World Heritage Sites

世界遺産一覧

("大学"関連)

アルカラ・デ・エナレスの大学と歴史地区

University and Historic Precinct of Alcalá de Henares
アルカラ・デ・エナレスの大学と歴史地区
マドリード郊外にあるアルカラ・デ・エナレスは、小説『ドン・キホーテ・デ・ラ・マンチャ』の作者ミゲル・デ・セルバンテスの出身地として知られています。ここは、世界で最初に計画された大学都市です。1508年、カスティーリャ王国の摂政を務めたシスネロス枢機卿がキリスト教の理想郷を目指し、この地にアルカラ・デ・エナレス大学を開学したことから学園都市の歴史は始まります。シスネロス卿は土地を購入し、大学都市の実現に必要なインフラを整備しました。この計画には、大学、寮、病院、印刷所などが含まれており、世界初の多言語対訳聖書も刊行されました。19世紀に大学はマドリードへ移転しコンプルテンセ大学となりますが、市民が資金を出してこの地に建物を残し、1977年にアルカラ・デ・エナレス大学として再開校しました。
地域: ヨーロッパ / 国名: スペイン / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1998年 / 登録基準: (ii)(iv)(vi)
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エヴォラの歴史地区

Historic Centre of Évora
エヴォラの歴史地区
なだらかな平原にコルク樫やオリーブの木が点在するアレンテージョ地方の中心都市、エヴォラ。紀元前2世紀から人が暮らしてきたとされるエヴォラの旧市街は、二重の城壁に囲まれています。ここには2000年におよぶ歳月のなかで築かれた各時代の多彩な建造物が残されており、「博物館都市」の異名も持ちます。コリント式柱頭が印象的なディアナ神殿や水道橋は、ローマ帝国時代からこの街が発達していたことを示すものです。また、イスラム教徒に支配された時代の城門やモーロ人街跡も残っています。 
地域: ヨーロッパ / 国名: ポルトガル共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1986年 / 登録基準: (ii)(iv)
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カザン連邦大学の天体観測所群

Astronomical Observatories of Kazan Federal University
カザン連邦大学の天体観測所群
ロシア連邦の東部、タタールスタン共和国の首都カザンにあるカザン連邦大学は、ロシアでモスクワ大学に次ぐ2番目に長い歴史を持つ大学であり、1804年に創立されました。かの革命家レーニンはこの大学で学んでおり、彼はソビエト連邦の「建国の父」となったため、大学本館前に彼の銅像が立っています。この大学に付属している二つの天文台が2023年に世界遺産に登録されました。その内の一つであるカザン天文台は、大学のキャンパス内にあり1837年に建てられました。古典様式のこの建物は、天文機器を収容するために建てられたドーム付きの三つの塔が特徴的です。もう一つのエンゲルハルト天文台は、西近郊の森林の中にあり1901年に完成しました。この天文台は天体観測専用の複数の建物と住宅棟で構成されています。この天文台内にある「太陽儀」は1908年に設置されて以降、世界で唯一使用されている装置となります。
地域: ヨーロッパ / 国名: ロシア連邦 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2023年 / 登録基準: (ii)(iv)
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カラカスの大学都市

Ciudad Universitaria de Caracas
カラカスの大学都市
カラカスの大学都市は、建築家カルロス・ラウル・ビリャヌエバが1940年から1960年にかけて設計・計画した、ベネズエラ中央大学の施設群であり、モダニズム建築の傑作です。彼は、建築と視覚芸術を統合し、機能的でありながらも芸術性に富んだ空間を創造しました。特に、アレクサンダー・カルダーの彫刻「雲」が設置されたアウラ・マグナ(講堂)は、この壮大な構想を象徴する代表的な例です。
地域: 南米 / 国名: ベネズエラ・ボリバル共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2000年 / 登録基準: (i)(iv)
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クラクフの歴史地区

