録年 : 1987年
登録基準 : (i) (ii) (iii) (iv) (vi)
遺産の面積 : 21.5155㎢
バッファ・ゾーン : 48.008㎢
座標 :N40 25 0.012 E116 4 60

アクセス

北京市内から八達嶺長城まで高速鉄道で約30分。

執筆協力者PROFILE

NPO法人世界遺産アカデミー認定講師/世界遺産検定マイスター/Podcast「行きたくなる世界遺産!」パーソナリティ

世界遺産をテーマに、文化・歴史・自然の魅力を多角的に伝えるPodcast番組を展開。遺産の価値に加え、現代に通じる暮らしの哲学や自然共生の視点を取り入れた発信を行う。大学や世界遺産関連施設での講演・イベント出演のほか、2025年大阪・関西万博での登壇も経験。