World Heritage Sites

世界遺産一覧

("中国文明"関連)

頤和園:北京の夏の離宮と皇帝庭園

Summer Palace, an Imperial Garden in Beijing
頤和園:北京の夏の離宮と皇帝庭園
北京の中心部から北西約15kmに位置する頤和園は、敷地総面積約290万㎡を誇り、中国に現存する最大かつ最後に建造された皇室庭園です。12世紀半ばに、金王朝時代に建造された小規模な離宮を前身とし、1750年に清の乾隆帝が広大な庭園へと整備して清漪園(せいいえん)と名付けられました。中国の名だたる庭園や名景、有名建築の精華を取り入れたものとなりました。自然景観を模倣した庭園は、建物や楼閣、橋などと見事に調和し、中国だけでなく、日本や朝鮮半島の庭園にも大きな影響を及ぼしました。第二次アヘン戦争で北京に侵攻した英仏連合軍により庭園は破壊されてしまいますが、その30年後の1886年、西太后が海軍の経費を流用して復元し、頤和園と改称しました。
地域: 東・東南アジア / 国名: 中華人民共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1998年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)
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殷墟

Yin Xu
殷墟
殷墟は、北京の南方に位置する河南省安陽市にあり、中国最古の古代都市遺跡のひとつです。中国で現在確認できるものとしては、最古の王朝とされる殷(商)(紀元前17世紀頃〜前1046年)の最後の首都で、紀元前1300年頃に築かれたと考えられています。殷は、紀元前17世紀に夏王朝を倒して建てた王朝とされ、多数の氏族集団(邑)が王に服属して成り立つ連合体でした。紀元前1046年、周の武王が殷の紂王を打ち破り、殷王朝は滅亡しました。
地域: 東・東南アジア / 国名: 中華人民共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2006年 / 登録基準: (ii)(iii)(iv)(vi)
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雲岡石窟

Yungang Grottoes
雲岡石窟
雲岡石窟は、山西省武周山南麓の断崖面の全長およそ1kmの範囲に現存する、252の石窟です。452年に即位した北魏の文成帝が、高僧曇曜(どんよう)の提言に従い、460年に開鑿を行ったのがその始まりです。文成帝は「曇曜五窟」と呼ばれる5つの石窟に、自身を含めた5人の皇帝を模した大仏を建立しました。494年、洛陽に遷都したことを機に造営は終息に向かい、石窟は存在を忘れられていきましたが、1902年に建築家の伊東忠太が建築研究のため中国を訪れ再発見しました。仏像は5万体以上あり、第20窟の如来坐像は傑作とされています。仏像は制作年によって様式が異なり、徐々に中国独自のものになっていった様子がうかがえます。
地域: 東・東南アジア / 国名: 中華人民共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2001年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)(iv)
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京杭大運河

The Grand Canal
京杭大運河
『京杭大運河』は、中国の東部から中央部の平原を縦断する運河であり、北は北京市から南は杭州市までを結んでいます。紀元前5世紀から開削が始まり、604年に隋の煬帝が即位すると、これまでに掘られていた運河に加えて、新たに黄河と淮河を結ぶ通済渠や、黄河と天津を結ぶ永済渠、長江から杭州を結ぶ江南河が開削され、大運河が完成しました。これによって政治の中心である河北と、経済の中心である河南が結ばれ、江南の穀物・物産の河北への供給や、軍隊の移動などに活用されました。しかし、このような大運河の建設や、周辺諸国への遠征が隋の経済を圧迫し、各地で反乱が起きて隋は倒されることになりました。
地域: 東・東南アジア / 国名: 中華人民共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2014年 / 登録基準: (i)(iii)(iv)(vi)
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元の上都遺跡

Site of Xanadu
元の上都遺跡
現在の内モンゴル自治区に位置する、モンゴル帝国(元)のフピライ・ハンが、1256年にモンゴル高原南部に設けた関平府を前身としています。中国の伝統的な風水理論に基づいて築かれた都です。元は大都(現在の北京)を築くと、開平府は上都と改称され、2つの都を交互に使用しました。 上都は夏の離宮として用いられ、皇帝が避暑と政務を行ったところです。また、モンゴル族による遊牧文明と流民族の農耕文明が融合した都市建設が特徴です。モンゴル人はチベット仏教を深く信仰し、元の拡大とともに、アジアの東北部にも信仰が広まりました。遺跡には寺院、王宮、墓、遊牧民の野営地や運河跡などが残っています。
地域: 東・東南アジア / 国名: 中華人民共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2012年 / 登録基準: (ii)(iii)(iv)(vi)
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杭州にある西湖の文化的景観

