World Heritage Sites

世界遺産一覧

(1982年登録)

アルダブラ環礁

Aldabra Atoll
アルダブラ環礁
インド洋上に浮かぶアルダブラ環礁は、アフリカ大陸から640kmも離れているため、これまでほとんど人間が近づくことはありませんでした。「環礁」とはサンゴ礁の一種であり、中央の島の部分が完全に水没してしまっている状態のサンゴ礁を示します。アルダブラ環礁はラグーン(潟湖)を含めると琵琶湖の半分ほどの大きさを誇り、独自の生態系が広がります。ここにはインド洋上でもっとも多くの海鳥が集まり、またタイマイやアオウミガメが産卵場所を求めてやってきます。この状況をみた『進化論』でも有名なチャールズ・ダーウィンは、当時の政府に保護を進言したほどでした。
地域: アフリカ / 国名: セーシェル共和国 / 分類: 自然遺産 / 登録年: 1982年 / 登録基準: (vii)(ix)(x)
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オリンダの歴史地区

Historic Centre of the Town of Olinda
オリンダの歴史地区
16世紀にポルトガル人によって設立されたオリンダは、ブラジル北東部のペルナンブーコ州にある歴史的な都市です。豊かな自然景観の中に、植民地時代に建設された建物や教会、修道院などが調和して配置されています。この独特な景観は、オランダ植民者による略奪と破壊、そしてその後の再建を経て形成されました。この都市構造は18世紀まで遡り、現在もその姿を保ち続けています。
地域: 南米 / 国名: ブラジル連邦共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1982年 / 登録基準: (ii)(iv)
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カホキア・マウンド州立史跡

Cahokia Mounds State Historic Site
カホキア・マウンド州立史跡
イリノイ州南西部、ミシシッピ川左岸に位置するカホキア・マウンド州立史跡は、メキシコ以北において最大の古代先住民集落の遺跡です。本遺跡は、ミシシッピ文化(800〜1350年)の文化、宗教、経済の中心地として栄え、ミシシッピ渓谷およびアメリカ合衆国南東部にまで広がったミシシッピ文化を代表するものです。この農耕社会は、最盛期である1050年から1150年の間において1万人から2万人の人口を有していたと推定されており、これは当時のヨーロッパの多くの都市の人口に匹敵する規模でした。「太陽の都市」とも呼ばれたカホキアは、かつては16?以上の広さを誇り、およそ120基の土塁(マウンド)が残されています。
地域: 北米 / 国名: アメリカ合衆国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1982年 / 登録基準: (iii)(iv)
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キレーネの考古遺跡

Archaeological Site of Cyrene
キレーネの考古遺跡
キレーネの考古遺跡は、リビア北東部にあるギリシャ式の都市の遺跡です。その起源は、エーゲ海のテラ島(現在のサントリーニ島)の人々によって築かれたとされています。言い伝えでは、人口増加や干ばつに苦しんだテラ島の人々が、デルフィで信託を受け、サントリーニ島から船でリビアへ渡り、新天地に都市を建設したといいます。都市名キレーネは、アポロンに愛された泉の女神に由来すると伝えられています。キレーネは地中海貿易の拠点として栄え、アテネやシラクサに次ぐ規模のアクロポリスも築かれました。前4世紀にはアレクサンドロス大王に服属し、その後エジプトのプトレマイオス朝の支配を経て、ローマ帝国の属州となりました。ローマ支配下ではその後、反乱による破壊、ハドリアヌス帝による再建、地震と津波などを経験し、都市は次第に衰退しました。そして7世紀後半、イスラム勢力によって征服され、歴史の舞台から姿を消しました。
地域: アフリカ / 国名: リビア / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1982年 / 登録基準: (ii)(iii)(vi)
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サブラータの考古遺跡

Archaeological Site of Sabratha
サブラータの考古遺跡
リビアのトリポリの海岸にあるサブラータは、元々フェニキア人の交易所として設立され、アフリカ内陸部の産物の輸出拠点としての役割を果たしました。紀元前4世紀には、黄金、奴隷、象牙などの中継貿易で栄えましたが、短命だったヌミディアのマシニッサ王国の一部となった後、ローマ化され、西暦2世紀から3世紀にかけて再建されました。この再建期にサブラータは最大の繁栄を享受し、美しい記念建造物が建設されました。この遺跡は、地中海における貿易拠点が、いかにローマ帝国の影響下で大きく変貌を遂げたかを物語っています。
地域: アフリカ / 国名: リビア / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1982年 / 登録基準: (iii)
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サラン・レ・バン大製塩所からアルケ・スナン王立製塩所までの天日塩生産所

