World Heritage Sites

世界遺産一覧

(登録基準(ii)(iii))

普洱(プーアル)の景邁山古茶林の文化的景観

Cultural Landscape of Old Tea Forests of the Jingmai Mountain in Pu’er
普洱(プーアル)の景邁山古茶林の文化的景観
中国南西部の雲南省普洱(プーアル)市にある景邁(けいまん)山は、普洱茶の原産地と考えられている場所です。10~14世紀頃にこの地へ移り住み、野生の茶樹を発見した少数民族の布朗族(プーラン族)と傣族(タイ族)は、自然林の一部の樹木と低木を間引きし、そこに茶樹を植える林下栽培という手法で茶の生産を行ってきました。古茶林は高木層、低木層、草本層の3つに分かれ、茶樹は主に低木層に生育します。森林の生態系を生かし、普洱茶の生育に理想的な環境をつくり出しました。また、布朗族と傣族がもつ茶祖信仰や伝統的な儀式は、千年以上にわたり古茶林の景観を維持するのに重要な役割を果たしてきました。布朗族と傣族は景邁山に定住し茶樹を発見して栽培を始めた先祖を「茶祖」として崇拝しており、毎年4月に茶祖に祈りを捧げる祭りがとり行われています。世界遺産には古茶林のほか、集落や防護林なども登録されています。
地域: 東・東南アジア / 国名: 中華人民共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2023年 / 登録基準: (iii)(v)
詳細ページを見る Arrow-right

エルサレムの旧市街とその城壁群

Old City of Jerusalem and its Walls
エルサレムの旧市街とその城壁群
西アジアの地中海東岸地域(レバント地方)に位置するエルサレムは、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の3つの宗教にとってきわめて重要な意味を持つ聖地です。エルサレムの歴史は非常に古く、約6,000年前には人類が居住していた可能性があります。紀元前14世紀の古代エジプトの文書に登場する「ウルサリム」という記述は、エルサレムに関する初めての確実な言及とされています。ウルサリムは西セム諸語の「シャリムの都市」を意味する語に由来し、それが転訛してエルサレムとなったと考えられています。現代アラビア語では「神聖」を意味する語に定冠詞(Al)が付いたAl Quds(アル・クドゥス)と呼ばれます。これはエルサレム神殿のヘブライ語名である「聖なる家」をアラビア語に翻訳したバイト・アル・マクディスという名称が短縮したものとされています。現在、エルサレムは西エルサレムと東エルサレムに分かれており、世界遺産に登録されている旧市街は東エルサレムに位置しています。旧市街は約1km四方の範囲に広がり、周囲を囲う城壁の全長は約4kmあります。城壁はオスマン帝国のスレイマン1世によって再建されたもので、8つの門のうち7つが現在も使用されています。
詳細ページを見る Arrow-right

エル・タヒンの古代都市

El Tajin, Pre-Hispanic City
エル・タヒンの古代都市
メキシコ湾沿岸に位置する『エル・タヒンの古代都市』はテオティワカン文明滅亡後からアステカ帝国が台頭するまでの、メソアメリカ北東部における文化や経済の様子を紐解くための重要な遺跡です。9~13世紀初頭にかけて繁栄し、精巧な装飾が施された彫刻をもつ建築が特徴です。当時の推定人口は1万5000~2万人と考えられ、その文化的影響はメキシコ湾岸全域からマヤ地域、メキシコの中央高原にまで及びました。
地域: 北米 / 国名: メキシコ合衆国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1992年 / 登録基準: (iii)(iv)
詳細ページを見る Arrow-right

