World Heritage Sites

世界遺産一覧

("道路"関連)

アッピア街道:レジーナ・ヴィアルム(街道の女王)

Via Appia. Regina Viarum
アッピア街道:レジーナ・ヴィアルム(街道の女王)
アッピア街道は、紀元前312年にローマの執政官アッピウス・クラウディウス・カクエスの指導のもとに建設されました。最初は軍事的な目的で、ローマとカプアを結ぶために造られ、その後、ベネヴェントゥム、タレントゥム、ブリンディジウムへと延伸されました。これにより、東方や小アジアへのローマの拡大が促進され、街道は軍事征服だけでなく、農業生産や交易の発展にも寄与し、ローマ帝国の繁栄を支える重要なインフラとなりました。
地域: ヨーロッパ / 国名: イタリア共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2024年 / 登録基準: (iii)(iv)(vi)
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ヴェズレーの教会と丘

Vézelay, Church and Hill
ヴェズレーの教会と丘
現在はブルゴーニュの丘に静かに佇む小さな街にすぎないヴェズレーですが、かつては多くの巡礼者が訪れ、十字軍に向かう王たちが集うなどフランスの歴史の中にも登場する街でした。9世紀末にヴェズレーに教会が建てられると、マグダラのマリアの聖遺物が運び込まれたのをきっかけに、ヨーロッパ世界にとって重要な巡礼地となっていきます。11世紀になると、スペインのサンティアゴ・デ・コンポステーラへの巡礼地の中継地として多くの巡礼者が訪れにぎわいました。そのため別の世界遺産『フランスのサンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路』の構成資産にもなっています。
地域: ヨーロッパ / 国名: フランス共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1979年 / 登録基準: (i)(vi)
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オーストラリアの囚人収容所遺跡群

Australian Convict Sites
オーストラリアの囚人収容所遺跡群
『オーストラリアの囚人収容所遺跡群』は、18世紀から19世紀に大英帝国によってオーストラリアにつくられた約3,000の刑務所のうち、ポート・アーサーの刑務所、カスケーズ女子工場、ダーリントン保護観察所、フリーマントル刑務所など11の施設で構成されています。当時のオーストラリアは大英帝国の流刑地で、1787年から1868年までの約80年の間に、約17万人もの成人男女や子どもが囚人としてオーストラリアに送られ、港や道路、農地、造船所の建設などインフラ整備に従事させられました。
地域: オセアニア / 国名: オーストラリア連邦 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2010年 / 登録基準: (iv)(vi)
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カパック・ニャン:アンデスの道

Qhapaq Ñan, Andean Road System
カパック・ニャン:アンデスの道
「カパック・ニャン」は、南米でかつて使われた言語・ケチュア語で「偉大な道」「王の道」を意味しており、アンデス山脈に沿うようにして南アメリカのコロンビア、エクアドル、ペルー、ボリビア、チリ、アルゼンチンの6か国に張り巡らされた道です。インカ帝国の交易や防衛のための交通網で、インカ帝国の首都クスコ(現在のペルーの都市)から延びる4つの主要な経路から、各地に毛細血管のように張り巡らされたインカ道と呼ばれる細い道とつながり、広がりました。
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カミノ・レアル・デ・ティエラ・アデントロ-メキシコ内陸部の王の道

Camino Real de Tierra Adentro
カミノ・レアル・デ・ティエラ・アデントロ-メキシコ内陸部の王の道
カミノ・レアル・デ・ティエラ・アデントロは「大地にある王の道」という意味で「銀の道」としても知られています。メキシコシティからアメリカのサンタフェまで全長2,600kmの道で、そのうちメキシコ内陸部の1,400km区間の鉱山や聖堂、市街などが世界遺産に登録されています。16世紀から約300年間使用されたこのルートは主にメキシコの銀山で採掘した銀やヨーロッパから輸入した水銀の輸送路として使用されました。ここからヨーロッパへ運ばれた銀はヨーロッパ各地の経済へ影響を与え、インフレの要因にもなりました。
地域: 北米 / 国名: メキシコ合衆国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2010年 / 登録基準: (ii)(iv)
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ケブラーダ・デ・ウマウアカ

Quebrada de Humahuaca
ケブラーダ・デ・ウマウアカ
アルゼンチン北西端、アンデス山脈上に位置する「ケブラーダ・デ・ウマウアカ」は、グランデ川の浸食作用によって形成された、南北に約155kmにわたる渓谷です。アンデス高地の寒冷な高地砂漠高原から、温暖で湿潤な気候をもつフフイ渓谷まで広がるこの地には、1万年以上にわたり交易路として渓谷が利用されてきたことを示す遺跡が点在しています。 これらの遺跡には、先史時代の狩猟採集民および初期農耕社会(紀元前9000〜後400年)、大規模に組織化された農業社会(400〜900年)、繁栄した町や村(900〜1430年または1480年)、インカ帝国時代(1430年または1480〜1535年)、さらにはスペインによる町や村、教会(1535〜1810年)、アルゼンチン独立闘争(1810年〜20世紀)の痕跡が含まれています。
地域: 南米 / 国名: アルゼンチン共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2003年 / 登録基準: (ii)(iv)(v)
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コースとセヴェンヌ:地中海性農業牧草地の文化的景観