From the Great Saltworks of Salins-les-Bains to the Royal Saltworks of Arc-et-Senans, the Production of Open-pan Salt
サラン・レ・バン大製塩所からアルケ・スナン王立製塩所までの天日塩生産所
サラン・レ・バンの製塩所の歴史は中世以前にさかのぼります。近郊の地下水では、古くから高い濃度の塩分が確認されていました。13世紀に建てられた地下坑道や、19世紀に作られた今も稼働中の水圧ポンプ、井戸施設、地上の塩倉庫、旧住居など製塩にかかわった建造物が残り、世界遺産を構成しています。製塩所は、1962年に操業を停止するまで、少なくとも1,200年間稼働していました。1780年から1895年にかけては、その塩水が木製パイプを通り、21kmの木製パイプでアルケ・スナン王立製塩所へと運ばれていました。
地域: ヨーロッパ / 国名: フランス共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1982年 / 登録基準: (i)(ii)(iv)
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シーギリヤの古代都市

Ancient City of Sigiriya
シーギリヤの古代都市
スリランカ中部にそびえる『シーギリヤの古代都市』は、高さ約200mもある巨大な岩山の宮殿跡です。5世紀後半、シンハラ王国のカッサパ1世という王によって、岩山の頂上に都が築かれました。彼は王である父ダートゥセナを殺し、正当な継承者だった弟モッガラーナを追放して王に即位しました。その後罪の意識に苛まれ、復讐を恐れたカッサパ1世は、父を供養し、かつ弟の報復から身を守るために、父が構想していた城砦の建設に着手しました。カッサパ1世は人が簡単には登れない岩山の上に、宮殿や庭園、貯水池などを含んだ要塞都市をつくり、自らの安全を確保しました。わずか十数年この場所で暮らしましたが、最後は弟に敗れて命を絶ちます。短い歴史を持つ都ながら、その劇的な背景と大胆な建造物は、現代の私たちにも強い印象を残しています。
地域: 西・南アジア / 国名: スリランカ民主社会主義共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1982年 / 登録基準: (ii)(iii)(iv)
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ジェミーラの考古遺跡

Djémila
ジェミーラの考古遺跡
アルジェリアの北東部、標高900mの山岳地帯に位置するジェミーラには、1世紀に築かれた古代ローマの都市遺跡が残っています。この地名は後に入ってきたアラブ人が、ジェミーラ(美しい街)と命名したことに由来します。古くは「クイクル」という名で知られていたこの街は、ローマ軍が城砦を築いたことに端を発します。この植民都市は、岩山の地形に適応するように街が造営されているのが特徴です。そのため、多くのローマ都市に配置されている、東西に貫く「デクマヌス」という大通りはなく、南北のメインストリートである「カルド」だけがあるという造りになっています。
地域: アフリカ / 国名: アルジェリア民主人民共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1982年 / 登録基準: (iii)(iv)
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城壁都市シバーム

Old Walled City of Shibam
城壁都市シバーム
アラビア半島最南部に位置するイエメン中部のシバームは、日干しレンガでつくられた高層住宅群が砂漠にそびえ立つ城壁都市です。多くは6~7階建ての建物がワディ・ハドラマウトの崖の端から垂直に約500棟集中して建っており、その独特の景観から「砂漠のマンハッタン」などと呼ばれています。都市の歴史はイスラム以前の時代に遡りますが、洪水によって街は幾度も被害を受けてきたため、現在見られる住宅の多くは16世紀以降に建てられたものです。現存する最古の建物は904年創建の金曜モスクといわれ、高層建築をベースにした都市計画として最も古く、最良の例のひとつとされています。
地域: 西・南アジア / 国名: イエメン共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1982年 / 登録基準: (iii)(iv)(v)
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聖地アヌラーダプラ

