今回滞在する部屋に到着
今回、パリで2週間滞在する部屋は、UNESCO本部から歩いて10分ほどのところにある。住所としてはUNESCOのある7区と接する15区の北のはずれ。企業が一棟まるまる買い上げて貸し出している長期滞在型の部屋で、キッチンや冷蔵庫も部屋についていて自炊をすることができるので、非常に助かる。
UNESCO本部から部屋に向かう途中で、さっそく買ったクロワッサンを片手に、通りに面した扉の暗証番号を入力すると、ギィガチャリという少々大げさな音がして木製の扉の裏側で鍵が開く。暗証番号を入れるボタンも、フランスでよく見かける、コーン粒ほどの大きさの銀色の突起をギュッと押し込むタイプで、「鍵を開けている」という実感があって嫌いじゃない。
多くの人の手によって磨き上げられたすべすべの木製の手すりと、真ん中辺りがすり減って場所によっては平衡感覚が狂いそうになる木造のらせん階段を上って3階(日本だと4階)にある部屋が、今回の僕の部屋だ。毎日ここを上り下りしていると、まるでパリに暮らしているような感じがして嬉しくなる。小さなエレヴェーターもあるのだけど、滞在中一度も使うことはなかった。
何かにつけ香りが強いフランス
昔ながらの鍵を扉の鍵穴に差し込み2回転させると、しっかりした手応えと共に鍵が開く。フランスの扉はだいたい鍵を2回転させる必要がある。その理由は不明。そういえば、かつて留学していた最初の頃はこれに慣れなくて鍵がうまく開けられなかった。今はもう問題なく、ぐるんぐるん回して鍵を開けられる。
部屋の扉を開けて中に入ると、もわっと甘い匂いがした。これはベッドの上に置かれているバスタオルの匂いだ。嫌な匂いではないけれど、閉め切った部屋に取り残された空気が全てその匂いになっているので、すぐに天井まである大きな窓を開け放って換気をする。フランスの洗濯用の洗剤や食器用洗剤、シャンプーやボディソープも、とにかく匂いが強い。
留学をしていたとき、留学生活も終わりが見え始めたころになって、ボディソープの残りの量が足りるか足りないか微妙な感じになった。帰国するまでの残りの日数とボディソープのボトルの中の量を考えながら少しずつ使っていたのだけど、帰国2週間前くらいにとうとう切れてしまった。
今さら新しいのを買うのももったいない気がするし、かといって逆に余りそうなシャンプーや食器用洗剤で体を洗うわけにもいかないので、あきらめてスーパーにボディソープを買いに行った。そこで見つけたのが、セール品コーナーにあった50%オフのシールが貼られたボディソープ。貧乏留学生に選択の余地なんてなくて、特に香りなども気にしないで買って帰ったそれは、強烈なバニラの香りだった。
流しても流しても体から甘ったるいバニラの香りがするし、体を洗うたびに夏場のシャワールームに充満するその強烈な香りは、ただでさえ蒸し暑かったその夏の息苦しさを増している感じがした。日本人の友人たちは、文字通り本当に眉をひそめながら「なんでその香りにしたの?」と聞いてきた。だって、安かったんです。
静かで快適な部屋
部屋は45㎡ほどの広さに、キングサイズのベッドと本棚、キッチン、カウンターテーブル、テレビがあり、バスルームにはタンクがむき出しの水洗トイレと洗面台、洗濯機と小さなシャワールームがある。ひとりで2週間過ごすには十分すぎる広さだ。何よりも天井が高いのがよろしい。
ベッドの脇とキッチンの横には、膝のあたりから天井までの縦長で大きな木枠の窓があり、L字型の金属のノブを力を入れて90度動かすと、ガチャリという音と共に、鍵が開くしっかりした手応えがある。僕が留学中に住んでいた大学の寮の窓も同じタイプのノブで、玄関の鍵などと同じく重い手応えがあるのが気に入っている。フランスの鍵は開けたり閉めたりするときに、日本のそれよりもずっと重く手応えがある。窓には網戸はなく、開けるとひんやりと気持ちの良い風が入ってきた。
部屋は中庭に面していて、窓からは中庭の向かいの建物のきれいに並んだ窓の扉が開いていたり、ブラインドが下ろされていたり、階段の窓を人が下りていく姿などが見える。その上にパリらしい屋根の連なりが見え、屋根の上には青空が少しだけ見える。特に心躍る眺めではないけれど、普段着のパリのようで悪くない。
窓から部屋の中まで日が差し込むのは午前中だけで、あとは通りの喧騒が聞こえないこともあって、静かな時間が流れている部屋だった。パリは22時近くでもまだまだ空が明るいこともあり、窓が大きく中庭に面している部屋の中は夕方以降でも結構明るい。
2週間の間、一日のうちの22時間くらいはUNESCOの会議場とこの部屋で過ごしたので、部屋が快適なのはよかった。
(次回に続く)
写真・イラスト©宮澤光
執筆者PROFILE
北海道大学大学院博士後期課程を満期単位取得退学。仏グルノーブル第Ⅱ大学留学。2008年より現職。世界遺産に関するさまざまな書籍の編集・執筆・監修を手掛けるほか、「チコちゃんに叱られる!」(NHK)などの多くのメディア出演や、全国各地で100本を超す講演・講座を実施している。著書に『13歳からの世界遺産』(マイナビ出版)、『世界遺産のひみつ』(イースト・プレス)など。
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