West Lake Cultural Landscape of Hangzhou
杭州にある西湖の文化的景観
浙江省杭州市の中心部にある外周15kmほどの西湖は、三方を丘に囲まれ霧に包まれることが多いところです。この山水画のような世界は、9世紀の唐代以降多くの文人墨客を惹きつけてきました。13世紀に南宋が首都を置いて以降、杭州は中国人にとって伝統的な景観の最高例となりました。13世紀にこの地を訪れたマルコ・ポーロもその美しさを絶賛しました。西湖の周辺には、中国の歴史ある寺廟や楼閣、庭園などが多くあり、湖に浮かぶ3つの島や人工的に造られた2ヵ所の堤防などが絵画的に眺望を演出しています。これは人々がより一層美しい景観を求めて、自然の姿に「改良」を重ねてきたことで生み出された文化的景観です。
地域: 東・東南アジア / 国名: 中華人民共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2011年 / 登録基準: (ii)(iii)(vi)
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古代高句麗王国の都城と古墳群

Capital Cities and Tombs of the Ancient Koguryo Kingdom
古代高句麗王国の都城と古墳群
『古代高句麗王国の都城と古墳群』は、中国の吉林省集安市及び遼寧省桓仁満族自治県周辺に位置する世界遺産です。五女山城や国内城、丸都山城といった王国初期の都市遺跡に加え、王の碑や王陵、貴族の墓群が登録されています。丸都山城には、広大な宮殿跡や37の墳墓が残り、山と調和するように設計された都市計画となっています。防御性と自然美を兼ね備えた山城の構造は、後の東アジアの城づくりにも大きな影響を与えました。最初の都とされる五女山城は、現在も発掘調査の途上にあり、全容はいまだ明らかになっていません。しかし、どちらも人と自然が一体となった都市の歴史が残っており、高句麗の文化と世界観を今に伝えています。
地域: 東・東南アジア / 国名: 中華人民共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2004年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)(iv)(v)
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始皇帝陵と兵馬俑坑

Mausoleum of the First Qin Emperor
始皇帝陵と兵馬俑坑
中国・陝西省西安近郊にある始皇帝陵は、紀元前3世紀に中国を初めて統一した秦の始皇帝の墓です。陵墓は高さ約51mの角錘台型の墳丘を中心に、東西 580m、南北1,355mの内城と、東西940m、南北2,165m の外城の二重の城壁で囲まれています。建設は即位直後の紀元前246年に始まり、死去までの数十年をかけて築かれました。『史記』によれば、全国から数十万人もの労働者が動員され、地下には壮大な「都市」が造られたと伝えられます。陵墓のある一帯は兵馬俑坑などを含めると約56㎢におよび、その規模と設計は古代中国の中央集権体制と権力を象徴するものとして、後世に大きな影響を与えました。
地域: 東・東南アジア / 国名: 中華人民共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1987年 / 登録基準: (i)(iii)(iv)(vi)
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西夏王陵群

Xixia Imperial Tombs
西夏王陵群
中国寧夏回族自治区・銀川市の西方、賀蘭山東麓に広がるのが「西夏王陵群」です。11世紀から13世紀にかけてタングート族が築いた西夏王朝(1038~1227)の皇帝陵墓群です。約40㎢にわたる広大なエリアに、9基の皇帝陵を中心に271基の陪葬墓、宮殿や防御施設、治水遺構などが点在しています。中国における西夏時代最大かつ最も保存状態の良い考古遺跡であり、タングート王朝の皇統を示す唯一無二の証拠としても評価されています。その墓制や建築技術、葬送儀礼には農耕文化と遊牧文化、中国的な帝権観念、さらには仏教の要素が複雑に融合しており、多民族交流の成果が具体的な形で残されています。シルクロードの交通拠点として栄えたこの地は、中国文明の多元性と多民族融合を象徴するとともに、世界文明史においても重要な位置を占めています。
地域: 東・東南アジア / 国名: 中華人民共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2025年 / 登録基準: (ii)(iii)
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泉州:宋・元時代の中国における世界的な商業の中心地

