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アーヘンの大聖堂
Aachen Cathedral
アイスレーベンとヴィッテンベルクのルター記念建造物群
Luther Memorials in Eisleben and Wittenberg
アイスレーベンとヴィッテンベルクのルター記念碑群は、ドイツ中部のザクセン=アンハルト州に位置し、マルティン・ルターとその盟友であるフィリップ・メランヒトンの生涯に深く関わる場所です。これらには、ヴィッテンベルクのルターの部屋、ルターの同士メランヒトンの家、聖マリア聖堂、ヴィッテンベルク城の付属聖堂、アイスレーベンのルターの生家と没した家が含まれます。特にヴィッテンベルク城の付属聖堂は、1517年10月31日にルターが有名な「95か条の論題」を掲げた場所であり、これは宗教改革の幕開けとなり、西洋の宗教史・政治史に新たな時代をもたらしました。宗教改革とルターの生涯における決定的な出来事の舞台として、ドイツ国内だけでなく、西洋世界の政治、文化、精神的な歴史において極めて重要な意義を持っています。
アヴィニョンの歴史地区:教皇庁宮殿、司教の建造物群、アヴィニョンの橋
Historic Centre of Avignon: Papal Palace, Episcopal Ensemble and Avignon Bridge
アクィレイアの考古地区とバシリカ総主教聖堂
Archaeological Area and the Patriarchal Basilica of Aquileia
アクスムの考古遺跡
Aksum
エチオピア北部ティグレ州にある『アクスムの考古遺跡』は、かつてのアクスム王国の繁栄を知ることができる貴重な遺跡です。アクスム王国の歴史は古く、1世紀前後に建国されたと言われています。以降、9世紀頃までビザンツ帝国やササン朝ペルシアなどと対峙しながらも象牙貿易などで繁栄しました。しかし、7世紀にイスラーム勢力が拡大すると、衰退に向かいます。滅亡した時期は未だ断定されておらず、950年頃や1137年頃という説が有力です。アクスム王国は古代アフリカの国としては珍しくキリスト教を受容し、国教としていきます。なお、このキリスト教とは、451年のカルケドン公会議で異端となったキリスト単性説を教義とするものであり、ローマ・カトリック教会とは異なります。
アゾレス諸島の港町アングラ・ド・エロイズモ
Central Zone of the Town of Angra do Heroismo in the Azores
アッコの旧市街
Old City of Acre
イスラエル北部の地中海に面するアッコは、フェニキア時代から継続的に居住されてきた、城壁に囲まれた港街です。1104年、第1回十字軍の指導者の1人であるボードゥアン1世がアッコを占領し、パレスチナにおける十字軍活動の拠点として港湾都市が築かれました。1187年、アイユーブ朝のサラディン軍によってエルサレムが征服された後、アッコはエルサレム王国最後の拠点となりましたが、1291年にマムルーク朝の攻撃を受けて陥落しました。その後、200年以上にわたりマムルーク朝によって統治されました。アッコの地下には、十字軍によって築かれた要塞やキリスト教の礼拝堂、要塞と港をつなぐトンネル、商店街など十字軍の遺構がそのまま埋もれており、十字軍によって築かれた街全体が遺跡として残っている唯一の例であるとされています。
アッシジのサン・フランチェスコ聖堂と関連建造物群
Assisi, the Basilica of San Francesco and Other Franciscan Sites
アフパットとサナインの修道院
Monasteries of Haghpat and Sanahin
アミアンの大聖堂
Amiens Cathedral
アルコバサの修道院
Monastery of Alcobaça
アレキパの歴史地区
Historical Centre of the City of Arequipa
アンティグア・グアテマラ
Antigua Guatemala
アントニ・ガウディの作品群
Works of Antoni Gaudí
『アントニ・ガウディの作品群』は、スペイン東部・カタルーニャ地方の中心都市バルセロナとその周辺に点在する、建築家アントニ・ガウディ(本名:アントニ・ガウディ・イ・コルネ)が手掛けた7つの建築物によって構成されています。ガウディは、1852年に銅版器具職人の息子として生まれ、バルセロナの建築学校に進学しました。26歳の時、パリ万博に作品を出展したことがきっかけで、最大の支援者となる実業家エウゼビ・グエルと出会います。グエルはガウディのパトロン的な存在として、自邸や別邸の設計を委ねたほか、数々の傑作の建設に貢献しました。1883年、ガウディはサグラダ・ファミリア贖罪聖堂の建築主任となり設計に奔走します。しかし、1926年に建築途中の聖堂を残し、不慮の事故でこの世を去ってしまいました。
イエス生誕の地:ベツレヘムの聖誕教会と巡礼路
Birthplace of Jesus: Church of the Nativity and the Pilgrimage Route, Bethlehem
エルサレムの南約10kmに位置するベツレヘムはイエス・キリストの生誕地とされています。339年にローマ皇帝コンスタンティヌス1世の時代にイエスが誕生したとされる洞窟を中心に最初の聖誕教会が建てられました。この教会は6世紀に焼失し現在はその一部を地下に残すのみですが、この上に現在の聖誕教会が建てられています。現在の聖誕教会は6世紀半ばに建てられたもので、これは日常的に使用されているキリスト教の教会としては最古のものです。その後十字軍の時代にこの地におけるキリスト教の影響力が強まったことで、聖誕教会の周辺には複数の教会が建造されました。世界遺産としては、聖誕教会に隣接する聖カタリナ教会や、フランシスコ修道会、アルメニア正教会、ギリシャ正教会の各修道院、鐘楼、庭園なども含まれています。また、この地はキリスト教信者にとっての重要な聖地であるだけでなく、イスラム教徒にとっても聖地の一つとされています(ナザレのイエス(イエス・キリスト)はイスラム教において預言者の一人とされています)。