Historic Centre of Kraków
クラクフの歴史地区
クラクフは11世紀から17世紀のワルシャワ遷都までの約600年間首都として栄え、ポーランド王国が最も繁栄した時代を今に伝えています。13世紀の商人の街であるこの街には、ヨーロッパ最大の市場広場や歴史的家屋が残り、14世紀の城壁や塔などの防衛施設も現存しています。​これらの要素は、都市の発展と歴史的背景を示す重要な証拠とされています。​歴史地区に残るヴァヴェル城はポーランド王国の歴代王の居城であり、ヤギェウォ大学は中世ヨーロッパで最も古い大学のひとつです。​これらの施設は、クラクフが学術と文化の中心地であったことを示しています。​
地域: ヨーロッパ / 国名: ポーランド共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1978年 / 登録基準: (iv)
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コインブラ大学:アルタとソフィア

University of Coimbra – Alta and Sofia
コインブラ大学:アルタとソフィア
ポルトガル中部に位置するコインブラは、リスボン、ポルトに次いで、同国第3の都市です。この街にはヨーロッパで最も古く設立された大学のひとつであるコインブラ大学があります。同大学は、教皇ニコラウス4世の認可のもと、1290年にディニス王の勅令でリスボンに創設されました。司教座付属学校を起源とし、ポルトガル最古の伝統を誇ります。大学は、リスボンにあった時期もあれば、コインブラに移った時期もあり、両都市の間で何度か行き来しましたが、1537年にはコインブラに定着し、アルカソヴァ宮殿に置かれました。700年以上の歴史をもつコインブラ大学は、ポルトガルの植民地の教育機関にも影響を与え、さまざまな学術分野に貢献してきました。
地域: ヨーロッパ / 国名: ポルトガル共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2013年 / 登録基準: (ii)(iv)(vi)
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コルドバのイエズス会管区教会堂と農園跡

Jesuit Block and Estancias of Córdoba
コルドバのイエズス会管区教会堂と農園跡
アルゼンチン中北部に位置するコルドバは、1573年にスペイン人が建設を始め、1615年からイエズス会の南米での活動拠点として栄えた地でした。38㏊に及ぶイエズス会地区と、その5つのエスタンシア(農業共同体)には、17世紀と18世紀に築かれた宗教建築と世俗建築が残されています。コルドバ市のイエズス会地区には、南米最古の大学である国立コルドバ大学、国立モンセラート中等学校、ラ・イエズス会管区教会堂、そして修道院が現存しています。
地域: 南米 / 国名: アルゼンチン共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2000年 / 登録基準: (ii)(iv)
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サラマンカの旧市街

Old City of Salamanca
サラマンカの旧市街
スペイン西部に位置するサラマンカは、2,000年以上の歴史をもつ都市であり、イベリア半島でも有数の文化遺産が存在します。街の南西を流れるトルメス川に架かる古代ローマ時代の橋をはじめ、12世紀に完成したロマネスク様式の旧大聖堂やサン・マルコス教会、16世紀完成のサリナ宮殿やモンテレイ宮殿などがその歴史を物語っています。特に18世紀に完成したマヨール広場は、スペインで最も壮麗なバロック様式の広場と謳われています。旧市街とその周辺には、ロマネスク様式からゴシック、ルネサンス、バロックに至るまでの宗教建築が点在し、都市全体が歴史的景観を形成しています。また、旧市街の建造物の多くは微少の酸化鉄を含んでおり、その影響で陽光を受けると旧市街全体が金色に輝いて見えることから、「ラ・ドラーダ(黄金都市)」の異名でも知られています。
地域: ヨーロッパ / 国名: スペイン / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1988年 / 登録基準: (i)(ii)(iv)
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サン・クリストバル・デ・ラ・ラグナ

