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元の上都遺跡
Site of Xanadu
コー・ケー:古代リンガプラもしくはチョック・ガルギャーの考古遺跡
Koh Ker: Archaeological Site of Ancient Lingapura or Chok Gargyar
コートジボワール北部にあるスーダン様式のモスク群
Sudanese style mosques in northern Côte d’Ivoire
コーンウォールと西デヴォンの鉱山景観
Cornwall and West Devon Mining Landscape
ゴアの聖堂と修道院
Churches and Convents of Goa
ゴイアスの歴史地区
Historic Centre of the Town of Goiás
コインブラ大学:アルタとソフィア
University of Coimbra – Alta and Sofia
ポルトガル中部に位置するコインブラは、リスボン、ポルトに次いで、同国第3の都市です。この街にはヨーロッパで最も古く設立された大学のひとつであるコインブラ大学があります。同大学は、教皇ニコラウス4世の認可のもと、1290年にディニス王の勅令でリスボンに創設されました。司教座付属学校を起源とし、ポルトガル最古の伝統を誇ります。大学は、リスボンにあった時期もあれば、コインブラに移った時期もあり、両都市の間で何度か行き来しましたが、1537年にはコインブラに定着し、アルカソヴァ宮殿に置かれました。700年以上の歴史をもつコインブラ大学は、ポルトガルの植民地の教育機関にも影響を与え、さまざまな学術分野に貢献してきました。
高句麗古墳群
Complex of Koguryo Tombs
北朝鮮の首都、平壌周辺の高句麗古墳群は、高句麗王国の中・後期にあたる4〜7世紀ごろに建造された63基からなる古墳群で、その多くに美しい壁画が残されています。高句麗は、現在の中国東北部と朝鮮半島にかけて栄えた最強の王国のひとつでした。これまでに中国と朝鮮半島で発見された1万以上の高句麗の古墳のうち、壁画が描かれている古墳は約90か所で、これらの古墳のほぼ半分は世界遺産登録された地域にあります。壁画の図柄は、青龍、白虎、朱雀、玄武を描いた四神図や狩猟図、それに日本の高松塚古墳のものと似た女性像など多岐にわたっています。衣装、食べ物、住居生活、埋葬の習慣、さらには宗教的儀式など、今は消えてしまった高句麗文化の豊かさを伝える証となっています。高松塚古墳やキトラ古墳の壁画との関連性も指摘されており、高句麗王国が日本を含む東アジアに大きな影響を与えていたことを示唆しています。
黄山
Mount Huangshan
杭州にある西湖の文化的景観
West Lake Cultural Landscape of Hangzhou
国立歴史文化公園“メルヴ”
State Historical and Cultural Park “Ancient Merv”
コソボの中世建造物群
Medieval Monuments in Kosovo
古代高句麗王国の都城と古墳群
Capital Cities and Tombs of the Ancient Koguryo Kingdom
五台山
Mount Wutai
古代都市サーマッラー
Samarra Archaeological City
古代都市テーベと墓地遺跡
Ancient Thebes with its Necropolis
古代都市パルミラ
Site of Palmyra
シリアの首都・ダマスカスの砂漠の中央にあるオアシスの都市パルミラは、かつてナツメヤシが茂る地下水に恵まれた場所でした。「パルミラ」の名は、ギリシャ語でナツメヤシを意味する「パルマ」に由来しています。紀元前1世紀ごろから後3世紀の間、シルク・ロードの拠点として交易で栄え、129年にはローマ帝国のハドリアヌス帝から自由都市の資格を与えられました。パルミラの主神を祀るベル神殿や列柱道路、商人らを楽しませた円形劇場や浴場などが作られました。ギリシャ・ローマの西方文化とパルティア・ペルシアなどの東方文化の交差点に位置するパルミラの芸術と建築は、東西の文化と地元の伝統が融合し、独創的なスタイルを築きました。しかしローマ帝国からの独立に失敗したあと、街は破壊されました。