Sacred City of Anuradhapura
聖地アヌラーダプラ
スリランカのアヌラーダプラは、シンハラ王朝最初にして最長の都です。紀元前5世紀に興ったとされるシンハラ王朝において、ティッサ王はインドからやってきたマヒンダ王子の説法を聞きます。マヒンダ王子はマウリヤ朝の王、アショーカ王の息子であり、その説法に感銘を受けたティッサ王はすぐに仏教に帰依し、ここからスリランカ仏教の歴史が始まりました。それ以降、アヌラーダプラはシンハラ朝の都としてあり続け、10世紀末まで栄えました。10世紀には南インドのチョーラ朝の侵攻を受け衰退しましたが、ブッダにゆかりのある品々が遺されており、今でも聖地として多くの参拝者が訪れます。
地域: 西・南アジア / 国名: スリランカ民主社会主義共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1982年 / 登録基準: (ii)(iii)(vi)
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セルー動物保護区

Selous Game Reserve
セルー動物保護区
セルー動物保護区は、タンザニア南東部、ルフィジ川両岸に50,000平方キロメートルを超える広大な面積を持つアフリカ最大級の保護地域の一つです。この巨大なサンクチュアリは、人間の影響を比較的受けずに残されており、生態系や生物学的プロセスの貴重な実験場となっています。保護区は、国立公園、森林保護区、地域住民が管理する野生生物保護区を含む90,000平方キロメートルに及ぶ広大なセルー生態系の中に位置づけられており、保護区の完全性はさらに高まっています。
地域: アフリカ / 国名: タンザニア連合共和国 / 分類: 自然遺産 / 登録年: 1982年 / 登録基準: (ix)(x)
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タイ国立公園

Taï National Park
タイ国立公園
アフリカのコートジボワールのタイ国立公園は、西アフリカに残された原生熱帯林の最後の主要な残存地域の一つです。この原生熱帯林は,かつては隣国のガーナ、リベリア、シエラレオネにまで広がっていましたが、大規模な森林伐採と開墾が行われた結果,広大な密林は8分の1にまで減少してしまいました。1970年代初頭、伐採を免れた原生林のおよそ1割、3,300㎢がタイ国立公園に指定され、密林では高温多湿の気候のなか、50mほどもある巨木がひしめき、1,300種以上の植物の約半分が、西アフリカのジャングルでしかみられない貴重なものとなっています。
地域: アフリカ / 国名: コートジボワール共和国 / 分類: 自然遺産 / 登録年: 1982年 / 登録基準: (vii)(x)
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タスマニア原生地帯

Tasmanian Wilderness
タスマニア原生地帯
オーストラリア大陸の南に位置するタスマニア島は、かつてゴンドワナ大陸の一部でオーストラリアと陸続きだった島です。2万1,000年前頃に、海水面の上昇によって本土と海峡で隔てられました。タスマニア島では、太古の姿を保った植物や独自の進化を遂げた動物が見られます。1982年に自然遺産として世界遺産登録されましたが、1989年には文化遺産の価値も認められて、複合遺産になりました。氷河の流動によって大地が浸食され、平坦な山頂や荒々しい斜面、多数の湖が誕生し、世界最大規模の壮観な原生地帯だといわれています。世界遺産には7つの国立公園にまたがる、総面積約1万5,842㎢のエリアが登録されています。
地域: オセアニア / 国名: オーストラリア連邦 / 分類: 複合遺産 / 登録年: 1982年 / 登録基準: (iii)(iv)(vi)(vii)(viii)(ix)(x)
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タッシリ・ナジェール

Tassili n'Ajjer
タッシリ・ナジェール
タッシリ・ナジェールは、サハラ砂漠の深奥部にある台地で、いまから6,000年ほど前の先史時代の岩絵が多く残る地です。「タッシリ・ナジェール」とは現地のトゥアレグ族の言葉で「水流の多い地」という意味ですが、現在は砂漠のなかの不毛な地で、まるで月面のような風景が広がり、浸食された砂岩が立ち並ぶ「岩の森」とも呼ばれる景観となっています。岩のくぼみには牛の群れやワニ、小舟、狩猟や舞踏など15,000点以上の岩絵が残されています。これらにより、ここはかつて湿潤で緑豊かな地であったことがわかります。サハラの気候変動・砂漠化と動物や人々の生活を知るための重要な岩絵群です。
地域: アフリカ / 国名: アルジェリア民主人民共和国 / 分類: 複合遺産 / 登録年: 1982年 / 登録基準: (i)(iii)(vii)(viii)
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ティパサの考古遺跡

