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世界遺産一覧

("ギリシャ文明"関連)

アグリジェントの考古地区

Archaeological Area of Agrigento
アグリジェントの考古地区
イタリアのシチリア島西部にある『アグリジェントの考古地区』は、紀元前6世紀に「アグラガス」という名で建設された古代ギリシャの植民都市の遺跡です。人口は約30万人ほどだったと言われ、紀元前406年にフェニキア人の都市であるカルタゴに滅ぼされるまで、約150年以上繁栄しました。その美しさに関しては、当時の叙情詩人であるピンダロスに、「人間が建設した最も美しい町」と言わせるほどでした。古代遺跡は、地中海を見下ろすアクロポリスにあり、「神殿の谷」と言われる一帯には、約20のギリシャ神殿がほぼ一直線状に並んでいます。
地域: ヨーロッパ / 国名: イタリア共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1997年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)(iv)
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アテネのアクロポリス

Acropolis, Athens
アテネのアクロポリス
アテネは古代ギリシアを代表するポリス(都市国家)であり、民主政の基礎が築かれた場所でもあります。その中心となった場所が「アテネのアクロポリス」です。アクロポリスとは「高いところ」を意味し、今でもアテネの市街地を見下ろす高さ70mほどの丘にアクロポリスが鎮座しています。このアクロポリスの中心に立つのが、世界的に有名な「パルテノン神殿」です。この神殿は、古代のペルシア戦争終了後に、天才的な政治家であったペリクレスの指導の下、建設されました。ペルシア戦争の勝利を祝ってアテナに捧げられた神殿であり、大彫刻家のフェイディアスが中心となり手がけました。この神殿の特徴のひとつは、円柱の中央部が微妙に膨らんでいる「エンタシス」という技法です。重圧感を和らげ、軽快さを演出するという効果があり、驚くことにはるか東の日本の法隆寺の柱でもこの技法が伝わっています。
地域: ヨーロッパ / 国名: ギリシャ共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1987年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)(iv)(vi)
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ヴァッセのアポロン・エピクリオス神殿

Temple of Apollo Epicurius at Bassae
ヴァッセのアポロン・エピクリオス神殿
ペロポネソス半島中央部のアルカディア地方の緑の丘に、壮大な神殿がそびえたっています。この神殿は紀元前5世紀後半のギリシャ文明最盛期にあたる、紀元前420~前400年頃にフィガリア人により建設されました。当時、近隣ではペストが流行していたのですが、この地方には被害が及ばなかったため、市民はそれをアポロン神の加護だと信じて、標高1,160mの地に神殿を建てました。僻地に建設されたこともあり、1765年に発見されるまで1,700年以上歴史の舞台から姿を消していましたが、同時に石材などが盗まれることもなく、結果的に保存状態の良いままで遺されました。 
地域: ヨーロッパ / 国名: ギリシャ共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1986年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)
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エピダウロスにあるアスクレピオスの聖域

Sanctuary of Asklepios at Epidaurus
エピダウロスにあるアスクレピオスの聖域
ペロポネソス半島東部の谷間に位置するエピダウロスは、医療の神アスクレピオスが祀られている聖地です。元々は先史時代から治癒の力をもつ神々に捧げられ、紀元前800年頃に治癒の神・アポロンの聖域となった丘がありました。その後紀元前6世紀頃までに、ギリシャ神話においてアポロンの息子とされ、人間の健康と幸福の守護神であるアスクレピオスに捧げられた聖域が、アポロンの聖域の丘から1kmほど離れた平地に築かれました。二柱の治癒の神の聖地であるエピダウロスには、ギリシャ中から病で苦しむ人々が訪れるようになりました。
地域: ヨーロッパ / 国名: ギリシャ共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1988年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)(iv)(vi)
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オリンピアの考古遺跡

