紫禁城
北京の故宮には、中軸線をはじめさまざまな都市計画の理念が反映されている

一般の立ち入りを厳しく禁じた宮殿

北京の中心部に位置する故宮は、かつて紫禁城と呼ばれ、明・清時代の約500年間、計24人の皇帝が居城とし、政治の中枢となった場所でした。清が滅びた後、「昔の宮殿」を意味する「故宮」と改称され、現在は博物館として機能しています。「紫」は天帝の在所や皇宮・朝廷を指した紫微垣に、「禁」は宮殿が一般の立ち入りを厳しく禁じていたことにそれぞれ由来して、紫禁城と呼ばれるようになったそうです。敷地は東西約750m、南北約960mと広大で、周囲は壮麗な深紅の城壁に囲まれ、四方にそれぞれ門が配置されています。ハイライトの一つが、敷地の南側、皇帝が政務を行った外朝と呼ばれるエリアに並ぶ3つの建物です。現存する中国最大の木造建造物、太和殿をはじめとする壮観な眺めを楽しむことができます。

紫禁城
各建造物は位置や機能によって厳格に序列づけられている(©why2husky/Adobe Stock)

紫禁城の建築における中軸線と設計

紫禁城は、南北を軸に左右対称に建造物が配置されており、軸線上には特に重要な建築が配置されていました。これは、「中心を重視する」原理を体現しています。また、南側の外朝と北側の内廷の位置関係も、中国古代から伝わる宮殿の建設形式「前朝後寝」に則っています。さらに、天安門端門、午門からなる宮廷区域と、北側の鐘楼・鼓楼は、『考工記』に記される「前朝後市」の都市計画の理念を具体的に示すものです。このような建造物の配置によって、紫禁城全体に秩序だった壮大な景観が形成されています。

広場
外朝正殿の広場(©QuachVan/Adobe Stock)

執筆協力者PROFILE

毎日新聞記者・デスク/世界遺産アカデミー認定講師/世界遺産検定マイスター

文化遺産や美術工芸を自身のテーマに関西や北陸、四国で長年取材・執筆。アンコールやマヤなど海外の遺跡取材や、「世界遺産ポンペイの壁画展」などの展覧会運営にも携わった。国内唯一の点字新聞でデスクを担った経験から、世界遺産のアクセシビリティーにも関心を持つ。

執筆協力者PROFILE

毎日新聞記者・デスク/世界遺産アカデミー認定講師/世界遺産検定マイスター

文化遺産や美術工芸を自身のテーマに関西や北陸、四国で長年取材・執筆。アンコールやマヤなど海外の遺跡取材や、「世界遺産ポンペイの壁画展」などの展覧会運営にも携わった。国内唯一の点字新聞でデスクを担った経験から、世界遺産のアクセシビリティーにも関心を持つ。