The Causses and the Cévennes, Mediterranean agro-pastoral Cultural Landscape
コースとセヴェンヌ:地中海性農業牧草地の文化的景観
フランス中南部に位置する約3,023㎢のこの地域は、深い谷が点在する山岳地帯で、3,000年以上にわたり農業と牧畜業が営まれてきました。この地域の景観は、農牧業の営みと自然環境が密接に結び付いてきた歴史をよく示しており、地中海性農牧業を代表する文化的景観のひとつとされています。農場や森林、畑、集落、水管理施設、家畜の移動路であるドレイユといった要素は、11世紀以降の修道院組織や、12~14世紀の土地経営の展開のなかで農牧業の発展とともに体系的に整えられてきました。
地域: ヨーロッパ / 国名: フランス共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2011年 / 登録基準: (iii)(v)
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サワルントのオンビリン炭鉱遺産

Ombilin Coal Mining Heritage of Sawahlunto
サワルントのオンビリン炭鉱遺産
インドネシアのスマトラ島内陸部に位置する『サワルントのオンビリン炭鉱遺産』は、19世紀末から20世紀初頭にかけての世界的に重要な工業化の時代に、オランダによって建設された先駆的な鉱業システムです。オンビリン盆地には、1860年代にはすでに高品質の石炭鉱床があることが判明していましたが、鉱床が地下深部にあったことに加え、人里離れた山岳地帯という地理的条件が障壁となっていました。当時インドネシアを植民地として支配していたオランダは、石炭を効率的に採掘し、処理・輸送・出荷することを目的として、産業と社会を一体として機能させる総合技術システムを計画・建設しました。建設に際しては、鉱業の発展を目的としてヨーロッパの工学知識や産業技術が現地に体系的に移転される一方で、現地の熱帯気候や社会構造に合うように調整・融合されていきました。単なる技術移植ではなく、地域条件に即した近代産業システムの成立を物語る点に大きな特徴があります。
地域: 東・東南アジア / 国名: インドネシア共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2019年 / 登録基準: (ii)(iv)
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サンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路:カミノ・フランセスとスペイン北部の道

Routes of Santiago de Compostela: Camino Franc?s and Routes of Northern Spain
サンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路:カミノ・フランセスとスペイン北部の道
「サンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路」は、ガリシア州のサンティアゴ・デ・コンポステーラにある聖ヤコブの棺を目指す、キリスト教の巡礼路です。1993年に、ピレネー山脈からスペイン北部を東西に貫く巡礼路が、世界遺産に登録されました。「サンティアゴ」とは、スペイン語で、キリスト教の使徒のひとりである聖ヤコブのこと。聖ヤコブがスペインにおいて福音を説いたという伝説は、7世紀初頭には存在していました。「使徒の休む場所は、福音を説いた場所にあるべきである」という聖ヒエロニムスの教えがあることから、聖ヤコブの遺体は、殉教地のエルサレムからスペインに移送されたと信じられていました。9世紀に聖ヤコブの墓が発見されると、この報せが西ヨーロッパの各地に広がり、サンティアゴ・デ・コンポステーラはエルサレム、ヴァティカンに次ぐ聖地としてカトリック世界に定着していきました。
地域: ヨーロッパ / 国名: スペイン / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1993年 / 登録基準: (ii)(iv)(vi)
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慈善のための居住地群

Colonies of Benevolence
慈善のための居住地群
『慈善のための居住地群』は、啓蒙主義思想に基づいて行われた、19世紀の社会改革の実験にまつわる遺産です。ナポレオン戦争後に成立したネーデルラント連合王国(現在のオランダとベルギー)は、経済的に疲弊し、都市部の貧困問題に頭を悩ませていました。この状況に対応するため、人里離れた荒れ地に農業を基盤とした居住地を設立するという取り組みが進められました。貧しい人々が農業を通じて生計を立てると同時に、人々が勤勉で自立した市民となり、国の富を増やす存在になることが期待されていました。最盛期の19世紀半ばには、オランダ国内の居住地だけで1万1,000人以上、ベルギーでは1910年に約6,000人が居住地で生活をしていました。
地域: ヨーロッパ / 国名: オランダ王国, ベルギー王国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2021年 / 登録基準: (ii)(iv)
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ジョグジャカルタの世界観を表す軸線と歴史的建造物群