Archaeological Site of Olympia
オリンピアの考古遺跡
オリンピアの考古遺跡は、首都アテネから西へ190kmにあるクロノスの丘の麓にオリンピアはあります。神々の山であるオリンポス山にその名を由来とするこの町では、紀元前8世紀頃から神々の父でもあるゼウスを奉納するための競技が定期的に開かれ、やがてこの競技会はギリシャ世界だけでなく、近隣諸国から参加者を集める国際的なスポーツ祭典となりました。長らく続いた祭典でしたが、キリスト教が国教となった4世紀末には、異教の祭典という理由から開催が禁止となりました。以降、長い間埋もれていましたが、18世紀に遺跡が発見されます。ローマ皇帝の命令で数多くの建築物が破壊されましたが、ゼウス神殿やヘラ神殿、短距離走などの練習場であったギムナシオンなどの基盤が一部残ります。
地域: ヨーロッパ / 国名: ギリシャ共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1989年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)(iv)(vi)
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キレーネの考古遺跡

Archaeological Site of Cyrene
キレーネの考古遺跡
キレーネの考古遺跡は、リビア北東部にあるギリシャ式の都市の遺跡です。その起源は、エーゲ海のテラ島(現在のサントリーニ島)の人々によって築かれたとされています。言い伝えでは、人口増加や干ばつに苦しんだテラ島の人々が、デルフィで信託を受け、サントリーニ島から船でリビアへ渡り、新天地に都市を建設したといいます。都市名キレーネは、アポロンに愛された泉の女神に由来すると伝えられています。キレーネは地中海貿易の拠点として栄え、アテネやシラクサに次ぐ規模のアクロポリスも築かれました。前4世紀にはアレクサンドロス大王に服属し、その後エジプトのプトレマイオス朝の支配を経て、ローマ帝国の属州となりました。ローマ支配下ではその後、反乱による破壊、ハドリアヌス帝による再建、地震と津波などを経験し、都市は次第に衰退しました。そして7世紀後半、イスラム勢力によって征服され、歴史の舞台から姿を消しました。
地域: アフリカ / 国名: リビア / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1982年 / 登録基準: (ii)(iii)(vi)
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クサントスとレトーン

Xanthos-Letoon
クサントスとレトーン
クサントスとレトーンは2つの隣り合った遺跡で、トルコ南西部アンタルヤ県とムグラ県の境界、地中海沿岸のリュキア地方にあります。海洋民族のリュキア人は、アナトリア、ギリシャ、ローマ、ビザンツの異なる時代の文明が混じり合った独自の文化を作り上げました。その政治的・宗教的中心地となったクサントスとレトーンには、岩や石柱にリュキア語とギリシャ語で書かれた文字が刻まれ、紀元前5世紀のクサントスの王子ケレイの人生や、彼らが使っていたインド・ヨーロッパ語族の言語を知る重要な手掛かりになっています。
地域: 西・南アジア / 国名: トルコ共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1988年 / 登録基準: (ii)(iii)
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サモス島のピタゴリオンとヘラ神殿

Pythagoreion and Heraion of Samos
サモス島のピタゴリオンとヘラ神殿
エーゲ海南東部、アナトリアに近い場所に浮かぶサモス島は、全能の神ゼウスの正妻であるヘラの生誕地とされており、神話上極めて重要な島です。島がポリュクラテスという僭主(独裁者)によって支配されていた紀元前6世紀頃までに、サモス島は東地中海の主な航行拠点となりました。「ヘラ神殿(ヘライオン)」の起源は、前750年頃に建築された小規模な神殿で、前670年頃の水害で崩壊しました。その後すぐに再建された神殿は、正面に二重の列柱をもつ最初の例でした。前570年頃には2倍の面積をもち、100本以上の柱で支えられたイオニア式の神殿が建築されるのですが、今度は戦火により崩壊してしまいます。そこでポリュクラテスが命を出し、パルテノン神殿をも凌ぐ、幅55.16m、奥行き108.63mの巨大な神殿を建てようとしました。しかし、250年にもわたる工事を施したにもかかわらず、結局完成することはなく、3世紀のゲルマン人の侵入により破壊されてしまいました。
地域: ヨーロッパ / 国名: ギリシャ共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1992年 / 登録基準: (ii)(iii)
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シラクサとパンタリカの岩壁墓地遺跡