Quanzhou: Emporium of the World in Song-Yuan China
泉州:宋・元時代の中国における世界的な商業の中心地
中国南西部の福建省にある泉州は、市内を流れる晋江と洛陽江が海へと注ぐ港に面した都市です。8〜9世紀頃に海上貿易の拠点として次第に発展し始め、宋代(960〜1276年)と元代(1271〜1368年)にあたる10〜14世紀にかけては世界的な貿易港として華々しい繁栄を遂げました。泉州は中国内陸部とアジアの海、そして世界とをつなぎ、「海のシルク・ロード」の東の拠点とも言われます。その名声は遠くヨーロッパまで伝わり、同時期の西洋の文献にはアラビア語でオリーブを意味する「ザイトゥーン」という名で登場します。13世紀にこの地を訪れたマルコ・ポーロは、著書「世界の記述」(東方見聞録)にて、泉州を世界最大の開港のひとつであると称賛しています。
地域: 東・東南アジア / 国名: 中華人民共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2021年 / 登録基準: (iv)
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蘇州の園林

Classical Gardens of Suzhou
蘇州の園林
江蘇省東部、長江デルタに位置する蘇州は、いくつもの水路が張り巡らされた水郷の街です。紀元前514年に春秋時代に呉の都として築かれ、北方への物流の拠点として発展してきました。蘇州における庭園の歴史は紀元前6世紀に遡り、呉の王がつくった王室狩猟庭園が先駆けと言われています。4世紀頃に私的な庭園が築かれるようになり、18世紀に最盛期を迎えました。蘇州には50以上の庭園が残り、そのうちの9つは中国で最も優れた山水庭園であるとされています。
地域: 東・東南アジア / 国名: 中華人民共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1997年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)(iv)(v)
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泰山

Mount Taishan
泰山
中国東部の山東省にそびえる標高1,535mの泰山は、世界遺産の登録基準(i)から(vii)までの全てを認められている唯一の世界遺産です。東岳の泰山、西岳の崋山(陝西省)、南岳の衡山(湖南省)、北岳の恒山(山西省)、中岳の嵩山(河南省)という中国五岳の筆頭であり、多くの人々の信仰を集める道教の聖地です。『史記』 によると紀元前219年、秦の始皇帝はこの山の山頂で天を、そして山麓で地を祀る 「封禅」という儀式を行いました。これは始皇帝以前に72人の王が行っていた儀式を再現したものであるとされます。前漢(前202~後8年)の7代皇帝の武帝はこの儀式を国家的な祭祀として採用し、清(1636~1912年)の康熙帝まで、歴代の皇帝がこの地で封禅を行いました。
地域: 東・東南アジア / 国名: 中華人民共和国 / 分類: 複合遺産 / 登録年: 1987年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)(iv)(v)(vi)(vii)
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天壇:北京の皇帝祭壇

Temple of Heaven: an Imperial Sacrificial Altar in Beijing
天壇:北京の皇帝祭壇
北京市にある天壇は、1420年に明の第3代皇帝・永楽帝(在位:1402〜1424年)が造営した祭祀施設です。1402年に即位した永楽帝は、南京から北京へ都を移し、紫禁城の造営とともに天地壇をつくりました。1530年、第9代皇帝の嘉靖帝の時代に、天と地を祀る祭壇に分けられ、元の天地壇は「天壇」と呼ばれました。明・清代の歴代皇帝はこの地を訪れ、天と地の仲介役として祈りと犠牲を捧げました。1911年に祭祀が禁止されるまで、約490年にわたり儀式が執り行われていました。
地域: 東・東南アジア / 国名: 中華人民共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1998年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)
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土司の遺跡群

Tusi Sites
土司の遺跡群
この遺跡群は、中国南西部の山岳地帯に分布する複数の部族の領域の遺構であり、13世紀から20世紀初頭にかけて、その指導者たちが中央政府によって世襲の統治者「土司(トゥシ、どし)」として任命されました。この土司制度は、少数民族が独自の慣習と生活様式を保持することを許容しながら、同時に国家全体の行政を統一することを目的とした行政統治システムでした。この遺跡群は、このユニークな統治形態に対する例外的な証言となっています。
地域: 東・東南アジア / 国名: 中華人民共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2015年 / 登録基準: (ii)(iii)
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敦煌の莫高窟