The Cosmological Axis of Yogyakarta and its Historic Landmarks
ジョグジャカルタの世界観を表す軸線と歴史的建造物群
インドネシアのジャワ島中部にあるジョグジャカルタは、1755年のマタラム王国分裂後、イスラム王朝のジョグジャカルタ王国の都として築かれました。古くはヒンドゥー教が信仰されていたジャワ島では、その影響で世界は海と陸の環に囲まれているという宇宙観(世界観)がありました。北にムラピ山、南にインド洋、東西に川が流れるこの地は、まさに宇宙観に則した土地と考えられ、都市が造られました。後にイスラム教が広まり、18世紀にイスラム王朝のマタラム王国の都として現在の町並みが建設された際にも、その宇宙観(世界観)を反映した都市計画がもとになりました。
地域: 東・東南アジア / 国名: インドネシア共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2023年 / 登録基準: (ii)(iii)
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シルク・ロード:ザラフシャン・カラクム回廊

Silk Roads: Zarafshan-Karakum Corridor
シルク・ロード:ザラフシャン・カラクム回廊
2014年に世界遺産登録された『シルク・ロード:長安から天山回廊の交易網』(カザフスタン、キルギス、中国)に続いて、2023年にウズベキスタン、タジキスタン、トルクメニスタンの3ヵ国に点在するシルク・ロード関連資産が『シルク・ロード:ザラフシャン・カラクム回廊』として登録されました。「シルク・ロード」を冠する世界遺産としては2件目です。ザラフシャン・カラクム回廊は、ザラフシャン川沿いの地域からカラクム砂漠を経てメルヴ・オアシスに至る約866kmの回廊で、紀元前4~後19世紀までの長期間にわたり、シルク・ロード交易の中心地でした。世界遺産には「パンジケントの古代都市」や「ヴァプケントのミナレット」、その他集落や隊商宿(キャラバンサライ)の遺跡など、合計34の物件が登録されており、うち16件がウズベキスタンに、9件がタジキスタンとトルクメニスタンにそれぞれ存在しています。すでに別の世界遺産として登録されていたウズベキスタンの『文化交差路サマルカンド』と『ブハラの歴史地区』、トルクメニスタンの『国立歴史文化公園“メルヴ”』は、構成資産には含まれていないものの、ザラフシャン・カラクム回廊の歴史に深い関わりを持っています。 
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シルク・ロード:長安から天山回廊の交易網

Silk Roads: the Routes Network of Chang'an-Tianshan Corridor
シルク・ロード:長安から天山回廊の交易網
東西交流を促進させた道 『シルク・ロード:長安から天山回廊の交易網』は、漢と唐の首都であった長安と洛陽から、中央アジアのカザフスタンとキルギスに至る、シルク・ロードの一部約5,000kmが登録されています。紀元前2世紀か
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聖地群を経てウィリクタへと至るウィハリカの道(タテウアリ・ウアフイエ)

Wixárika Route through Sacred Sites to Wirikuta (Tatehuarí Huajuyé)
聖地群を経てウィリクタへと至るウィハリカの道(タテウアリ・ウアフイエ)
自然と精神世界が融合する重要な巡礼路 ウィハリカ(Wixárika)ルートはメキシコ中北部の5州にまたがり、全長500㎞以上におよぶ20の構成資産から形成される連続的文化遺産です。この巡礼路は「我が祖先の火の道(Tate
地域: 中米・カリブ海 / 国名: メキシコ合衆国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2025年 / 登録基準: (iii)(vi)
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ゼメリング鉄道

Semmering Railway
ゼメリング鉄道
ゼメリング鉄道はアルプスを越えた最初の鉄道として世界遺産に登録されました。また、鉄道として初めて世界遺産登録された物件でもあります。ゼメリング鉄道は1848年に着工され、1854年に完成しました。それ以前はアルプスを越えるためには馬や徒歩での移動が主であり、鉄道での越境は非常に難しい課題でした。特に標高895mのゼメリング峠を越える鉄道の建設は困難とされていました。オーストリア帝国の鉄道技師カール・リッター・フォン・ゲーガは、新たな測量技術を開発し、二段アーチの高架橋やトンネルなどを建設して、わずか6年で鉄道を開通させました。ダイナマイトもない時代に、人力で岩を崩してこの難所に鉄道を開通したのはまさに奇跡の所業といえます。
地域: ヨーロッパ / 国名: オーストリア共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1998年 / 登録基準: (ii)(iv)
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ネゲヴにある香料の道と砂漠都市群