古代ホタールの文化遺産群
Cultural Heritage Sites of Ancient Khuttal
タジキスタン南部のハトロン州に広がる『古代ホタールの文化遺産群』は、7世紀から16世紀にかけてシルクロードの要衝として栄えた歴史的地域で、古代バクトリアの一部であり、中世にはトハリスタンとも呼ばれていました。ここでは灌漑技術の発展と衰退が文化景観を左右し、移住や経済の変化、多様な民族の交流が織りなされました。塩・金・銀・馬などの交易を通じて文化・技術・宗教の往来が盛んに行われ、政治的にも経済的にも重要な役割を果たしました。その中心にあったのが10〜11世紀に築かれたカライ・フルブク宮殿で、堅固な城壁や煉瓦装飾、クーフィー体銘文を備えた宮殿です。さらに浴場やモスク、水道なども確認されており、それらは高度な都市計画を物語ります。世界遺産としては仏教寺院、宮殿、集落、製造施設、隊商宿など11件の遺跡が含まれ、古代から中世にかけてのこの地の政治・経済・文化の重要性を示す貴重な証拠となっています。
胡朝の要塞
Citadel of the Ho Dynasty
古都京都の文化財
Historic Monuments of Ancient Kyoto (Kyoto, Uji and Otsu Cities)
古都奈良の文化財
Historic Monuments of Ancient Nara
古都ホイアン
Hoi An Ancient Town
古都ルアン・パバン
Town of Luang Prabang
コトルの文化歴史地域と自然
Natural and Culturo-Historical Region of Kotor
コナーラクのスーリヤ寺院
Sun Temple, Konârak
コパンのマヤ遺跡
Maya Site of Copan
コマニの文化的景観
ǂKhomani Cultural Landscape
コルヴァイの修道院に残るカロリング朝時代の西構えと修道院都市遺構
Carolingian Westwork and Civitas Corvey
この遺産は、ドイツ西部のノルトライン=ヴェストファーレン州の東端に位置するヘクスター市に位置する建造物群です。コルヴァイはカロリング朝期で最も影響力があるとされた修道院の一つで、当時、最高の権威を誇る図書館があったことでも知られています。現在の修道院の大部分は17世紀末に再建されたものですが、西構え(ヴェストヴェルク)はカロリング朝期のオリジナルが保存されている数少ない例となっています。1階には円柱と支柱を備えたオリジナルのヴォールト天井のホール、2階には三方をギャラリーで囲んだメインルームなどが保存されています。これらは歴史学的に貴重な実例というだけでなく、その後のヨーロッパの文化の発展において、ロマネスクやゴシックといった教会建築の基礎となった点でも重要な意味を持っています。
コルドバのイエズス会管区教会堂と農園跡
Jesuit Block and Estancias of Córdoba
コルドバの歴史地区
Historic Centre of Cordoba
スペイン南西部、アンダルシア地方にあるコルドバは、イスラム教、ユダヤ教、キリスト教の文化が融合する歴史ある商業都市です。紀元前3世紀に共和制ローマの支配下に入った時にはカルタゴの植民都市が存在し、6世紀には西ゴート王国がこの地を統治します。その後イスラム勢力が制圧し、756年に後ウマイヤ朝の首都としてヨーロッパにおけるイスラム教の最重要拠点となります。10世紀には、コンスタンティノープル、ダマスカス、バクダードと並ぶ大都市として繁栄し、市街には300以上のモスクが立ち並びました。
一方、コルドバはキリスト教世界が目指すレコンキスタ(国土回復運動)の対象都市となります。1212年にムワッヒド朝が衰退すると、1236年にはカスティーリャ王国のフェルナンド3世によってコルドバは奪還され、大モスク「メスキータ」はキリスト教聖堂へ改修されるなど、キリスト教文化が浸透していきました。歴史地区では、それぞれの宗教文化の痕跡が今も残されています。その他にも、フェルディナント王子とイサベル女王が居城とした「カトリック両王のアルカサル」や、キリスト教支配の初期に築かれた「カラオーラの塔」など、レコンキスタを象徴する建築物も見ることができます。