Syracuse and the Rocky Necropolis of Pantalica
シラクサとパンタリカの岩壁墓地遺跡
シチリア島東部の地中海沿岸にあるシラクサは、紀元前8世紀にギリシャのコリントス市が建設した植民都市が起源となります。紀元前5世紀には、アテネに並ぶほどの都市に発展し、ローマの政治家キケロが、「あらゆるギリシャ都市のなかで最も美しい」と讃えました。街には、古代ギリシャ時代につくられ、大聖堂に改築されたアテナ神殿や、15,000人の観客を収容する規模であったギリシャ劇場、そして古代ローマ時代の円形闘技場、要塞などが残されています。この歴史都市は、ビザンティン時代からブルボン王朝までの間に、アラブのイスラム教徒、ノルマン人、ホーエンシュタウフェン朝のフリードリヒ2世、アラゴン王国、両シチリア王国に支配されていて、3,000年にわたる地中海文明の発達を物語っています。
地域: ヨーロッパ / 国名: イタリア共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2005年 / 登録基準: (ii)(iii)(iv)(vi)
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タウリカ半島の古代都市とチョーラ

Ancient City of Tauric Chersonese and its Chora
タウリカ半島の古代都市とチョーラ
黒海に面するクリミア半島南端のケルソネソスには、古代ギリシャの植民都市の遺跡が残っています。そこには「チョーラ」と呼ばれる区分けされた土地も含まれています。この地はワイン生産の中心地として発展し、ギリシャ、ローマ、ビザンツ、黒海以北の人々との交流拠点となってきました。また、石器時代や青銅器時代の集落跡、ローマ時代の要塞や給水システムなども残されています。
地域: ヨーロッパ / 国名: ウクライナ / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2013年 / 登録基準: (ii)(v)
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デロス島

Delos
デロス島
エーゲ海のほぼ中央、キクラデス諸島にあるデロス島は、伝説によると太陽神アポロンと月の女神アルテミスが誕生したとされている島です。紀元前3世紀に活躍した詩人カリマコスは、デロス島を「すべての島の中で最も神聖な島」と評しています。特にアポロンはオリンポス十二神の一柱であり、ゼウスの息子でもあることから、非常に重要な神とされていましいた。デロス島全体が考古遺跡となっており、ギリシャの遺跡の中でも最大級の規模を誇ります。
地域: ヨーロッパ / 国名: ギリシャ共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1990年 / 登録基準: (ii)(iii)(iv)(vi)
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パフォスの考古遺跡

Paphos
パフォスの考古遺跡
キプロス島南西部にあるパフォスには、新石器時代から人が住んでおり、古代ギリシャ文明に先立つ時代においては「豊穣の神々」の信仰の地としてされていました。そして何より「美と愛の女神アフロディーテ(ヴィーナス)」の生誕地として古代ギリシャ世界の女神信仰の中心地として広く知られています。ここには古代ギリシャ人が基礎を築き、その後の古代ローマに引き継がれて発展した都市遺跡が残っています。紀元前12世紀ごろにミュケナイ人により建てられたアフロディーテ神殿をはじめ、ヴィラや劇場などの遺構が残る広大な考古遺跡です。ヴィラの床のモザイクは古代ギリシャ神話の彩り豊かなもので、世界で最も美しいモザイク床といわれています。
地域: ヨーロッパ / 国名: キプロス共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1980年 / 登録基準: (iii)(vi)
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ピリッポイの考古遺跡

Archaeological Site of Philippi
ピリッポイの考古遺跡
ギリシャ北東部にあるピリッポイは、マケドニアの王フィリッポス2世によって、紀元前356年に創建された都市です。ここはヨーロッパとアジアを結ぶエグナティア街道が通る、交通の要所として栄えました。また、紀元前42年にはフィリピの戦いが起き、それ以降しばらくは「小ローマ」として繁栄しました。また、49年から50年にかけては使徒パウロが訪れたとされ、その後はキリスト教信仰の中心地にもなりました。ギリシャ風の都市の様子を保ちながらも、交通の要所となり、キリスト教信仰の中心地となった場所でもあるため、大変価値の高い都市となっています。 
地域: ヨーロッパ / 国名: ギリシャ共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2016年 / 登録基準: (iii)(iv)
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フェニキア都市ビブロス

