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アスマラ:アフリカのモダニズム都市
Asmara: A Modernist African City
アムステルダム中心部:ジンフェルグラハト内部の17世紀の環状運河地区
Seventeenth-century canal ring area of Amsterdam inside the Singelgracht
13世紀にアムステル川にダムをつくり、海水の侵入を防いでそこに集落が成立したのが現在の「アムステルダム」の起源です。現在の運河地区は16世紀末から17世紀初頭にかけての湾岸都市プロジェクトとして建設されました。一番外側の「ジンフェルグラハト」まで扇状に広がる運河をつくり、さらに同心円状に運河を整備し、その間の土地(沼沢地)を排水して市街地化していきました。この町の運河と都市景観は美しいだけでなく実用的でかつ経済的なものです。16世紀末以降、オランダは海洋国家として黄金期を迎えていました。日本を含むアジアとの交易等で莫大な富を蓄え、アムステルダムは世界有数の富裕都市となりました。そしてその非常に均質な街並みは19世紀に至るまで大規模都市計画のモデルとなりました。
アランフエスの文化的景観
Aranjuez Cultural Landscape
アルカラ・デ・エナレスの大学と歴史地区
University and Historic Precinct of Alcalá de Henares
マドリード郊外にあるアルカラ・デ・エナレスは、小説『ドン・キホーテ・デ・ラ・マンチャ』の作者ミゲル・デ・セルバンテスの出身地として知られています。ここは、世界で最初に計画された大学都市です。1508年、カスティーリャ王国の摂政を務めたシスネロス枢機卿がキリスト教の理想郷を目指し、この地にアルカラ・デ・エナレス大学を開学したことから学園都市の歴史は始まります。シスネロス卿は土地を購入し、大学都市の実現に必要なインフラを整備しました。この計画には、大学、寮、病院、印刷所などが含まれており、世界初の多言語対訳聖書も刊行されました。19世紀に大学はマドリードへ移転しコンプルテンセ大学となりますが、市民が資金を出してこの地に建物を残し、1977年にアルカラ・デ・エナレス大学として再開校しました。
アルジェの旧市街カスバ
Kasbah of Algiers
アルジェリアの首都アルジェには、イスラムの城塞地区が残ります。16世紀にはスペインに侵略されたこの地は、地中海支配の拠点とすべく、幾つもの要塞が築かれていました。しかし、ほどなくしてこの地域を奪回した人物がいました。海賊の首領であったバルバロス・ハイレッディンです。彼は赤褐色の髪とひげをもつため「赤ひげ」と呼ばれていました。彼はこの地をオスマン帝国に献上すると、地方長官に任命され、以後キリスト教国の商船から略奪した財宝や人質の身代金でカスバの礎を築いていきました。カスバとは本来「城塞」を意味しますが、現在はアルジェの旧市街のことをカスバと呼びます。ただし、その後のフランスの植民地支配により、当時の建物はほとんど破壊され、当時の面影はわずかしか残されていません。
アレキパの歴史地区
Historical Centre of the City of Arequipa
アンティグア・グアテマラ
Antigua Guatemala
イヴレーア:20世紀の産業都市
Ivrea, industrial city of the 20th century
イヴレーアはイタリア北西部のピエモンテ州にある街で、州都トリノから北へ約50㎞の位置にあります。毎年2月のカーニバルで、市民の間でチームに分かれてオレンジを投げ合う祭りで知られている街ですが、イタリアを代表する企業のひとつであったオリベッティ社の企業都市として発展してきた歴史があります。この街を流れるドーラ・バルテア川の北側には古い街並みがありますが、南側の河畔に多くの近代的な建造物群が見られます。これらは、オリベッティ社の本部や巨大な工場、行政・社会サービス機関、従業員の住居やビル群などが集まったものです。1930年から1960年にかけて、イタリアの著名な建築家や都市計画の専門家によりデザインされたもので、20世紀を代表する産業都市となっています。
ヴァールベリのグリメトン無線局
Grimeton Radio Station, Varberg
スウェーデン南部、ヴァールベリ市の東7kmにあるグリメトン無線局は、1922〜1924年にかけて建設された、大西洋を越える無線通信時代の初期を象徴する遺産です。海沿いに広がる約110万㎡の広大な敷地には、当時スウェーデン国内最高の高さを誇った127mのアンテナ鉄塔6基や、アンテナ付きの短波送信機、初代アレクサンダーソン製の送信機を持つ建物、職員のための住宅街などが含まれています。主要な建物は建築家のカール・オーケルブラッドによって新古典主義様式で設計され、当時スウェーデンで最も高い建造物となったアンテナ鉄塔は、構造エンジニアのヘンリック・クルーガーによって設計されました。大西洋を横断する無線通信初期の施設としては非常に保存状態が良いことが特徴です。
ヴァル・ディ・ノートの後期バロック様式の都市景観群(シチリア島南東部)
Late Baroque Towns of the Val di Noto (South-Eastern Sicily)
ウィーンの歴史地区
Historic Centre of Vienna
ウィレムスタットの歴史地区:キュラソーにある内陸都市と港
Historic Area of Willemstad, Inner City and Harbour, Curaçao
