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アーシヴィスイトからニピサット:氷と海の間に広がるイヌイットの狩猟場
Aasivissuit – Nipisat. Inuit Hunting Ground between Ice and Sea
グリーンランド西部の中央部、北極圏内に位置するこの地域には、4,200年にわたる人類の歴史の痕跡が残されています。ここは文化的景観であり、陸と海の動物を狩猟してきた人々の営み、季節ごとの移動、そして気候、航海、医療に関わる豊かで保存状態の良い有形・無形の文化遺産を今に伝えています。この地域の特徴には、大型の冬季住居やカリブー(トナカイ)狩猟の痕跡、さらに古代イヌイット(パレオ・イヌイット)およびイヌイット文化の考古遺跡が含まれます。文化的景観は、西のニピサットから東の氷床近くにあるアーシヴィスイトまで、7つの主要な地点で構成されています。この地は、過酷な自然環境の中で生き抜いてきた人々の文化のたくましさと、季節的移動という伝統の証となっています。
イェリング墳墓、ルーン石碑と教会
Jelling Mounds, Runic Stones and Church
イルリサット・アイスフィヨルド
Ilulissat Icefjord
ヴァイキング時代の環状要塞群
Viking-Age Ring Fortresses
アッガスボー、フィルカット、ノンネバッケン、トレルボルグ、ボルグルングの5つの要塞は、970年から980年頃、ハーラル王(青歯王)の時代に建設されたもので、卓越した軍事建築技術の象徴となっています。これらの要塞は、現代のデンマークにおけるユトランド半島やフュン島、シェラン島の重要な陸路と海路の近くに戦略的に配置されました。5つの囲いは統一された正確で幾何学的な設計に基づいて構築され、防御目的のために自然の地形を組み込んでいます。これらの構造物は、四つの方位を基準にした門を備えた円形の防御壁で要塞化されており、ほとんどの場合、同心円状の溝、環状通りに囲まれた軸通り、および四つの区画に幾何学的に配置された長屋が含まれていました。
クジャター・グリーンランド:氷冠周縁部におけるノース人とイヌイットの農業地域
Kujataa Greenland: Norse and Inuit Farming at the Edge of the Ice Cap
クロンボー城
Kronborg Castle
シェラン島北部の王室狩猟場の景観
The par force hunting landscape in North Zealand
デンマーク王国の東部、バルト海に位置するシェラン島にあるこの文化的景観は、ストア・デュアヘーヴェとグリブスコウという2つの狩猟林、およびイェーヤスボー・ヘン/イェーヤスボー・デュアヘーヴという狩猟公園を含んでいます。これは意図的に設計された景観で、17〜18世紀の宮廷狩猟のために作られたものであり、フランスとドイツの設計モデルを融合させた中央星型の格子システムと直交格子により分割され、狩猟林、狩猟道、建物、象徴的な標識、番号付がふられたの石柱や柵などで構成されています。狩猟の機能を最適化するとともに、絶対君主の社会的役割や自然を支配する力を象徴するものとなっています。この地では、歴代のデンマーク王と王室によって猟犬を使った「パルフォース・ハンティング(par force hunting)」を行われました。この狩猟は17世紀から18世紀後半にかけて最盛期を迎え、絶対君主たちはこの地を権力の象徴としての景観へと変貌させました。
ステウンスの崖壁
Stevns Klint
デンマークのシェラン島中東部にある海岸沿いに高さ41mの白亜質の崖壁が15㎞も続いています。地球の生命史における隕石衝突の影響を証明する世界的にも卓越した証拠を持つ場所です。この遺産は、約6500万年前の白亜紀末期にメキシコのユカタン半島の沖合にチクシュルーブ隕石が衝突した証拠を表しています。隕石の衝突の際に巻き上げられた灰が多く離れたステウンスにも降り積もり、滅びた動植物の化石が完全な形で残る地層が発見されました。この出来事が恐竜時代の終焉を引き起こしたと広く信じられています。この場所は、小惑星によって恐竜などの大量絶滅が引き起こされたという根本理論を築いた、ルイス・W・アルバレスと息子ウォルターらによる研究が行なわれた3つの場所の中で最も重要でアクセスしやすい場所となっており、その科学的意義は非常に高いものです。この遺産は、科学への過去、現在、そして未来の貢献という観点でも極めて重要であり、その価値を世界中の人々に伝えています。
ムンス・クリント
Møns Klint
デンマーク南東部にあるムン島の東端部には、全長約6kmにも渡る白亜の崖「ムンス・クリント」(デンマーク語で「ムン島の崖」)が延びています。ここでは、ヨーロッパ北部における最終氷期(約11万7,000年前〜約1万1,750年前)に氷河の力によって地層が大きく変化した地形を見ることができます。ムンス・クリントの断崖には、約7,000万年前に堆積した白亜紀のチョーク(石灰岩)や、第四紀の堆積物が氷河の巨大な圧力で押し上げられ、氷河の進退によって褶曲や断層運動が繰り返されたことが明瞭に現れています。また、氷河の後退時に削り出された砂や礫が堆積して丘や細長い峰のような形になった地形や、砂礫を多く含む氷塊が溶け出して形成されたケトルホールと呼ばれる窪地など、多様な氷河地形が見られます。断崖には黒いフリントの層が繰り返し沿岸ではバルト海による浸食が現在も進行しており、そのペースは年間約30cmと非常に速い速度で続いています。
モラヴィア教会入植地
Moravian Church Settlements
ロスキレの大聖堂
Roskilde Cathedral
コペンハーゲン近郊のロスキレにある大聖堂は、スカンジナビアで最初のゴシック様式で建造されたレンガ造りの側廊付きの大規模なバシリカで、双塔と半円形のギャラリーを備えています。ロスキレ・フィヨルドを見下ろす小高い丘の上に建てられており、重要なランドマークとなっています。その周囲には中世の町の構造が今も残っており、中世の建物のほか、17世紀および18世紀の立派な住宅が数多く残っています。1170年頃に建設が始まった当初の大聖堂はロマネスク様式でしたが、建設途中でフランスから流入したゴシック様式の影響を受けて設計が変更されました。その後の数世紀にわたり、礼拝堂や玄関ポーチなどが時代ごとの建築様式で次々と追加されていきました。その結果、この大聖堂はヨーロッパ建築史の縮図とも言える構造となっています。
ワッデン海
Wadden Sea