Mogao Caves
敦煌の莫高窟
莫高窟は、中国甘粛省敦煌市郊外にある仏教遺跡で、五胡十六国時代の前秦(351~394年)の4世紀半ばから元代の13世紀までのおよそ1,000年にわたって造営された、世界最大級の仏教石窟寺院です。鳴沙山の東側断崖面の南北1,700mには735の石窟があり、そのうち492の石窟が保存されています。敦煌の歴史は、前漢(前202~後8年)の武帝が辺境の軍事拠点として築いたことに始まり、シルク・ロードの中継地点として発展しました。莫高窟が掘り始められたのは、366年のことで、西方出身の仏僧・楽僔が築いたとされています。
地域: 東・東南アジア / 国名: 中華人民共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1987年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)(iv)(v)(vi)
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万里の長城

The Great Wall
万里の長城
『万里の長城』は、紀元前3世紀から17世紀まで、約2,000年にわたって築かれた中国最大の防衛施設です。総延長は2万kmを超え、河北省・山海関から甘粛省・嘉峪関まで、広大な範囲におよびます。構造は、城壁、望楼、馬道、狼煙台、関所など多様な構造からなり、地域や時代ごとに用いた素材や建築技術が異なります。特に明代には、煉瓦を用いた高度な技術が導入され、堅固な長城が形成されました。世界遺産として登録されているのは、保存状態が良好な「八達嶺」「山海関」「嘉峪関」の3つの主要なエリアです。
地域: 東・東南アジア / 国名: 中華人民共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1987年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)(iv)(vi)
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福建土楼群

Fujian Tulou
福建土楼群
『福建土楼群』は、中国福建省の約120kmの範囲に点在する、12~20世紀につくられた漢民族客家の伝統的集合住宅です。中庭を囲んだ円形や方形で、外側に設けられた180㎝以上の厚さを持つ土壁は、盗賊の侵入を防ぐ砦としての機能も持ち合わせていました。出入口は基本的に1ヵ所で、下の階には窓がなく、上の階に窓と狭間が設けられています。また消火用の水槽も上の階に設置されていました。1つの土楼には最大800人もの人々が集まって生活し、村のような機能を果たしています。質素な造りの外観に対して、内部は複数の家族が生活しやすいように工夫され、独特な装飾が施されるなど居心地にも配慮されていました。中央には庭があり、その周囲が住宅スペースで、各部屋は同じ大きさで同じ造りで平等に設計された構造になっています。
地域: 東・東南アジア / 国名: 中華人民共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2008年 / 登録基準: (iii)(iv)(v)
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武当山の道教寺院群

Ancient Building Complex in the Wudang Mountains
武当山の道教寺院群
中国・湖北省にある武当山は、道教の聖地として知られ、風光明媚な峡谷や峰に道教の寺院群があります。7世紀の唐の時代に建築が進められ、元の時代の末期に戦火で焼失したものの、明の時代に永楽帝が道教と国との調和を目指した建築キャンペーンを展開し、最盛期を迎えました。中国の元、明、清の王朝の約1,000年にわたる中国の芸術や建築の技術を伝えており、この地における信仰と哲学の発展に大きく貢献しています。また、太極拳や八卦掌で有名な中国武術「武当拳」の発祥の地としても知られています。
地域: 東・東南アジア / 国名: 中華人民共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1994年 / 登録基準: (i)(ii)(vi)
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良渚古城遺跡

Archaeological Ruins of Liangzhu City
良渚古城遺跡
中国南東部の揚子江流域に位置する良渚古城遺跡(紀元前約3300年〜紀元前2300年)は、新石器時代後期の中国において、稲作農業を経済基盤とし、統一された信仰体系を持っていた早期の地域国家の存在を明らかにしています。この遺跡群は、長江流域が中国文明の起源に顕著な貢献をしたことを示しており、玉器類に代表される出土品などが、当時の信仰体系を示しています。良渚文化は、文化的アイデンティティ、社会・政治組織、そして社会と文化の発展の概念について、比類のない証拠を提供しています。
地域: 東・東南アジア / 国名: 中華人民共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2019年 / 登録基準: (iii)(iv)
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