San Cristóbal de La Laguna
サン・クリストバル・デ・ラ・ラグナ
大西洋のアフリカ沖に浮かぶカナリア諸島最大の島テネリフェ島に『サン・クリストバル・デ・ラ・ラグナ』は位置しています。ここは後のアメリカ大陸における植民地政策のモデルとなった都市です。1497年、アケレ谷の標高550mにある山の手地区の旧市街(アッパータウン)とは別に、新たな都市計画として新街区の下町地区(ロワータウン)が開発されます。旧市街の東1kmにある下町地区では、広々とした区間に大聖堂や病院などが規則正しく配列されました。サン・クリストバル・デ・ラ・ラグナは、要塞を持たない最初のスペイン植民都市であり、現在は大学都市としても広く知られています。
地域: ヨーロッパ / 国名: スペイン / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1999年 / 登録基準: (ii)(iv)
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シャーロットヴィルのモンティチェロとヴァージニア大学

Monticello and the University of Virginia in Charlottesville
シャーロットヴィルのモンティチェロとヴァージニア大学
アメリカ独立宣言の起草者であり、合衆国第3代大統領であるトマス・ジェファソン(1743〜1826)は、新古典主義建築に秀でた才能を有する建築家でもありました。彼は、自身のプランテーションであるモンティチェロと、その約8km北西に位置するシャーロットヴィルにヴァージニア大学を設計しました。ヴァージニア大学は、ジェファソンが理想とした教育理念を実現するために創設されたもので、独特のU字型平面プランを特徴としています。中心にはロタンダが据えられ、南側にはパビリオン、ホテル、学生用の居室、庭園などが整然と配置されています。これらの建築群は、自然環境との調和、機能主義と象徴主義の融合を通じて、新古典主義建築の優れたかつ個性的な例といえます。古典および当時の建築様式を綿密に研究した成果が随所に表れており、ジェファソンが描いた新しいアメリカ合衆国の理想像を色濃く反映しています。
地域: 北米 / 国名: アメリカ合衆国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1987年 / 登録基準: (i)(iv)(vi)
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シャンティニケタン

Santiniketan
シャンティニケタン
インド東部西ベンガル州の農村部に、詩人で哲学者のラビンドラナート・タゴールが1901年に設立した寄宿制の学校兼芸術センターがあります。1921年にはヴィシュヴァ・バーラディ大学(世界大学)となり、タゴールの「人類の一体化」という理念を象徴する存在となっています。タゴールはアジア人として最初のノーベル文学賞を受賞し、さらにインド国歌の作詞作曲をするなど、インドの国民的偉人です。彼は「世界が一つのカゴとなる」という宗教的文化的境界を超えた人類の統一・一体化という思想をここに具現化しようとしました。この学校では、屋外授業・農村での労働と生活・芸術制作などを通じ、すべてが調和した環境下で教育・自然・芸術を組み合わせた「総合芸術」を指向しました。
地域: 西・南アジア / 国名: インド / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2023年 / 登録基準: (iv)(vi)
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スクレの歴史都市

Historic City of Sucre
スクレの歴史都市
南米大陸の中央部にある「ボリビア多民族国」。憲法上の首都であるスクレは、同国の中南部、標高2,600mの高原盆地にあります。この街の起源は、スクレから130㎞ほど離れた、ポトシ銀山と関係しています。銀が生み出す富にあやかろうとポトシに入植してきたスペイン人たちは、1538年、ポトシよりも標高が低く過ごしやすいスクレを銀の管理地としました。実は、スクレは当初からこの地名だったわけではなく、当時の地名は「新トレドの銀の街」を意味する「シウダード・デ・ラ・プラタ・デ・ラ・ヌエバ・トレド」でした。その後も「チュキサカ」「チャルカス」と、その名称を何度か変えてきました。
地域: 南米 / 国名: ボリビア多民族国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1991年 / 登録基準: (iv)
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ダラム城と大聖堂

Durham Castle and Cathedral
ダラム城と大聖堂
『ダラム城と大聖堂』は、イングランド北部、スコットランドとの国境近くにあるU字形に湾曲して流れるウェア川を見下ろす小高い丘の上に立っています。ダラム城はイングランド最大のノルマン様式の城で、1072年、ウィリアム1世がスコットランドの侵攻に備えて築きました。国王はイングランド北部の境界を守る見返りとして、実質的な自治権を歴代のダラム司教に与え、城での居住を認めました。それにより、司教は「王子司教」として宗教指導者と世俗権力の両方を握りました。1837年に城はダラム大学に寄付され、1840年以降は大学の学生寮として使用されています。
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伝説の都市トンブクトゥ