Incense Route - Desert Cities in the Negev
ネゲヴにある香料の道と砂漠都市群
ネゲヴ砂漠に点在するナバテア人のハルザ、マムシト、アヴダト、シヴタの4つの都市および関連する要塞や農業景観は、香料とスパイスの交易路の地中海側につながる道沿いに点在しています。このルートは、アラビア半島南部から地中海まで乳香と没薬を運ぶために、2,000km以上にわたって広がる交易路網でした。この交易は紀元前3世紀から紀元後2世紀にかけて大いに栄え、莫大な利益を生み出し、ヘレニズム・ローマ世界における乳香の経済的、社会的、文化的な重要性を雄弁に物語っています。また、この道は物資だけでなく、人材や思想の通路にもなりました。
地域: 西・南アジア / 国名: イスラエル国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2005年 / 登録基準: (iii)(v)
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ブダペスト:ドナウ河岸とブダ城地区、アンドラーシ通り

Budapest, including the Banks of the Danube, the Buda Castle Quarter and Andrássy Avenue
ブダペスト:ドナウ河岸とブダ城地区、アンドラーシ通り
ブダペストはドナウ川西岸のブダ地区と東岸のペスト地区で構成されていますが、もともとは、ブダとオーブダ、ペストという3つの街でした。この一帯はかつてのローマの都市アクィンクムの跡地でもありますが、13世紀のモンゴル軍の侵攻によって荒廃したこの地にベーラ4世によってブダ城が築かれました。彼は復興に尽力した王として知られていますが、ハンガリーはその後もオスマン帝国の興隆といった苦難の時代を経てきました。17世紀後半にハプスブルク家によって街が奪還されると荒廃していたブダ城はバロック様式で再建されました。ブダ城は時代とともに増改築が繰り返され、幾多の民族支配に翻弄されてきたハンガリーの歴史を象徴する建造物とも言えます。
地域: ヨーロッパ / 国名: ハンガリー / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1987年 / 登録基準: (ii)(iv)
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ヘーゼビューとダーネヴィルケの国境の考古学的遺跡群

Archaeological Border complex of Hedeby and the Danevirke
ヘーゼビューとダーネヴィルケの国境の考古学的遺跡群
ヘーゼビューの交易拠点とデーン人の防衛施設ダーネヴィルケは、現在のドイツ北端、ユトランド半島のシュレースヴィヒ地峡に位置し、1千年紀から2千年紀初頭にかけて築かれた、土塁・壁・堀、集落、墓地、港湾などが空間的に結びついた複合遺構です。この特異な地理的位置は、スカンディナヴィア、ヨーロッパ大陸、北海、バルト海を結ぶ戦略的な要衝となりました。バルト海の入り江、河川、湿地帯が南北の通路を狭める一方で、海と海を結ぶ最短かつ安全な陸上ルートを形成していました。ヘーゼビューは、南のフランク王国と北のデンマーク王国の境界地帯という独自の位置により、ヨーロッパ大陸とスカンディナヴィア、北海とバルト海を結ぶ重要な交易拠点となりました。ヴァイキング時代を通じて3世紀以上にわたり、西欧・北欧の新興交易都市(エンポリア)の中でも最大級かつ最重要の都市の一つでした。10世紀には、国境と陸上輸送路を管理するダーネヴィルケの防衛施設に組み込まれました。
地域: ヨーロッパ / 国名: ドイツ連邦共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2018年 / 登録基準: (iii)(iv)
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マドリウ・パラフィタ・クラロー渓谷

Madriu-Perafita-Claror Valley
マドリウ・パラフィタ・クラロー渓谷
アンドラ公国南東部、ピレネー山脈の中心に位置する『マドリウ・パラフィタ・クラロー渓谷』は700年以上にわたり人類が山脈の高地にどのように適応してきたかを物語るダイナミックな遺産です。渓谷の上部は氷河が露出した険しい断崖で、最下部では川が渓谷へと流れ込んでいます。国土の9%(42.47㎢)を占める登録範囲には、山脈と人類との共生がうかがえる住居や小屋、乳製品の工房、石造の小道などが残ります。また一帯はラムサール条約にも登録されています。
地域: ヨーロッパ / 国名: アンドラ公国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2004年 / 登録基準: (v)
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ルーネンバーグの旧市街

Old Town Lunenburg
ルーネンバーグの旧市街
ルーネンバーグの旧市街はカナダのノバスコシア州ルーネンバーグ郡に位置しており、北米におけるイギリス植民地計画の最も優れた現存例です。1753年に建設されたこの旧市街は、「すべての道はまっすぐに,すべての曲がり角は直角に」という構想に基づいて格子状に造られました。通りの幅も定められており、中心を走る幅24.4mのキング通り以外では、南北6本の通りは幅12.5mに、東西9本の通りは幅12.2mに統一されています。ところどころで急坂が見られるのは、現地を知らない役人がロンドンで机上の都市計画を作り上げたためです。
地域: 北米 / 国名: カナダ / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1995年 / 登録基準: (iv)(v)
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