エルチェの椰子園

Palmeral of Elche
エルチェの椰子園
スペイン地中海沿岸、バレンシア地方南部の街エルチェには、かつてイベリア半島を支配したイスラム教徒によってつくられた椰子園があります。67の果樹園によって構成されており、中東・北アフリカ原産のナツメヤシが約4万5,000本も植えられています。中には、高さ30m以上に成長し300年以上も生き続けている個体もあります。用水路に沿ってヤシの木が1~2列で並んでおり、イスラムの高度な灌漑技術も垣間見えます。ここで育った白色のヤシの葉は、イベリア半島各地で装飾や棕櫚の主日(聖枝祭、エルサレム入城の日)の用途として広く利用されています。
地域: ヨーロッパ / 国名: スペイン / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2000年 / 登録基準: (ii)(v)
詳細ページを見る Arrow-right

エルツ山地/クルシュネー山地鉱業地域

Erzgebirge/Krušnohoří Mining Region
エルツ山地/クルシュネー山地鉱業地域
ここはドイツ南東部からチェコ北西部にまたがる鉱物資源豊富な地域で、12世紀から約800年間継続された採鉱によって形成された景観が広がります。この地域の鉱山は、各時代で異なる金属鉱石を発見・採掘したことが特徴です。特に1460年から1560年まではヨーロッパで最も重要な銀鉱石の産地でした。錫も重要な採掘鉱石で長い歴史を通して安定的に採掘され、希少なコバルト鉱石は16世紀から18世紀にかけて主たる採掘鉱石となりました。そして19世紀末にはウラン鉱石が発見され、その世界的供給地となりました。この地で開発された採掘技術は各地に伝わり、鉱山の技術革命の引き金ともなりました。
地域: ヨーロッパ / 国名: チェコ共和国, ドイツ連邦共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2019年 / 登録基準: (ii)(iii)(iv)
詳細ページを見る Arrow-right

エレファンタ島の石窟寺院群

Elephanta Caves
エレファンタ島の石窟寺院群
インド西部のムンバイ湾に浮かぶ島(旧名ガラブリー島)は、16世紀にポルトガル人が上陸した際、巨大な象の石像があったことから「エレファンタ島」と名付けられました。ここにはヒンドゥー教の石窟寺院があり、シヴァ信仰の中心地となっています。石窟寺院の建造時期は諸説ありますが、概ね6世紀ごろから8世紀にかけて造られたようです。この島には他に古代の考古学遺跡がいくつか存在し、紀元前2世紀ごろから人々の居住の痕跡がみられます。
地域: 西・南アジア / 国名: インド / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1987年 / 登録基準: (i)(iii)
詳細ページを見る Arrow-right

エローラーの石窟寺院群

Ellora Caves
エローラーの石窟寺院群
『エローラーの石窟寺院群』は、5世紀頃から10世紀頃にかけて造営された石窟寺院群です。インドのデカン高原西部の岩山の南西面に約2kmにわたって、仏教、ヒンドゥー教、ジャイナ教の3つの宗教の石窟寺院が34存在します。最初に掘られたのは仏教窟で、5世紀〜8世紀に第1窟から第12窟までつくられました。そのうち第10窟(ヴィシュヴァカルマ窟、「大工の石窟」とも)は最も有名な仏教窟のひとつで、内部には木造を模した高い天井が広がり、仏陀が椅子に座っている様子を表現した仏倚坐像が、仏塔(ストゥーパ)を背にして鎮座しています。このように、石窟寺院の内部に仏塔や仏像を安置して礼拝する祠堂をチャイティヤ窟といいます。仏教窟の最北端に位置する第12窟(ティーン・タル窟)は3層構造でつくられており、仏教窟の中では最も大きな窟です。
地域: 西・南アジア / 国名: インド / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1983年 / 登録基準: (i)(iii)(vi)
詳細ページを見る Arrow-right