Timbuktu
伝説の都市トンブクトゥ
現在はマリ共和国の地方都市に過ぎないトンブクトゥですが、かつては「黄金の都」と称えられ、ヨーロッパではその栄華が伝説となるほどの繁栄を極めました。元々は遊牧民トゥアレグ族の宿営地だったトンブクトゥは、13世紀、マリ帝国の時代に金や岩塩の交易地として栄え、16世紀にはソンガイ帝国の支配下で最盛期を迎えます。しかし、ヨーロッパ人が大西洋岸航路を発達させたことで地域の情況は変わり、また、1591年にサハラの塩床をめぐる紛争が引き金となってモロッコ軍に占領されるなどして、次第にトンブクトゥは衰退の道をたどります。19世紀には、黄金伝説を信じた探検家がヨーロッパから訪れますが、すでに荒廃していました。
地域: アフリカ / 国名: マリ共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1988年 / 登録基準: (ii)(iv)(v)
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ナーランダ・マハーヴィハーラの遺跡群

Archaeological Site of Nalanda Mahavihara at Nalanda, Bihar
ナーランダ・マハーヴィハーラの遺跡群
インド北東部ビハール州のナーランダ(「蓮のある場所」という意味)には紀元前3世紀から紀元後13世紀にかけての仏教の学術・修道活動が行われた遺跡があります。ストゥーパ(舎利塔)や霊廟、ヴィハーラ(僧院)などの他、多くの貴重な美術品も残されています。ここはインド亜大陸における最初の大学として、5世紀から13世紀までの800年間、途切れることなく体系的な知識の伝承が行われた地です。7世紀にははるばる中国から玄奘三蔵が来て、ここで学んだと伝わります。
地域: 西・南アジア / 国名: インド / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2016年 / 登録基準: (iv)(vi)
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バウハウス関連遺産群:ヴァイマールとデッサウ、ベルナウ

Bauhaus and its Sites in Weimar, Dessau and Bernau
バウハウス関連遺産群:ヴァイマールとデッサウ、ベルナウ
20世紀の建築と芸術、都市計画において世界的な影響を与え、モダン・ムーブメント(近代建築運動)の基盤となったバウハウスは、1919年にドイツのヴァイマールで総合造形学校として設立されました。ドイツ語で「建築の家」を意味し、建築作業組合「バウヒュッテ」が名前の由来となっています。初代校長を務めた建築家ヴァルター・グロピウスや2代目校長のハンネス・マイヤー、独特な画風で近現代美術に影響を与えたパウル・クレー、画家・写真家で新興写真運動の中心人物を務めたモホリ=ナジ・ラースロー、抽象絵画の先駆者ワシリー・カンディンスキーといった当時を代表する芸術家たちが教鞭をとり、建築を軸に、デザイン、美術、写真、彫刻などの総合的な教育が行われました。ヴァイマールには、バウハウスの校舎となった旧美術学校と本館、バウハウスの理念に基づいて建てられた初期の建築物であるハウス・アム・ホルンがあります。1925年以降、拠点はデッサウへ移され、ヴァルター・グロピウスの設計でバウハウス・デッサウ校舎や、バウハウスの教員が暮らすマスターズハウスが建設されました。これらは、機能主義に基づく設計と新素材・技術の活用を通じて、モダン・ムーブメント(近代建築運動)を切り開きました。
地域: ヨーロッパ / 国名: ドイツ連邦共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1996年 / 登録基準: (ii)(iv)(vi)
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パドヴァの植物園(オルト・ボタニコ)

