1~11件を表示中(全11件中)
オラシュティエ山脈のダキア人要塞
Dacian Fortresses of the Orastie Mountains
カルパティア山脈と他のヨーロッパ地域のブナ原生林
Ancient and Primeval Beech Forests of the Carpathians and Other Regions of Europe
ヨーロッパの広範囲に広がる10種のブナ原生林は、氷河期後期からの生物進化やブナの分化の過程が知れる貴重な遺産です。ブナの他にもヨーロッパナラをはじめ、絶滅の危機に瀕した80種を含む1,067種の植物や101種の鳥類、73種の哺乳類などが登録地に生息しています。また、広大な森林には、IUCNのレッドリストにも記載されているキンメフクロウも生息しています。2007年にスロバキアとウクライナの世界遺産として登録されましたが、その後、登録範囲が順次拡大されていきました。この地のブナ原生林は、現存するヨーロッパブナ(ファグス・シルヴァティカ)の原生林として世界最大であり、その中には世界最樹高のブナの標木も含まれています。
シギショアラの歴史地区
Historic Centre of Sighişoara
シギショアラ歴史地区は、ハンガリー王国の移民政策によって入植したドイツ人(トランシルヴァニア・ザクセン人)が築いた城塞都市です。ゴシック様式のニコラウス教会を宗教的中心地とし、トランシルヴァニア地方の重要都市として発展しました。ドイツ人の職人や商人によってギルドが形成され、城壁には「靴職人の塔」や「仕立屋の塔」といった、ギルドの名前を冠した塔が残っています。また、中央ヨーロッパの重要な商業的役割を担ったシギショアラは、「吸血鬼ドラキュラ」のモデルとなったヴラド3世の生家があることでも有名です。1676年の大火で焼失した後、バロック様式で再建された時計塔は街のシンボルであり、14世紀に建造されたものです。現在も最上階の展望デッキから歴史ある街並みを望むことができます。
トゥルグジウにあるブランクーシの彫刻作品群
Brâncuși Monumental Ensemble of Târgu Jiu
コンスタンティン・ブランクーシはルーマニア出身の彫刻家で、20世紀を代表する芸術家の一人です。代表作には、鳥の飛翔の本質を流線形に飛躍させて表現した「空間の鳥」などがあります。1937年から1938年にかけて制作された、トゥルグジウにある「モニュメンタル・アンサンブル」は、第一次世界大戦で街を守って命を落とした人々を追悼するために制作されました。主要な作品として、「無限柱(Endless Column)」「接吻の門(Gate of the Kiss)」「沈黙のテーブル(The table of Silence)」があります。これらは「英雄の並木道(Avenue of Heroes)」と呼ばれる約1.5㎞の軸線上に配置され、2つの公園を結んでいます。この軸線の中央には聖ペテロ・パウロ教会が位置し、全体で都市空間と一体化しています。
ドナウ・デルタ
Danube Delta
ホレズの修道院
Monastery of Horezu
ルーマニア中部ワラキア地方西部のホレズ近郊に1690年に建てられた修道院です。当時の領主であったコンスタンティン・ブルンコヴァヌ公によって建造されたもので、彼とその家族はワラキアの多くの修道院や教会の建設に尽力し、それらは彼の名を取ったブルンコヴァヌ様式と呼ばれています。ホレズの修道院はこの様式を代表する建造物として知られ、ギリシャ十字型の土台の中央に主聖堂のカトリコン聖堂が置かれ、東西南北の四端に付属聖堂としての使徒聖堂、聖母聖堂、聖ステファヌス聖堂、天使聖堂が配置されています。主聖堂のカトリコン聖堂は1690年から1692年にかけて建設され、内装を含めてさらに2年後に完成しました。3つの側廊を持ち、非常に大きなナルテクス(拝廊)を持っており、これは16世紀初頭に建造されたクルテア・デ・アルジェシュ修道院の大聖堂に倣ったものです。内部下層の壁面は、コンスタンティン・ブルンコヴァヌとその妻、11人の子供達の奉納画で埋め尽くされており、エクソナルテクスの東壁には「最後の審判」が描かれています。これらの内部装飾や外観はワラキア独自の文化とギリシャから伝わった様式の融合が見られます。
マラムレシュの木造教会群
Wooden Churches of Maramureş
モルドヴァ地方の教会群
Churches of Moldavia
要塞教会のあるトランシルヴァニアの村落
Villages with Fortified Churches in Transylvania
ルーマニアの首都ブカレストの北西約220㎞、カルパティア山脈に囲まれたトランシルヴァニア地方にある7つの村が世界遺産として登録されています。12~13世紀、トランシルヴァニアに入植した「ザクセン人(ドイツ人)」は集落を築き、自身の財産と村を守るために要塞教会を設置しました。戦時にはここが軍事拠点となり、教会の内部には倉庫を置いて、長期の攻撃にも耐えられる工夫がありました。このような要塞教会をもつ集落は、トランシルヴァニア地方に250ほど築かれた歴史があります。そのうち、ビエルタン、プレジュメル、ビスクリ、ドゥルジウ、サスキズ、クルニク、バレア・ビイロルの7つの村は、13~16世紀の建築様式を残し、村の様子は中世以来の生活を今に伝えています。
ローマ帝国の境界線:ダキア
Frontiers of the Roman Empire – Dacia
『ローマ帝国の境界線:ダキア』は、ルーマニアに残るローマ帝国の国境線(リーメス)の遺産です。ルーマニアのカルパティア山脈から黒海西方にかけての地域には、ダキア人と呼ばれる人々が暮らしていましたが、ローマ帝国との2度の戦争を経てダキアは征服されました。106年から271年まで、ダキアの国境線はローマの支配下に置かれ、ドナウ川以北に位置する唯一のローマ属州となりました。ダキアの国境線は、ドナウ川下流域から、カルパティア山脈の内縁に沿うように敷設されました。ヨーロッパにおけるローマ帝国の国境線の中で最長かつ最も複雑な区間でもあります。周辺の部族から帝国を守り、「貴重な金と塩資源」へのアクセスを提供する重大な役割も有していました。世界遺産には、1,000kmを越える国境線に沿って立つ277の要素で構成されています。要塞や土塁、監視塔、仮設野営地、民間人の居住地などの構成資産から形成されます。北方国境の強化のためローマ帝国の権力が最大限に広がった証拠といえます。
ロシア・モンタナの鉱山景観
Roșia Montană Mining Landscape