ウベダとバエーサのルネサンス様式の記念碑的建造物群
Renaissance Monumental Ensembles of Úbeda and Baeza
スペイン南部アンダルシア地方にある2つの小都市ウベダとバエーサは、スペインで初めてルネサンス様式の理念に基づいて改修された街です。9世紀にはイスラム教徒の支配下にありましたが、13世紀にレコンキスタ(国土回復運動)によってキリスト教徒のもとに戻ります。やがて、16世紀に都市改修計画が行われ、ルネサンスの影響を受けた街として発展を遂げました。ウベダのエル・サルバドル教会やバスケス・デ・モリーナ宮殿(現在の市庁舎)、パラドール、バエーサの大聖堂など8件が世界遺産に登録されています。改修では、建築家アンドレス・デ・ヴァンデルヴィラの貢献が石工技術を大きく発展させ、後にラテンアメリカの建築へも大きな影響を与えました。
エヴォラの歴史地区
Historic Centre of Évora
エッサウィーラ(旧名モガドール)の旧市街
Medina of Essaouira (formerly Mogador)
絵描きやミュージシャンなど、多くの芸術家をも魅了するエッサウィーラは、モロッコの大西洋岸に位置します。ここが今のような街並みに形成されたのは、1765年です。当時この地域を支配していたアラウィー朝のスルタンは、外に開かれたモロッコ最大の国際貿易拠点にすることを目指しました。街の設計を担ったのが、フランス人建築家のニコラ・テオドール・コルニュです。ヴォーバン様式の影響を受けていたコルニュは、北アフリカにおけるこの港町にヨーロッパの機能的な軍事建築を取り入れ、再構築しました。イスラームの伝統的な街並みとそれらは調和し、異文化が融合した独自の景観を生み出しています。エッサウィーラという名は、「見事な設計」を意味します。
エディンバラの旧市街と新市街
Old and New Towns of Edinburgh
円形都市ハトラ
Hatra
オアハカの歴史地区とモンテ・アルバンの考古遺跡
Historic Centre of Oaxaca and Archaeological Site of Monte Albán
オウロ・プレトの歴史都市
Historic Town of Ouro Preto
オデーサの歴史地区
The Historic Centre of Odesa
「黒海の真珠」とも呼ばれる美しい街並みが広がるウクライナ南部の都市。対岸にはイスタンブルがある黒海沿岸の港湾都市で、古代ギリシャ都市「オデッソス」の名前を女性形にした「オデッサ」と名付けられました(ウクライナ語では「オデーサ」)。オデーサの街は、当時のロシア帝国の女帝エカチェリーナ2世により、凍らない港である不凍港を獲得するため建設・整備された歴史をもちます。不凍港の獲得はロシアの南下政策において、軍事的・経済的な要でした。その後オデーサは1819年に自由港湾都市となって発展を遂げ、様々な文化が交差する国際都市になりました。世界遺産としては19~20世紀にかけての傑出した都市計画が評価されています。
カールスクローナの軍港
Naval Port of Karlskrona
海港都市バルパライソの歴史地区
Historic Quarter of the Seaport City of Valparaíso
海事都市グリニッジ
Maritime Greenwich
ロンドン南東部、テムズ川沿いに位置するグリニッジはイギリスにおける水上交通の要となった海事都市です。かつては王宮のひとつに過ぎなかったグリニッジですが、大航海時代~19世紀末までイギリスの海の玄関口として大いにその役割を果たしてきました。その大航海時代の名残を見られるのが1675年建造のグリニッジ天文台です。バロック様式の天文台で観測された恒星図によってイギリスの位置と時間が定められました。そして1884年の国際会議によってグリニッジ天文台が経度0度の本初子午線が通る基点として決定されます。その後、天文台はサセックスへ移転しますが、子午線の位置が変わることはありませんでした。王立天文台でのロバート・フックとジョン・フラムスティードの研究は、地球の動きを正確に測定することを可能にし、航海術の発展にも貢献しました。
カイロの歴史地区
Historic Cairo
カゼルタの18世紀の王宮と庭園、ヴァンヴィテッリの水道橋、サン・レウチョの関連遺産
18th-Century Royal Palace at Caserta with the Park, the Aqueduct of Vanvitelli, and the San Leucio Complex
キトの市街
City of Quito
クラクフの歴史地区
Historic Centre of Kraków
グラン・バッサムの歴史都市
Historic Town of Grand-Bassam
クレスピ・ダッダの企業都市
Crespi d'Adda
クレスピ・ダッダはイタリア北西部、ロンバルディア州にある街です。19~20世紀初頭、労働者の要求に応えるためにヨーロッパや北アメリカで「企業都市」が建設された動きの顕著な例となっています。街はクリストフォロ・ベニーニョ・クレスピが自身の繊維工場の労働者の住居地として設立し、息子のシルヴィオ・ベニーニョ・クレスピによって最終的な形が整えられました。快適な住居とサービスを提供することで、安定した労働力を維持し、労働争議を防ぐのが目的です。工場の生産性を上げるためには、より良い労働環境を整備する必要があるとの考えが彼らの根底にありました。街は、従業員に対する啓蒙的な実業家の哲学が反映された、当時の様相をよくとどめています。
京杭大運河
The Grand Canal