Tipasa
ティパサの考古遺跡
アルジェリア北部、地中海沿岸のティパサは、紀元前7世紀頃にフェニキア人によって建設された古代都市です。地中海交易の要衝として栄えていましたが、後にローマ帝国の植民都市となってからは、モーリタニアの諸王国を征服するための戦略的拠点になりました。多様な文明が入り混じったティパサは、マグリブ(北西アフリカ)においても特に複雑な文化的背景を持っています。その遺跡もまた、フェニキア、ローマ、初期キリスト教、ビザンチン時代のものや、モーリタニア王家の霊廟など実に多彩です。
地域: アフリカ / 国名: アルジェリア民主人民共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1982年 / 登録基準: (iii)(iv)
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ティムガッドの考古遺跡

Timgad
ティムガッドの考古遺跡
アルジェリア北東部、オーレス山地に連なる高原に位置するティムガッドは、古代ローマ時代の都市遺跡です。1世紀頃、ローマ帝国全盛期に在位したトラヤヌス帝の時代に築かれました。この街は旧名をタムガディといい、当初は、ローマ帝国の第3軍団アウグスタの駐屯地としてつくられました。その後、多くの退役軍人らが居住しましたが、街はローマ時代の典型的な計画都市として碁盤の目状に区画されていました。また、周囲に暮らすベルベル人の侵入を阻止するための砦としても機能しました。
地域: アフリカ / 国名: アルジェリア民主人民共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1982年 / 登録基準: (ii)(iii)(iv)
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ハイチの国立歴史公園:シタデル、サン・スーシ宮、ラミエ地区

National History Park – Citadel, Sans Souci, Ramiers
ハイチの国立歴史公園:シタデル、サン・スーシ宮、ラミエ地区
ハイチ北部にあるラミエの国立歴史公園には、ハイチの独立に関連するシタデルとサン・ スーシ宮が残っています。17世紀末からフランス統治下のハイチでは、50万人もの黒人奴隷がいましたが、 その後奴隷が解放され、ハイチは1804年に独立しました。独立運動の指導者ジャン・ジャック・デサリーヌを倒して権力を握った黒人将軍アンリ・クリストフは、その権威の象徴としてヴェルサイユ宮殿を模したサン・スーシ宮を建設しました。ポツダムやウィーンのものを彷彿とさせる階段状の庭園も特徴です。背後のラ・フェリエール山 にあるシタデルは、高さ50m、厚さ5mもの城壁を持ち、約5,000人を収容できる兵舎と365もの大砲を備えていた城塞です。現在はどちらも廃墟となっています。ハイチ唯一の世界遺産です(2025年11月現在)。
地域: 中米・カリブ海 / 国名: ハイチ共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1982年 / 登録基準: (iv)(vi)
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ハバナの旧市街と要塞群

Old Havana and its Fortification System
ハバナの旧市街と要塞群
この地にスペイン人が入ってきたのは、1492年のコロンブスのキューバ上陸の頃です。彼は約40日間に渡りキューバを探検しましたが、彼は亡くなるまでこの地をアジアと思っていました。その後、この地はアジアではなく一つの島であることが判明し、1511年、ディエゴ・ベラスケスがキューバを征服してからは、キューバに居住区が次々と建設されていきます。しかし、16世紀まではまだまだ街といえるほどのものではなく、街が発展していくのは17世紀に入ってからです。徐々に発展し、バロック様式とイスラームの要素を取り入れたスペインのムデハル様式が合体したスペイン・バロック様式が採用されていき、後述する要塞と合わせて、ヨーロッパの世界観を醸し出す市街が形成されていくのです。
地域: 中米・カリブ海 / 国名: キューバ共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1982年 / 登録基準: (iv)(v)
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フィレンツェの歴史地区

Historic Centre of Florence
フィレンツェの歴史地区
紀元前7世紀頃から、アルノ川周辺の浅瀬にエトルリア人が暮らし始めたと考えられるフィレンツェは、12世紀に自由都市になると手工業が発展し、アルノ川や街道をつかった交易で栄えました。中世に毛織物業や金融業を通して商工業者や銀行家が力をもつと、彼らは教会や封建領主による古い社会を打ち破る強い熱気と自由な気風で、人文主義(人間主義)を中心とした芸術や思想を生み出していきました。これがルネサンスです。13世紀以降にサンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂やサンタ・クローチェ教会、現在のウフィッツィ美術館、ピッティ宮殿などが築かれ、15~17世紀に都市を支配したメディチ家の下でルネサンス都市としての地位を確立していきました。世界遺産には、14世紀にアルノルフォ・ディ・カンビオが設計したとされる市壁内の歴史地区が登録されています。
地域: ヨーロッパ / 国名: イタリア共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1982年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)(iv)(vi)
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ポロンナルワの古代都市

