八達嶺
万里の長城の中でも最も観光地としてメジャーな場所

構成資産DATA

あらゆる方向を見張る軍事上の要塞

万里の長城の総延長は2万kmを超え、東は渤海に面する河北省・山海関から、西はゴビ砂漠の甘粛省・嘉峪関までの広大な範囲におよびます。その一部である「八達嶺」は、北京の北西約60㎞に位置する延慶区の、険しい山々が連なる軍都山にあります。明代の書物『長安客話』には、「道がここから分かれ、四通八達(あらゆる方向に通じている)しているため八達嶺と名付けられた。この山々の中で最も高い場所である」と名前の由来が記されています。万里の長城には数多くの有名な関所や要衝があり、なかでも八達嶺は「九塞」に数えられる9つの重要な城塞の一つである「きょようかん」を守る拠点になっています。ここが軍事上の要衝となった歴史は春秋戦国時代(紀元前770~前221年)に遡ることができ、紀元前1世紀に編纂された『史記』にもその記録が残されています。現在も、当時の崩れた壁や見張り台の遺構を見ることができます。

北京をモンゴル民族の侵入から守る頑丈な壁

八達嶺として保存されている長城の多くの部分は、明代(1368~1644年)に建設され、北方のモンゴル民族の侵入から北京を守るために築かれました。八達嶺エリアの全長は12㎞で43カ所の見張り塔が残され、その一部が観光客に公開されています。壁の高さは平均約7.8m、幅は約6mで、5頭の馬や10人の兵士が並んで行進できるほどの広さがあります。城壁の内側は踏み固めた土や小石で埋められており、その周囲を石やレンガで覆うことで頑丈な外壁が作られています。また外壁には、敵を監視するための覗き穴や、矢を射るための銃眼が多く設けられています。

北八楼
八達嶺長城の中で最も高い場所に位置する北八楼。紅葉の名所としても親しまれている(©Tatyana Tsibushok/Adobe Stock)

北の正門にがっちりと鍵をかける堅固な城塞

明代の1504年、八達嶺に関所となる城塞「居庸関」が建てられました。居庸関の両側は長城とつながっており、その東西に2つの城門が設けられました。西側の城門には、「ほくもんやく」という大きな4文字が刻まれています。「北門鎖鑰」とは、北の防衛の要所を意味する語句で、「鎖鑰」は錠前と鍵を意味します。八達嶺が、重要拠点である居庸関への入り口であること、また八達嶺の城塞が堅固で、北京城と居庸関にがっちりと鍵をかけるようなとても重要な場所であることを例えています。古くから「居庸関の険しさは、居庸関そのものではなく、八達嶺にある」と言われるほど、その守りの堅さが表わされています。

執筆協力者PROFILE

高等学校教諭/NPO法人世界遺産アカデミー認定講師/世界遺産検定マイスター

兵庫県出身。中学3年生の夏休みの台湾ひとり旅をきっかけに、旅行先の歴史・景色・料理など、世界を知る魅力のとりこになる。「世界遺産を学習して見て感動して」をモットーに活動。全国通訳案内士の資格も有し、日本の魅力も発信している。
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兵庫県出身。中学3年生の夏休みの台湾ひとり旅をきっかけに、旅行先の歴史・景色・料理など、世界を知る魅力のとりこになる。「世界遺産を学習して見て感動して」をモットーに活動。全国通訳案内士の資格も有し、日本の魅力も発信している。
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