円形都市ハトラ

Hatra
円形都市ハトラ
イラク北部に位置するハトラは、ユーフラテス川とチグリス川にはさまれた半砂漠地帯にある古代の要塞都市で、パルティア王国(紀元前200年頃~紀元後220年)の中で保存状態も良く、宗教的、商業的な中心地として栄えました。ハトラは二重壁による都市防衛網を有する円形のデザインが特徴で、トラヤヌス帝率いるローマ軍を退け、難攻不落の都市として名を上げました。中心部に残る神殿などは、ギリシャやパルティア、ローマ文明の影響を受けながら発展したバビロニア文明を示す証拠となっています。
地域: 西・南アジア / 国名: イラク共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1985年 / 登録基準: (ii)(iii)(iv)(vi)
詳細ページを見る Arrow-right

オークニー諸島の新石器時代遺跡

Heart of Neolithic Orkney
オークニー諸島の新石器時代遺跡
オークニー諸島はスコットランドの海岸から北へ15km離れた沖合にあります。この遺産は、諸島最大の島、メインランド島にある4つの新石器時代遺跡によって構成されています。紀元前4,000年ごろ、農耕文化は北西ヨーロッパにまで広まり、この地で定着していきました。遺跡からは、消滅した5,000年前の生活様式や社会構造、祭祀や埋葬に対する考え方に至るまで、当時の文化を垣間見ることができます。また、この地の巨石文化は北西ヨーロッパを象徴するだけでなく、イギリスのストーンヘンジやアイルランドのボイン渓谷の起源でもあると考えられています。
詳細ページを見る Arrow-right

オアハカの中部渓谷にあるヤグルとミトラの先史洞窟

Prehistoric Caves of Yagul and Mitla in the Central Valley of Oaxaca
オアハカの中部渓谷にあるヤグルとミトラの先史洞窟
この遺跡群は、メキシコのオアハカ州中部、トラコルラ渓谷の北斜面に位置し、先史時代の洞窟や岩陰遺跡群で構成されています。ギラ・ナキツ洞窟では、1万年前のウリ科植物の種子が発見されており、これはアメリカ大陸における最古の栽培植物と見なされています。また、同じ洞窟から見つかったトウモロコシの芯の破片は、トウモロコシの栽培を示す最古の証拠であると言われています。この事実は、メソアメリカ文明の興隆を可能にした人間と自然の繋がりを実証しています。
地域: 北米 / 国名: メキシコ合衆国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2010年 / 登録基準: (iii)
詳細ページを見る Arrow-right

オアハカの歴史地区とモンテ・アルバンの考古遺跡

Historic Centre of Oaxaca and Archaeological Site of Monte Albán
オアハカの歴史地区とモンテ・アルバンの考古遺跡
メキシコ南部のオアハカ州に位置する「オアハカの歴史地区とモンテ・アルバンの考古遺跡」はモンテ・アルバンの考古遺跡とオアハカ・デ・フアレス(オアハカ)の歴史地区の異なる2つの文化遺産で構成されます。モンテ・アルバン考古遺跡はサポテカ文明の中心都市として繁栄したオアハカ渓谷における重要な考古遺跡です。一方でオアハカは16世紀のスペイン植民地時代の植民都市や都市計画の好例となった歴史都市です。
地域: 北米 / 国名: メキシコ合衆国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1987年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)(iv)
詳細ページを見る Arrow-right

王立展示館とカールトン庭園

Royal Exhibition Building and Carlton Gardens
王立展示館とカールトン庭園
1880年、1888年とメルボルン万国博覧会の展示会場となった場所で、初期の万国博覧会の展示場の典型といわれています。現代の万国博覧会の展示会場は「パビリオン」と呼ばれる仮設の建物が多いですが、ここは万博終了後もしっかり残され保存されています。初期の万国博覧会関連の施設は、現在はほとんど残っていないため、ここは数少ない貴重な保存例です。建物は多様な建材と多様な建築様式を融合して建てられ、平面は十字型で中央にドームが乗った形です(このドームはフィレンツェのドゥオーモを模したといわれます)。カールトン庭園は並木道を設けて噴水や湖を配した美しい庭園です。
地域: オセアニア / 国名: オーストラリア連邦 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2004年 / 登録基準: (ii)
詳細ページを見る Arrow-right