イエス洗礼の地「ヨルダン川対岸のベタニア」(アル・マグタス)
Baptism Site “Bethany Beyond the Jordan” (Al-Maghtas)
イェリング墳墓、ルーン石碑と教会
Jelling Mounds, Runic Stones and Church
イスタンブルの歴史地区
Historic Areas of Istanbul
トルコ北西部のイスタンブルは、アナトリア半島、バルカン半島、黒海、地中海の間に位置し、ヨーロッパとアジアを隔てるボスフォラス海峡の両岸にまたがる、トルコ最大の都市です。その立地が表すように、ヨーロッパとアジアの文明が交差する十字路であり、ローマ帝国やビザンツ帝国、オスマン帝国といった大帝国の都が置かれてきました。都市の起源は紀元前7世紀頃に遡り、古代ギリシャの都市国家メガラが、王の名にちなみビザンティオンという名の都市を建設したことが始まりとされています。2世紀末に、ローマ帝国に占領されて「ビザンティウム」と改名。330年には帝都がローマからこの地へと遷され、当時のローマ皇帝コンスタンティヌスの名にちなんで都市名は「コンスタンティノポリス」(コンスタンティノープル)と名付けられました。395年にローマ帝国が東西に分裂すると、コンスタンティノープルはビザンツ帝国(東ローマ帝国)の都となりました。西ローマ帝国はわずか80年後の476年に滅亡したのに対し、ビザンツ帝国はその後1,000年以上も続きました。また、1054年キリスト教会が東西に分裂すると、西のローマはカトリック教会、東のコンスタンティノープルはギリシャ正教会の本拠地となりました。
イランのアルメニア教会修道院群
Armenian Monastic Ensembles of Iran
イラン北西部、アルメニアとの国境に近い地域にあるアルメニア正教会の修道院と聖堂です。ここは古代アルメニアの土地でした。古代アルメニアは4世紀初頭に世界で初めてキリスト教を公認した国です(ローマ帝国より30年ほど早いです)。そしてこの地はアルメニア正教の中心地となり、現在でも重要な巡礼地となっています。アルメニア正教の遺構として残っているのが3つの修道院と聖堂です。そのうちの最古のものは7世紀に建てられた「聖タデウス修道院」で、イエスの十二使徒の一人タデイにちなんでいます。「聖ステファノ修道院」と「生神女マリア聖堂」もアルメニアの伝統様式で建てられており、貴重な遺構です。これらの建物は、地震等での倒壊はあったもののその後再建され、この地を支配したイスラム教の王朝からも保護されてきました。
イワノヴォの岩窟教会群
Rock-Hewn Churches of Ivanovo
ヴァティカン市国
Vatican City
キリスト教世界で最も神聖な場所のひとつであるヴァティカン市国は、約2,000年の歴史とカトリック教会の精神性の証として存在しています。ローマ教皇を国家元首とするこの国は人口800人、総面積0.44km2と世界最小の独立国でありながら、国全体が世界遺産に登録されている唯一の場所です。サン・ピエトロ大聖堂の立つヴァティカンの丘は、イエス・キリストの最初の弟子であり初代教皇でもある聖ペテロの墓所であったとされています。4世紀になると、ローマ帝国皇帝として最初にキリスト教を保護したコンスタンティヌス1世の命により、バシリカ式の教会堂が建てられました。主要な巡礼地でもあるヴァティカンは、キリスト教の歴史と直接的に結びついているのみならず、ルネサンスやバロック美術の理想であり、模範的な創造物でもあります。
ヴェズレーの教会と丘
Vézelay, Church and Hill
ヴァルトブルク城
Wartburg Castle
ヴァルトブルク城は、ドイツ中部アイゼナハ市の南の田園地帯の中にある400mほどの高台に建つ城です。その歴史は古く、一説では1067頃に創建されたとの記録もあり、12世紀頃に建てられた城館は、アルプス以北で最も美しく保存状態の良いロマネスク様式の建築のひとつとされています。中世には芸術を愛したテューリンゲン方伯の居城であり、伝説的な歌合戦の舞台として知られ、これを元にリヒャルト・ワーグナーのオペラ『タンホイザーとヴァルトブルクの歌合戦』を作曲しています。また、ドイツの宗教改革の中心人物として知られるマルティン・ルターが、カトリック教会から破門され罪に問われていた際に、時のザクセン選帝侯にかくまわれ、新約聖書をドイツ語に翻訳した地としても知られています。
ウィーンの歴史地区
Historic Centre of Vienna
ウェストミンスター宮殿、ウェストミンスター・アビーとセント・マーガレット教会
Palace of Westminster and Westminster Abbey including Saint Margaret’s Church
ヴォルビリスの考古遺跡
Archaeological Site of Volubilis
ウラジーミルとスーズダリの白い建造物群
White Monuments of Vladimir and Suzdal
ウルネスの木造教会
Urnes Stave Church
ウンム・アッラサス(カストロム・メファア)
Um er-Rasas (Kastrom Mefa'a)
ウンム・アル・ジマール
Umm Al-Jimāl