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アクィレイアの考古地区とバシリカ総主教聖堂
Archaeological Area and the Patriarchal Basilica of Aquileia
アルカラ・デ・エナレスの大学と歴史地区
University and Historic Precinct of Alcalá de Henares
マドリード郊外にあるアルカラ・デ・エナレスは、小説『ドン・キホーテ・デ・ラ・マンチャ』の作者ミゲル・デ・セルバンテスの出身地として知られています。ここは、世界で最初に計画された大学都市です。1508年、カスティーリャ王国の摂政を務めたシスネロス枢機卿がキリスト教の理想郷を目指し、この地にアルカラ・デ・エナレス大学を開学したことから学園都市の歴史は始まります。シスネロス卿は土地を購入し、大学都市の実現に必要なインフラを整備しました。この計画には、大学、寮、病院、印刷所などが含まれており、世界初の多言語対訳聖書も刊行されました。19世紀に大学はマドリードへ移転しコンプルテンセ大学となりますが、市民が資金を出してこの地に建物を残し、1977年にアルカラ・デ・エナレス大学として再開校しました。
アルタイ・ゴールデン・マウンテン
Golden Mountains of Altai
イベリア半島の地中海沿岸の岩絵群
Rock Art of the Mediterranean Basin on the Iberian Peninsula
Ir.D.F.ヴァウダヘマール:D.F.ヴァウダ技師による蒸気水揚げポンプ場
Ir.D.F. Woudagemaal (D.F. Wouda Steam Pumping Station)
頤和園:北京の夏の離宮と皇帝庭園
Summer Palace, an Imperial Garden in Beijing
北京の中心部から北西約15kmに位置する頤和園は、敷地総面積約290万㎡を誇り、中国に現存する最大かつ最後に建造された皇室庭園です。12世紀半ばに、金王朝時代に建造された小規模な離宮を前身とし、1750年に清の乾隆帝が広大な庭園へと整備して清漪園(せいいえん)と名付けられました。中国の名だたる庭園や名景、有名建築の精華を取り入れたものとなりました。自然景観を模倣した庭園は、建物や楼閣、橋などと見事に調和し、中国だけでなく、日本や朝鮮半島の庭園にも大きな影響を及ぼしました。第二次アヘン戦争で北京に侵攻した英仏連合軍により庭園は破壊されてしまいますが、その30年後の1886年、西太后が海軍の経費を流用して復元し、頤和園と改称しました。
ヴァイマール古典主義文化
Classical Weimar
ウルビーノの歴史地区
Historic Centre of Urbino
カールスクローナの軍港
Naval Port of Karlskrona
カディーシャ渓谷(聖なる谷)と神の杉の森(ホルシュ・アルツ・エルラブ)
Ouadi Qadisha (the Holy Valley) and the Forest of the Cedars of God (Horsh Arz el-Rab)
クロムニェジーシュの庭園と宮殿
Gardens and Castle at Kroměříž
コア渓谷とシエガ・ベルデの先史時代の岩絵群
Prehistoric Rock Art Sites in the Côa Valley and Siega Verde
古都奈良の文化財
Historic Monuments of Ancient Nara
サマイパタの砦
Fuerte de Samaipata
ボリビア東部のアンデス山麓にあるサマイパタの砦は、二つの部分から成り、その一つは多くの彫刻が残る丘で、長さ220m、幅約60mの赤い砂岩でできた一枚岩からなり、その表面全体に動物、幾何学模様、壁龕、運河など、宗教的に重要な様々な表現が全面に彫刻されています。眼下に街を見下ろすこのモニュメントは、スペイン到来以前の伝統と信仰を証明する唯一のもので、アメリカ大陸のどこにも類似するものがなく、アマゾン地域のプレ・コロンブス時代の儀式用建造物としては最大級のものです。 もう一つが、行政および居住地区と行政機関を形成していた丘の南側の地域です。ここは、インカがこの遺跡を占領し、記念碑的な公共建築物が建つ大きな中央広場や、軍事利用のための施設、商業地域、そして監視のための居住区域など、異なる文化的な集落の建築構造が組み合わされています。
ゼメリング鉄道
Semmering Railway
ゼメリング鉄道はアルプスを越えた最初の鉄道として世界遺産に登録されました。また、鉄道として初めて世界遺産登録された物件でもあります。ゼメリング鉄道は1848年に着工され、1854年に完成しました。それ以前はアルプスを越えるためには馬や徒歩での移動が主であり、鉄道での越境は非常に難しい課題でした。特に標高895mのゼメリング峠を越える鉄道の建設は困難とされていました。オーストリア帝国の鉄道技師カール・リッター・フォン・ゲーガは、新たな測量技術を開発し、二段アーチの高架橋やトンネルなどを建設して、わずか6年で鉄道を開通させました。ダイナマイトもない時代に、人力で岩を崩してこの難所に鉄道を開通したのはまさに奇跡の所業といえます。
チレント・ディアノ渓谷国立公園及び遺跡群と修道院
Cilento and Vallo di Diano National Park with the Archeological sites of Paestum and Velia, and the Certosa di Padula
天壇:北京の皇帝祭壇
Temple of Heaven: an Imperial Sacrificial Altar in Beijing
トラコタルパンの歴史的建造物地区
Historic Monuments Zone of Tlacotalpan
トロイアの考古遺跡
Archaeological Site of Troy
ニュージーランドの亜南極諸島
New Zealand Sub-Antarctic Islands
パキメの遺跡
Archaeological Zone of Paquimé, Casas Grandes
東レンネル
East Rennell
ヒロキティアの考古遺跡
Choirokoitia
フランスのサンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路
Routes of Santiago de Compostela in France
フランドル地方のベギン会の建物
Flemish Béguinages
ブリュッセルのグラン・プラス
La Grand-Place, Brussels
ホラショヴィツェの歴史的集落
Holašovice Historic Village
ホラショヴィツェは、チェコ共和国南部の南ボヘミア州で最も大きな街であるチェスケー・ブジェヨヴィツェの西15㎞に広がる田園地帯にある小さな村で、世界遺産で知られるチェスキー・クルムロフの北24㎞に位置します。この村の土地は、13世紀にボヘミア王がシトー会派のヴィシー・ブロト修道院に寄進したもので、中世から続く伝統的な農村の景観が今も残されています。南北に延びたほぼ長方形の共有の緑地広場の一角には小さな養魚池があり、その緑地を囲むように並木道に沿って120棟の民家が整然と並んでいます。そして、23の農場、ネポムクの聖ヨハネに捧げられた小さな礼拝堂、十字架、鍛冶場が配置されています。民家は18世紀から19世紀にかけてつくられた南ボヘミア地方特有の民族的バロック様式で、屋根や切妻の壁は黄色やピンクなどのパステルカラーに彩られ、装飾も施されています。礼拝堂は、高い鐘の形をしたファサードに特徴があり、屋根の上には鐘楼がもうけられています。平屋建ての鍛冶場と鍛冶屋の住居は、緑地広場の中央付近にあります。
ラ・ルヴィエールとル・ルー(エノー)の中央運河の4つの閘門とその周辺環境
The Four Lifts on the Canal du Centre and their Environs, La Louvière and Le Roeulx (Hainaut)
リヴィウ歴史地区
L'viv – the Ensemble of the Historic Centre
リヨンの歴史地区
Historic Site of Lyon