オウロ・プレトの歴史都市

Historic Town of Ouro Preto
オウロ・プレトの歴史都市
17世紀末に創設されたオウロ・プレトは、18世紀のブラジルの「黄金時代」の中心地として栄え、金鉱採掘によって莫大な富を築きました。険しい山岳地帯に都市計画を施すという、人間の創意工夫と才能の証であるこの町は、その経済的繁栄の象徴として、多くの教会や橋、噴水を建設し、バロック様式の都市景観を形成しました。金鉱が枯渇した19世紀に経済的影響力は衰えたものの、都市は現代まで保存されています。
地域: 南米 / 国名: ブラジル連邦共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1980年 / 登録基準: (i)(iii)
詳細ページを見る Arrow-right

オスン-オソボの聖林

Osun-Osogbo Sacred Grove
オスン-オソボの聖林
オソボ市の郊外にあるオスン聖林の密林は、ナイジェリア南部に残された高地原生林の最後の名残の一つです。この聖林をオスン川が蛇行しながら流れており、この景観全体が豊穣の女神オスンというヨルバ族の神々の一人の住処と見なされています。この聖林は、あらゆる集落の外側には聖なる森が広がっているというヨルバ族の世界観が普及していた証であり、ヨルバ文化における最後の聖林となっています。
地域: アフリカ / 国名: ナイジェリア連邦共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2005年 / 登録基準: (ii)(iii)(vi)
詳細ページを見る Arrow-right

オデーサの歴史地区

The Historic Centre of Odesa
オデーサの歴史地区
「黒海の真珠」とも呼ばれる美しい街並みが広がるウクライナ南部の都市。対岸にはイスタンブルがある黒海沿岸の港湾都市で、古代ギリシャ都市「オデッソス」の名前を女性形にした「オデッサ」と名付けられました(ウクライナ語では「オデーサ」)。オデーサの街は、当時のロシア帝国の女帝エカチェリーナ2世により、凍らない港である不凍港を獲得するため建設・整備された歴史をもちます。不凍港の獲得はロシアの南下政策において、軍事的・経済的な要でした。その後オデーサは1819年に自由港湾都市となって発展を遂げ、様々な文化が交差する国際都市になりました。世界遺産としては19~20世紀にかけての傑出した都市計画が評価されています。
地域: ヨーロッパ / 国名: ウクライナ / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2023年 / 登録基準: (ii)(iv)
詳細ページを見る Arrow-right

オネガ湖と白海の岩絵群

Petroglyphs of Lake Onega and the White Sea
オネガ湖と白海の岩絵群
ロシア北西部カレリア共和国に位置する『オネガ湖と白海の岩絵群』は、オネガ湖にある22の遺跡と白海にある11の遺跡に点在する合計4,500以上の岩絵によって構成されています。岩絵が出現したのは約6,000~7,000年前の新石器時代です。これまでに、白鳥を含む水鳥や半人半獣の姿の絵などが発見されてきました。また周辺からの発掘品から、オネガ湖の竪穴式石器集団の一部が水路を通って徐々に白海へ移動したことも判明しています。ここは、岩絵や集落、埋葬地などの考古学的遺跡とともに、北ヨーロッパにおける狩猟採集民の文化を証言しています。
地域: ヨーロッパ / 国名: ロシア連邦 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2021年 / 登録基準: (iii)
詳細ページを見る Arrow-right

オフリド地方の自然及び文化遺産

Natural and Cultural Heritage of the Ohrid region
オフリド地方の自然及び文化遺産
オフリド湖は、北マケドニア最高峰であるコラブ山などの高峰のふもとに位置し、地殻変動によって形成された深くて古い湖です。およそ200万年から300万年にわたり、絶え間なく存在し続けてきました。ロシアのバイカル湖、アフリカのタンガニーカ湖と並び、世界最古の湖の一つとされています。湖は透明度が高く、冬でも凍結しないため、他の地域では絶滅した水生生物が残っています。藻類、渦虫類、巻貝、甲殻類、2種のマスを含む17種の固有魚類など、湖固有の動植物は200種を超えています。また、鳥類も豊富に生息しています。
詳細ページを見る Arrow-right

