ほんとうに賑やかな電車内
RERのB線は中心部に向かうにつれて人も増え、賑やかになってくる。東京の電車内はだいたい静まり返っていて、車両内で話をする人が一人もいないなんてことも珍しくないけど、こちらではみんなガヤガヤとお喋りをしている。土曜日の朝早くということもあってか、友人グループや家族連れが多く、車両内全体が賑やかだけど酔っ払いが大声で話すような耳障りなうるささはなく、笑い声もあって楽しそうな雰囲気に包まれている。
日本からの出国前の電車トラブルで、1時間以上も車両内に閉じ込められているとき、乗っていた人はみな一言もしゃべらず静まり返った中でスマホを見ていた。フランスだったら全く違う雰囲気になっただろうなと思う。
B線はパリの郊外を通ってくるので、イスラム系移民2世の若者や黒人の人も多い。パリ市内は家賃も物価もものすごく高いため、お金のない人々はどうしても郊外に集まることになる。フランスはもともと西欧の文化交流の地として多民族国家だったけど、第一次世界大戦後の人口減少に対応するために東欧などから積極的に移民を受け入れる政策を採ったことで、移民が一気に増えた。この時の安い移民労働者が、第二次世界大戦後のフランス最大の高度成長期を支えた反面、都市部に社会的な歪みも生んだ。
郊外の小さな駅には、だいたい駅前に小さなパン屋と小さなカフェ、それに「TABAC」の看板が掲げられたタバコや新聞、ペットボトルの水などを売る小さな店があって、その裏にはすぐに「おしゃれ」とは言い難い家が立ち並んでいる。
駅も美しいパリ
ノートル・ダム大聖堂のすぐ近くのサン・ミシェル=ノートル・ダム駅でB線を降りて、メトロの10番線に乗り換える。10番線の乗換駅であるクリュニー・ラ・ソルボンヌ駅までは地下の連絡通路を歩いて行けるのだけど、セーヌ川沿いからセーヌ左岸のクリュニー美術館の近くまで500mほどてくてく歩かなくてはならない。
中途半端に古い地下通路なので、あまり楽しい景色ではない。途中の分かれ道に「こちらクリュニー・ラ・ソルボンヌ駅への近道」と書かれた看板があり、そこに「かなり遠い!」と落書きされている。昔ローマに行ったとき、窓口で買うよりずっと早く切符が買えるというウリの自動券売機に「めちゃくちゃ発券が遅い!」と落書きされていたことを思い出した。こういう内容の落書きって古代ローマ時代の頃から変わってないんだろうな。日本では見かけないタイプの落書きで、思わず笑ってしまう。
クリュニー・ラ・ソルボンヌ駅は、クリュニー美術館とソルボンヌ大学の最寄り駅で、プラットフォームのデザインもアカデミックな雰囲気で凝っている。パリのメトロは、駅ごとにデザインや駅名のフォントまで違っていて、それを見るだけでも面白い。
かまぼこのような形をしたプラットフォームの天井は、フランスの20世紀の芸術家ジャン・バゼーヌが手掛けた鳥のモザイクで飾られ、周りにはフランスの詩人や哲学者、作家、芸術家、科学者、政治家などの名前が、彼ら自身のサインを基にしたデザインで描かれている。ラブレーやモンテーニュ、ヴェルレーヌ、ヴォルテール、ビクトル・ユーゴー、デカルト、キュリー夫人、ポアンカレなど超有名人だらけだけど、どれが誰のサインなのか全然わからなかった。口をあけて見上げていたら首が痛くなってきたので、判別するのはあきらめた。
災害の爪痕が残る街並
人があまり乗っていない10番線に乗って、UNESCOの最寄りのセギュール駅で降りる。地上に出る階段から見上げた久しぶりのパリは、並木の新緑が淡い青空に映えてとても美しかった。UNESCOに向かう道にはほとんど人がいなくて、よく見ると街路樹が折れて倒れていたり、乾いた泥が路面などに固まっていたりしてどこか埃っぽい。
僕がパリに来るほんの数日前は、雹が降る豪雨で街路樹が根本近くで折れて倒れたり、濁流となった雨水がメトロの入口から駅に流れ込んで死者が出るほどの災害だったし、その翌日には40℃近くまで気温が上がる猛暑で、エッフェル塔の最上階が緊急で立ち入り禁止になるほどだった。40℃を超える気温となった南部のマルセイユではひどい山火事となり、僕が行ってからも鎮火せずに連日その被害が報道されていた。ピレネー山脈を挟んだスペイン側でも大雨による大洪水で大きな被害が出たと報道されていて、「地球温暖化や気候変動はデマだ」というのはさすがに無理がある気がする。
僕がパリに着いた時には猛暑は収まっていたけど、日なたを歩くと少し汗ばむ暑さだった。それでも乾燥しているのでべたつくことがないのがよい。明日からは最高気温が10℃台まで下がるという。ほんと変な気候。
写真・イラスト©宮澤光
執筆者PROFILE
北海道大学大学院博士後期課程を満期単位取得退学。仏グルノーブル第Ⅱ大学留学。2008年より現職。世界遺産に関するさまざまな書籍の編集・執筆・監修を手掛けるほか、「チコちゃんに叱られる!」(NHK)などの多くのメディア出演や、全国各地で100本を超す講演・講座を実施している。著書に『13歳からの世界遺産』(マイナビ出版)、『世界遺産のひみつ』(イースト・プレス)など。
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