Ancient City of Polonnaruwa
ポロンナルワの古代都市
スリランカ中部にあるポロンナルワは、『聖地アヌラーダプラ』に次ぐシンハラ王国第二の都市です。シンハラ王国は10世紀末に南インドのチョーラ朝に侵略されたのですが、約80年かけて反撃した結果、1070年にチョーラ朝を撃退しました。しかし、長きにわたる抗争が影響して、都であったアヌラーダプラは荒廃していたので、ポロンナルワに都が遷されました。ポロンナルワが全盛期を迎えるのは12世紀後半であり、時の王はパラークラマ・バーフ1世でした。彼は灌漑施設を充実させ、さらに王宮の西側にあった貯水池を南北約9㎞にまで拡張したため人々を驚かせました。この貯水池は「パラークラマ・サムードラ(パラークラマの海)」と称され、王は人々から崇拝され、彼の後を継いだニッサンカ・マッラの時代でも繁栄は続きました。
地域: 西・南アジア / 国名: スリランカ民主社会主義共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1982年 / 登録基準: (i)(iii)(vi)
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ムザブの谷

M'Zab Valley
ムザブの谷
アルジェリア北部、首都アルジェの南約450km、サハラ砂漠の涸れ谷に点在する5つのクスール(要塞都市)の建築群。異端視された「イスラム清教徒」ムザブ人が、長い流浪の末、11世紀はじめガルダイアを中心に頑強な防護壁に守られた街を築き、定住しました。砂漠で、独自の文化をもち、何世紀にもわたってその結束を維持してきた要塞の街は、シンプルでありながら機能的で、環境に適応した建築が特徴的です。
地域: アフリカ / 国名: アルジェリア民主人民共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1982年 / 登録基準: (ii)(iii)(v)
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リオ・プラタノ生物圏保存地域

Río Plátano Biosphere Reserve
リオ・プラタノ生物圏保存地域
リオ・プラタノ生物圏保存地域はホンジュラス北東部のプラタノ川流域に広がる密林地帯です。中央アメリカに残る数少ない熱帯雨林の一つで、原生熱帯林のみならず山岳地帯や海岸など変化に富んだ自然景観がみられます。ここではコンゴウインコやジャガー、オオアリクイのほか、河口付近にはアメリカマナティなどレッドリストに登録されている動物も生息しています。また一帯は1980年にMBA計画の生物圏保存地域に指定されました。
地域: 中米・カリブ海 / 国名: ホンジュラス共和国 / 分類: 自然遺産 / 登録年: 1982年 / 登録基準: (vii)(viii)(ix)(x)
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レプティス・マグナの考古遺跡

Archaeological Site of Leptis Magna
レプティス・マグナの考古遺跡
レプティス・マグナは、紀元前10世紀にフェニキア人が築いた古代植民都市レプティスを起源としています。海洋国家カルタゴの衛星都市として発展し、後にローマ支配下では商業・港湾都市として繁栄を極めました。同名の別都市と区別するため、「マグナ(偉大な)」という形容詞を冠したとされています。紀元前146年の第3次ポエニ戦争によるカルタゴの滅亡後、ローマ人の入植が進むと、アウグストゥス帝の時代以降多くのローマ式建築物が建てられ、ハドリアヌス帝の時代には大公共浴場が建設されました。この地出身の皇帝セプティミウス・セウェルスは地中海の海上輸送網を整備し、街はローマの都に匹敵する巨大都市へ成長して、黄金期を迎えました。
地域: アフリカ / 国名: リビア / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1982年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)
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ロード・ハウ群島

Lord Howe Island Group
ロード・ハウ群島
ロード・ハウ群島は、シドニーの北東約700㎞のタスマン海に浮かぶ大小28の島々です。約700万年前に起きた地殻変動によって巨大な楯状火山が誕生し、その後、海による浸食が進んで陸地の90%が削られ、現在の群島の姿が残りました。群島には105種の島固有の植物が生息しており、最も大きなロード・ハウ島の南西部には世界最南端とされるサンゴ礁が広がっています。この地は海鳥の重要な繁殖地でもあり、飛べない鳥として知られるロードハウクイナなどが生息しています。そのような環境を保つため、陸地の約75%は公園保護区として管理されています。
地域: オセアニア / 国名: オーストラリア連邦 / 分類: 自然遺産 / 登録年: 1982年 / 登録基準: (vii)(x)
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