オモ川下流域

Lower Valley of the Omo
オモ川下流域
トゥルカナ湖近く、エチオピア南部を流れるオモ川の下流域では、1967年に400万年前のアウストラロピテクス・エチオピクスの化石が見つかって以降、様々な人類の化石が発掘されました。同国の東北部に「アワッシュ川下流域」という世界遺産もありますが、こちらでも人類の化石が発掘されていることから、現在のエチオピア周辺は、人類がアフリカで誕生したということを如実に証明する場所であると言えます。また、この流域の平地では、多様な民族が伝統的な生活様式を守って暮らしています。
地域: アフリカ / 国名: エチオピア連邦民主共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1980年 / 登録基準: (iii)(iv)
詳細ページを見る Arrow-right

オラシュティエ山脈のダキア人要塞

Dacian Fortresses of the Orastie Mountains
オラシュティエ山脈のダキア人要塞
これらのダキア人要塞は、紀元前1世紀から紀元後1世紀にかけて、ダキア人支配下で建設されました。その建築は、古典世界とヨーロッパ鉄器時代後期の技術と概念が異例な融合を示しており、軍事建築と宗教建築を組み合わせた独自の様式を生み出しています。この要塞群は、古典世界内外からの軍事建築の技術と概念が融合して独特のスタイルを形成しています。
地域: ヨーロッパ / 国名: ルーマニア / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1999年 / 登録基準: (ii)(iii)(iv)
詳細ページを見る Arrow-right

オランジュの凱旋門、ローマ劇場とその周辺

Roman Theatre and its Surroundings and the "Triumphal Arch" of Orange
オランジュの凱旋門、ローマ劇場とその周辺
フランス南部のアヴィニョンの北にあるオランジュは、紀元前1世紀、ローマ帝国の植民都市になり、古代ローマ時代の遺跡が残る街です。紀元10年から25年の間に築かれた凱旋門には、「ローマの平和(パクス・ロマーナ)」が打ち立てられていく様子がレリーフで表現されています。これは、今も現存する初代皇帝アウグストゥスの時代の地方凱旋門のなかでも、最も美しいと評価されているものです。凱旋門は13世紀には要塞へと改変されましたが、その後1824年には修復されました。
地域: ヨーロッパ / 国名: フランス共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1981年 / 登録基準: (iii)(vi)
詳細ページを見る Arrow-right

オランダの水利防衛線群

Dutch Water Defence Lines
オランダの水利防衛線群
オランダの行政・経済の中心地周辺に200㎞以上にわたって設けられた防衛システムです。「アムステルダム防衛線」と「新オランダ水防線」からなります。この防衛線は「水」を国の防衛に利用するという独創的なものです。オランダの人々は歴史的に長きに亘り水利を重要視し、水力工学を発展させてきましたが、その専門知識を国の防衛目的にも活用しました。複雑な堤防設備や水門、運河、揚水ポンプなどと連携する96の要塞からなるネットワークで、一時的に土地を水没させ、歩いては侵入できず、かつ船での侵入も困難という絶妙な水位(0.5~1.0m)で外敵の侵入を防ぐことがポイントです。このシステムは1815年から1940年にかけて建設されました。
地域: ヨーロッパ / 国名: オランダ王国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1996年 / 登録基準: (ii)(iv)(v)
詳細ページを見る Arrow-right

オリンダの歴史地区

Historic Centre of the Town of Olinda
オリンダの歴史地区
16世紀にポルトガル人によって設立されたオリンダは、ブラジル北東部のペルナンブーコ州にある歴史的な都市です。豊かな自然景観の中に、植民地時代に建設された建物や教会、修道院などが調和して配置されています。この独特な景観は、オランダ植民者による略奪と破壊、そしてその後の再建を経て形成されました。この都市構造は18世紀まで遡り、現在もその姿を保ち続けています。
地域: 南米 / 国名: ブラジル連邦共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1982年 / 登録基準: (ii)(iv)
詳細ページを見る Arrow-right

