知る人ぞ知るUNESCO本部/パリまで世界遺産委員会に来ています【第6回】
この連載は、2025年7月にパリで開催された世界遺産委員会の旅行記です。

目次

知る人ぞ知るUNESCO本部
世界遺産か世界遺産じゃないか
素敵な場所にあるUNESCO本部

知る人ぞ知るUNESCO本部

UNESCOの本部はパリの7区でも南側の15区に近い辺り、ルイ15世が1750年に創設した陸軍士官学校であるエコール・ミリテールのすぐ裏にある。エコール・ミリテールの前には広いシャン・ドゥ・マルス公園が広がり、その先にはエッフェル塔がそびえているので、ほとんどの人はUNESCOの本部がそこにあるのを知らないと思う。

エッフェル塔からエコール・ミリテールまでは本当に演出された空間で、多くの観光客はそこで「あぁ、いま僕はパリに来ている! なんて素敵なの!」って、うっとりしてしまう。その気持ちはよくわかる。だってエッフェル塔と芝生の公園と青空を見て、うっとりしなかったらパリに来る意味はない、たぶん。

だから、その裏にUNESCO本部があって、そうした文化的な景観を守るために舞台裏から毎日支えていることに気がつかなくても仕方がないし、むしろUNESCOも裏方に徹する僕ってかっこいいじゃん! と思っているかもしれない。

世界遺産か世界遺産じゃないか

こっちが世界遺産、こっちが世界遺産じゃない

実際、セーヌ川沿いからエッフェル塔、シャン・ドゥ・マルス公園、エコール・ミリテールまでは世界遺産に登録されていて、道を一本挟んだだけのUNESCO本部は世界遺産の登録範囲の外になっている。

エコール・ミリテールとUNESCO本部の間のなんて事のない道に立って、左右を見ても、世界遺産と世界遺産じゃない場所の違いはわからない。横断歩道を渡って、また戻ってみたけど、何も違いがない。世界遺産のエリアに入ったら急に空気が澄んで高貴な気分になることもないし、世界遺産のエリアを出たら気持ちが沈むなんてこともない。当たり前か。

世界遺産とは法的な保護体制だから、世界遺産の範囲というのは法が及ぶエリアで分かれていて、実際の景観や建造物の素晴らしさとはあまり関係がなかったりする。この場所で左右を見ていると、世界遺産ではないUNESCO本部の方が並木も美しく落ち着いていて、エコール・ミリテール脇の道の方が埃っぽく観光地に近い猥雑さを感じさせるから余計に変な感じがする。

素敵な場所にあるUNESCO本部

フランスは通りの名前が面白い

UNESCO本部の辺りは、政府機関も多く高級住宅地でもあるので、観光客はほとんど歩いていない。7区自体がパリの中でも人口密度の低いエリアで、土曜日ということもあってかプラタナスの並木の下で静かな時間が流れている。プラタナスの並木が石畳の車道に映し出す木漏れ日が本当に美しいんです。

セギュール駅を出てUNESCO本部沿いのセギュール通りから、世界遺産委員会のメイン会場であるUNESCOの本会議場「Salle 1」に面したシュフラン通りに曲がると、その先にエッフェル塔が見える。そして本会議場を通り過ぎてUNESCO本部の角の、世界遺産とそうでない場所を隔てるロワンダル通りを右に曲がると、その先にはアンヴァリッドの黄金のドームも見える。もちろん、アンヴァリッドは世界遺産のエリア内にある。

世界遺産に囲まれたこの世界遺産じゃない場所の周りは、石畳の車道の両脇に背の高いプラタナスが2重の並木になっていて、毎日こんな場所に通勤できたら仕事に行くのも楽しくなるだろうなと思う。ビニール傘が曲がるほど満員の、東京の通勤電車で通う今の職場とは雲泥の差だ。

ほとんど毎日通ったセギュール通りは、18世紀末の軍人フィリップ・アンリ・ドゥ・セギュール伯爵にちなんでつけられている。ワイン好きな人は、セギュールと聞くと「カロン・セギュール」のハートのデザインのワイン・エチケットを思い出すかもしれない。カロン・セギュールは、フィリップ・アンリ・ドゥ・セギュール伯爵の祖先がもっていたボルドーのシャトーで醸造されるワインで、その人物はルイ15世から「プランス・デ・ヴィーニュ(ブドウの王子)」と呼ばれていたらしい。ちなみに、僕が昔留学していたグルノーブル出身の文学者スタンダールは、フィリップ・アンリ・ドゥ・セギュール伯爵とその父を嫌っていて、随筆の中でずいぶんこき下ろしている。嫌っている理由はよく知らないけど。

UNESCO本部の本会議場の前のシュフラン通りも軍人の名前にちなんでいるし、フランスは通りの名前を見ているだけでも面白い。ノートル・ダム大聖堂の近くには「シャ・キ・ペッシュ通り」という通りがあって、直訳すると「釣りをする猫の通り」だから、通りの名前は人名とは限らない。

UNESCO本部の前は、明日から世界が注目する国際会議が開かれるとは思えないほど静かで、誰もいなかった。ほんとに会場はここで合ってるんだよね?

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(次回に続く)

写真・イラスト©宮澤光

執筆者PROFILE

NPO法人世界遺産アカデミー主任研究員

北海道大学大学院博士後期課程を満期単位取得退学。仏グルノーブル第Ⅱ大学留学。2008年より現職。世界遺産に関するさまざまな書籍の編集・執筆・監修を手掛けるほか、「チコちゃんに叱られる!」(NHK)などの多くのメディア出演や、全国各地で100本を超す講演・講座を実施している。著書に『13歳からの世界遺産』(マイナビ出版)、『世界遺産のひみつ』(イースト・プレス)など。
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