Byblos
フェニキア都市ビブロス
レバノンの地中海沿岸に位置するビブロスは、人々の生活が継続して営まれてきた世界最古の都市の一つです。最も古い住居跡は約7,000年前のもので、泥土でつくられた簡素な小屋が集まった漁村でした。紀元前3,000年頃、地中海交易を担うフェニキア人によって港町として発展し、王墓やオベリスク神殿などが建造されました。神殿からは、経済的・文化的に強く結ばれていたエジプトのファラオからの貢ぎ物である、太陽を表す円盤やスフィンクスなどの遺物が出土しています。商業都市として栄えたビブロスはその後、アッシリアやギリシャ、ローマなど相次いで支配者が入れ替わり、636年にイスラム勢力の支配下に入りました。市内には、フェニキア時代やローマ時代、イスラム時代の建造物だけでなく、12世紀に十字軍が築いた要塞や城郭の遺構、そしてキリスト教の聖堂など異なる時代の遺構を見ることができます。
地域: 西・南アジア / 国名: レバノン共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1984年 / 登録基準: (iii)(iv)(vi)
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ミケーネとティリンスの考古遺跡

Archaeological Sites of Mycenae and Tiryns
ミケーネとティリンスの考古遺跡
ホメロスの『イリアス』を史実と信じ、トルコのトロイア遺跡を発掘したシュリーマンは、あまりにも有名な考古学者です。彼はさらに、「黄金に富める国」と謳われたミケーネを求めて発掘を続けました。トロイア遺跡発掘から3年後の1876年、彼はついにミケーネの都市遺跡から円形墳墓や黄金のマスクなどを発見し、歓喜したのです。ミケーネを中心とするミケーネ文明は紀元前1600年から前1100年の間に地中海世界に広がった文明であり、クレタ文明と並ぶエーゲ文明の代表的な文明として知られています。戦士を社会の中枢に据えた武力社会だったとされ、海洋的と評されたクレタ文明とは真逆の社会だったようです。また、ミケーネの支配下にあったティリンスもシュリーマンにより発見され、同じく世界遺産に登録されています。
地域: ヨーロッパ / 国名: ギリシャ共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1999年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)(iv)(vi)
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ミノア文明の宮殿群

Minoan Palatial Centres
ミノア文明の宮殿群
ミノア文明とは古代ギリシャ文明のひとつで、エーゲ海のクレタ島を中心に栄えた青銅器文明です。ミノアとは伝説上の王であるミノス王からきていますが、島の名をとりクレタ文明ということもしばしばあります。この文明を築いた民族については残念ながらあまりわかっていませんが、紀元前1900年頃から栄え、世界史の教科書でもお馴染みのクノッソス宮殿などの壮大な宮殿が築かれました。当時の民族が使用した文字を線文字Aと言いますが、未解読のため、早急な解読が期待されます。しかし、城壁がなく、多数の壺に海の生物が描かれていることから、開放的で海洋的な文明だったと推測されています。
地域: ヨーロッパ / 国名: ギリシャ共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2025年 / 登録基準: (ii)(iii)(iv)(vi)
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歴史都市トロギール

Historic City of Trogir
歴史都市トロギール
歴史都市トロギールは、クロアチア南部アドリア海に浮かぶ要塞都市です。ここは紀元前4世紀に古代ギリシャの植民都市として建設され、その後ずっと現在まで存続している貴重な都市です。その連続性を示すものが直角に交差する街路で、これはヘレニズム時代由来のものです。その後の支配者たちにより建てられた美しいロマネスク様式の建築群のなかに、ヴェネツィア支配の時代のルネサンス建築やバロック建築が残されています。市庁舎はルネサンス様式の外観を保ち、チピコ宮殿をはじめとする有力氏族の宮殿はロマネスク様式の建物の上にゴシックからバロックまでの様々な様式で建てられています。完成に3世紀を要したとされる聖ロヴロ大聖堂にはルネサンスからバロックまでの建築様式が見られ、中世から伝わる装飾写本や絵画なども保存されています。
地域: ヨーロッパ / 国名: クロアチア共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1997年 / 登録基準: (ii)(iv)
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