オリンピアの考古遺跡

Archaeological Site of Olympia
オリンピアの考古遺跡
オリンピアの考古遺跡は、首都アテネから西へ190kmにあるクロノスの丘の麓にオリンピアはあります。神々の山であるオリンポス山にその名を由来とするこの町では、紀元前8世紀頃から神々の父でもあるゼウスを奉納するための競技が定期的に開かれ、やがてこの競技会はギリシャ世界だけでなく、近隣諸国から参加者を集める国際的なスポーツ祭典となりました。長らく続いた祭典でしたが、キリスト教が国教となった4世紀末には、異教の祭典という理由から開催が禁止となりました。以降、長い間埋もれていましたが、18世紀に遺跡が発見されます。ローマ皇帝の命令で数多くの建築物が破壊されましたが、ゼウス神殿やヘラ神殿、短距離走などの練習場であったギムナシオンなどの基盤が一部残ります。
地域: ヨーロッパ / 国名: ギリシャ共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1989年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)(iv)(vi)
詳細ページを見る Arrow-right

オルホン渓谷の文化的景観

Orkhon Valley Cultural Landscape
オルホン渓谷の文化的景観
オルホン渓谷はモンゴル中北部オルホン川の両岸に広がる雄大な牧草地です。広大な渓谷の範囲には6世紀にまで遡る考古遺跡が数多く残り、遊牧民とその社会の様子を現代に伝えています。この地は古くから東西交易の交差点であり、突厥やウイグルの拠点として発展しました。13~14世紀にはモンゴル帝国の首都として繁栄しました。また最古のモンゴル仏教寺院も残っており、モンゴル仏教の発展の舞台でもあります。
地域: 東・東南アジア / 国名: モンゴル国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2004年 / 登録基準: (ii)(iii)(iv)
詳細ページを見る Arrow-right

カールスクローナの軍港

Naval Port of Karlskrona
カールスクローナの軍港
バルト海に臨むカールスクローナは、17世紀後半に建設された、ヨーロッパ初の近代的な軍港都市です。ヨーロッパの列強が戦争と海戦によって地位を確保していた当時、スウェーデンはバルト海の覇権をめぐり他国と争っていました。1680年、国王カール11世によってカールスクローナの軍港は建設されます。ここは、スウェーデンにとって他国の船舶に睨みを利かせるために理想的な場所でした。
地域: ヨーロッパ / 国名: スウェーデン王国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1998年 / 登録基準: (ii)(iv)
詳細ページを見る Arrow-right

海港都市バルパライソの歴史地区

Historic Quarter of the Seaport City of Valparaíso
海港都市バルパライソの歴史地区
チリ中部、首都サンティアゴの北約130kmに位置するバルパライソは、チリ第2の都市であり、南米太平洋岸最大の貿易港でもあります。1536年にスペイン人のフアン・デ・サアベドラが「発見」し、以後「バルパライソ(天国の谷)」と名付けられました。バルパライソは、マゼラン海峡を介して大西洋と太平洋を結ぶ航路の要所として、1880年代〜1914年のパナマ運河開通まで、一帯に大きな商業的影響を与えてきました。
地域: 南米 / 国名: チリ共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2003年 / 登録基準: (iii)
詳細ページを見る Arrow-right