Botanical Garden (Orto Botanico), Padua
パドヴァの植物園(オルト・ボタニコ)
イタリア最古の大学として有名なボローニャ大学の次に古い歴史を持つのが、イタリア北部のパドヴァ大学です。この植物園は、1545年に大学の付属施設として設立され、建設当初からずっと同じ場所にあります。世界を表す円環状にデザインされた中心部分は、当時の建築家アンドレア・モロニが設計したものです。イタリアで初めてジャガイモ・ヒマワリ・ライラックが栽培された場所であり、植物学や生態系学の研究に貢献してきた歴史があり、現在も薬草の栽培や研究が行われています。
地域: ヨーロッパ / 国名: イタリア共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1997年 / 登録基準: (ii)(iii)
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プラハの歴史地区

Historic Centre of Prague
プラハの歴史地区
チェコ中西部に位置する首都プラハは、人口約130万人を擁するヨーロッパでも有数の大都市です。街のほぼ中央、ヴルタヴァ川(モルダウ川)の両岸に、ヨーロッパ屈指の美しさを誇る歴史地区があります。プラハの起源は、6世紀後半にスラヴ民族がヴルタヴァ川沿いに集落を築いたことにさかのぼります。7世紀には丘の上に砦が建てられ、都市としての形成が始まりました。9世紀後半頃、ヴルタヴァ川左岸にプラハ城の前身の城塞が、10世紀には右岸にヴィシェフラト城が建造され、2つの建造物に挟まれた区域が発展していきました。
地域: ヨーロッパ / 国名: チェコ共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1992年 / 登録基準: (ii)(iv)(vi)
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マカオの歴史地区

Historic Centre of Macao
マカオの歴史地区
中国大陸の南岸、珠江デルタに位置するマカオ(澳門)は、ポルトガルのアジア貿易の拠点となった港街です。元は漁村であり、福建省から中国沿岸を航海する船乗りが立ち寄る中継地でした。ポルトガル人が最初に中国へたどり着いたのは明代の1513年のこと。1557年に明王朝から居住権が与えられ、東アジアで最初のヨーロッパ入植地となると、数多くのカトリック教会や礼拝堂が築かれていきました。 17世紀になると、ポルトガルはオランダをはじめとする他のヨーロッパ列強諸国を 遠ざけるため、マカオに要塞を築きました。1849年、ポルトガルはマカオを自由貿易港と宣言し、1889年にはポルトガル領植民地となりました。イギリス領の香港が発展していくと、次第に貿易の中心は香港へと移り、マカオは外国人の別荘地となりました。1999年に中国へ返還され、現在は特別行政区です。
地域: 東・東南アジア / 国名: 中華人民共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2005年 / 登録基準: (ii)(iii)(iv)(vi)
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マドリードのエル・エスコリアール修道院と王立施設

Monastery and Site of the Escurial, Madrid
マドリードのエル・エスコリアール修道院と王立施設
エル・エスコリアール修道院は、マドリードの北、シエラ・デ・グアダラマ山脈の麓にある非常に美しい場所に佇んでいます。修道院の他にも、王宮や神学校、王立図書館、施療院などを持つ複合施設であり、これらの建造物が11の主要な中庭と3つの修道士の中庭を中心に見事に構成されています。この修道院は、16世紀半ば、国王フェリペ2世が礼拝の都合を考え、王宮と修道院を合体させたことが始まりとされています。
地域: ヨーロッパ / 国名: スペイン / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1984年 / 登録基準: (i)(ii)(vi)
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メキシコ国立自治大学(UNAM)の中央大学都市キャンパス

Central University City Campus of the Universidad Nacional Autónoma de México (UNAM)
メキシコ国立自治大学(UNAM)の中央大学都市キャンパス
メキシコシティー南部にあるメキシコ国立自治大学(UNAM)は敷地面積約7㎢を誇る中南米最大規模の大学です。1551年にスペイン王フェリペ2世によって開学された王立メキシコ大学を前身とし、メキシコ革命を経て1929年に自治権を獲得し、現在の名称へと改称されました。その後1949年から1952年にかけての近代化運動のなかで大学が建設されました。20世紀のモダニズムの建築工学や景観設計と、スペイン人入植以前のメキシコの伝統文化に由来する特徴とが融合した大学都市が作り上げられました。
地域: 北米 / 国名: メキシコ合衆国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2007年 / 登録基準: (i)(ii)(iv)
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