構成資産DATA
中世ポーランドの経済を支えた岩塩
「ボフニャ岩塩坑」は、ポーランドの旧都クラクフの東約30kmに位置し、その始まりは「ヴィエリチカ岩塩坑」よりも古く、地中の岩塩層が発見された1248年にまで遡ることができます。ポーランドで最も古い岩塩坑で、国王が所有し、王室に多大な収入をもたらす重要な役割を果たしていました。ボフニャで最も古い採掘坑は、ストリス竪坑とガザリス竪坑です。街の中心部に位置するストリス竪坑は最初の採掘地点のひとつで、その名称はラテン語で「靴職人」を意味する単語に由来するとされています。
王女の指輪伝説の残る岩塩坑
伝説によると、13世紀にポーランドに嫁いだハンガリーの王女キンガが、ハンガリーのマルマロシュの塩鉱山に投げ入れた婚約指輪を発見したのが、まさにこの場所であったとされています。1248年の岩塩の鉱脈の発見後、1253年に国王ボレスワフ5世は、自治や免税、自由な経済活動を認めるマグデブルク法をボフニャに適用し、街の発展が始まりました。これによりボフニャの街は、中世ポーランドの重要な経済中心地のひとつとなったのです。1368年、大王と呼ばれたカジミエシュ3世は、岩塩抗の運営組織と塩の販売規則を規定する製塩所条例を発布しました。この条例は、製塩産業に関する重要な法令のひとつで、以後数十年にわたる岩塩坑の安定した発展につながりました。
岩塩坑の拡大と重要性
15~16世紀に岩塩坑はさらに拡張し、レギス竪坑、ボフネリス竪坑、カンピ竪坑を含む新しい坑道が建設されました。産出量は増加し、採掘技術が発展たことで、ボフニャ岩塩坑は深さ468m、長さ4.5kmに広がったのです。最盛期には500人以上が働いていたボフニャ岩塩坑には、その地下212mにシャンデリアの装飾もすべて岩塩で作られている礼拝堂があり、過酷な採掘現場で働いていた坑夫たちの祈りの場になっていました。1990年に採掘が終了し、一般観光客にも公開されるようになりました。ヴィエリチカ岩塩坑は1978年に最初の世界遺産として登録されましたが、ボフニャ岩塩坑は2013年に範囲拡大という形で遺産に含められました。

執筆協力者PROFILE
兵庫県出身。中学3年生の夏休みの台湾ひとり旅をきっかけに、旅行先の歴史・景色・料理など、世界を知る魅力のとりこになる。「世界遺産を学習して見て感動して」をモットーに活動。全国通訳案内士の資格も有し、日本の魅力も発信している。
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兵庫県出身。中学3年生の夏休みの台湾ひとり旅をきっかけに、旅行先の歴史・景色・料理など、世界を知る魅力のとりこになる。「世界遺産を学習して見て感動して」をモットーに活動。全国通訳案内士の資格も有し、日本の魅力も発信している。
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