海事都市グリニッジ

Maritime Greenwich
海事都市グリニッジ
ロンドン南東部、テムズ川沿いに位置するグリニッジはイギリスにおける水上交通の要となった海事都市です。かつては王宮のひとつに過ぎなかったグリニッジですが、大航海時代~19世紀末までイギリスの海の玄関口として大いにその役割を果たしてきました。その大航海時代の名残を見られるのが1675年建造のグリニッジ天文台です。バロック様式の天文台で観測された恒星図によってイギリスの位置と時間が定められました。そして1884年の国際会議によってグリニッジ天文台が経度0度の本初子午線が通る基点として決定されます。その後、天文台はサセックスへ移転しますが、子午線の位置が変わることはありませんでした。王立天文台でのロバート・フックとジョン・フラムスティードの研究は、地球の動きを正確に測定することを可能にし、航海術の発展にも貢献しました。
詳細ページを見る Arrow-right

開平の望楼群と村落

Kaiping Diaolou and Villages
開平の望楼群と村落
中国南部、広東省の開平に広がる田園地帯には、望楼(ディアオロウ)と呼ばれる塔状の建造物が約1,800棟も点在しています。そのうち20棟が世界遺産に登録されています。望楼とは、複数の家族が非常時に利用した共同塔、裕福な個人が建てた要塞兼住居である住宅塔、そして監視塔という3つの形態を持つ多層構造物です。これらは、16世紀以降に増加した盗賊の襲撃や河川の氾濫から身を守るための住居として建設されました。その背景には、19世紀後半から20世紀初頭にかけて、北米やオーストラリア、南アジアなどへ渡った開平出身の華僑の存在があります。彼らの資金提供によって、1920~30年代には望楼建設の最盛期を迎えました。建材には石、レンガ、コンクリートなどが用いられ、中国の伝統建築と西洋の建築様式が融合した独特の姿をしながらも、周囲の景観と見事に調和して立ち並んでいます。
地域: 東・東南アジア / 国名: 中華人民共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2007年 / 登録基準: (ii)(iii)(iv)
詳細ページを見る Arrow-right

カザン・クレムリンの歴史的関連建造物群

Historic and Architectural Complex of the Kazan Kremlin
カザン・クレムリンの歴史的関連建造物群
ロシア西部タタールスタン共和国の首都カザンのクレムリンには、ロシアで現存する唯一のタタール要塞が残ります。カザンは10~13世紀にかけてはヴォルガ・ブルガール人の都市で、10世紀末から11世紀初頭には現在のクレムリンの場所に要塞化した集落が出現しました。12世紀には石造の要塞も造られましたが、13世紀からは200年以上にわたり「タタールのくびき」と呼ばれるモンゴルの支配下に置かれました。15世紀にカザン・ハン国の都となると、クレムリンの地にはハンの宮殿が建てられ、カザンはタタール文化の中心都市として栄えました。しかし1552年、およそ15万の大軍を率いるイヴァン4世(雷帝)によってカザンは陥落し、ロシアに編入されました。
地域: ヨーロッパ / 国名: ロシア連邦 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 2000年 / 登録基準: (ii)(iii)(iv)
詳細ページを見る Arrow-right

カザンラクのトラキア人の古墳

Thracian Tomb of Kazanlak
カザンラクのトラキア人の古墳
ブルガリア中部のカザンラクにあるトラキア人の古墳は、紀元前4世紀末頃のヘレニズム時代のものです。古代トラキア人のオドリュサイ王セウテス3世が建設した首都セウトポリスの近くに位置し、大規模なトラキア人のネクロポリスの一部です。ネクロポリスとは、巨大な墓地や埋葬場所のことです。トラキアの埋葬儀式や文化を表す壁画で飾られていて、これらの壁画は、ブルガリアで最も保存状態の良いヘレニズム時代の傑作です。とりわけ、埋葬儀式の様子を描いた天井画は、紀元前6~前3 世紀にかけて花開いたトラキア芸術の最高峰とされ、同時にトラキア人を知る上で重要な史料となっています。まだ多くの謎が残る遺跡でもあります。
地域: ヨーロッパ / 国名: ブルガリア共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1979年 / 登録基準: (i)(iii)(iv)
詳細ページを見る Arrow-right