手持ちぶさたの会場前
世界遺産委員会はまず、参加者登録とオリエンテーションから始まる。会場であるUNESCOの本会議場「Salle 1」に面したシュフラン通りには、小雨の中、まばらに人が集まっていた。時間になっても入り口の前の鉄の柵は閉じられたままで、集まった人も手持ちぶさたの様子で立ち話をしている。
時間を過ぎたあたりから人が少しずつ増え始めたけれど、日本のように並んで待つなんてことはなく、入り口の近くに適当に集まっている感じ。国際会議の参加者には、同様の会議を通じて他国にも顔見知りがいる方も多く、再会を祝うようにハグやビズ(頬にキスをする挨拶)をしている横で、特に知り合いのいない僕は少し心細くなり、柵に飾られたUNESCOの活動の写真などを見て過ごす。
20分遅れくらいでようやく警備員が鉄の柵を開けて、中に入ることができた。カウンターで顔写真入りのIDカードを受け取り、空港のようなX線による手荷物検査が済むと、オリエンテーション・セッションが始まるまで時間があるので、UNESCO本部内を散策することにした。
ル・コルビュジエを感じるUNESCO本部
UNESCO本部の建物は、1955年にアメリカのマルセル・ブロイヤー、イタリアのピエール・ルイジ・ネルヴィ、フランスのベルナール・ゼルフュスの3名の建築家の設計で建設が始まり、3年後の1958年に完成した。上空から見ると三芒星と呼ばれる星型をしている。わかりやすく言うと、漢字の「人」のような形。
コンクリートの時代のモダニスム建築を代表するような建物で、建設が始まった時には反対運動もあったらしい。もともとこの場所は、騎兵隊の兵舎などがあった国有地で、フランスの外務省がUNESCOに99年の借地契約で貸し出している。周囲の落ち着いた高級住宅地の中に、当時でも先端を行くモダニスム建築が建てられたのだから、街の歴史を大事にする市民たちが反発したのも想像できる。今でこそ、ポンピドゥーセンターなど近現代建築もパリには多いけど、1950年代にはまだまだ珍しかった。
このUNESCO本部の建設計画には、先述の3名の他に、世界遺産と強く関係しているル・コルビュジエやルシオ・コスタ、ヴァルター・グロピウス、エーロ・サーリネンなどが協力をしていて、モダニスム建築の集大成ともいえるものだったみたい。後から造られた別棟と庭園をホベルト・ブールリ・マルクスが担当していて、本当に世界遺産との関係が深い。
当時のモダニスム建築をけん引していたル・コルビュジエが総指揮を執るという計画もあったようだけど、アメリカからの反対もあり、多国籍の建築家たちによる共同計画となった。結果として多くの国の建築家がかかわったことは、UNESCOの理念にも沿っていてよかったのではないかと思う。
迷路のような美術館のような
コンクリートむき出しの建物の外観のほとんどは、各階の均等な大きさの窓ガラスで覆われている。その窓ガラスの前には太陽光を遮るための金属製の庇やガラスの板などがつけられていて、建物全体に細かいタテ線が入っているように見える。
この太陽光を遮る日よけの庇は「ブリーズ・ソレイユ」と呼ばれるもので、世界遺産になっているル・コルビュジエ設計の「サン・ディエの工場」などでも似た構造を見ることができるもの。他にも建物全体がピロティで支えられているところなどからも、ル・コルビュジエの影響を強く感じる。
地下は迷路のような複雑な造りになっていて、いくつもの大小の会議室などが配置されている。赴くままに歩いていると迷ってしまいそうになる。会議室の形や配置もさまざまで、自由に組み合わされているのにうまくはまっているのが面白い。
どこも古いのだけど古臭くはなくて、ここでもデザインって大事だなって思う。働く人にとっては使いやすいとは言えないのかもしれないけど、こういう古い建物をすぐに建て替えようとしないところが好きだ。日本ももっと古い建物を残してくれたらいいのに。
建物内にはアルベルト・ジャコメッティやヘンリー・ムーアの彫刻、ハヴロ・ピカソやジョアン・ミロの壁画などの芸術家の作品の他、各国から寄贈された文化財など700を超える作品が展示されていて、まるで美術館のよう。今回の世界遺産委員会の議長国であるブルガリアの伝統的な図柄の皿や、考古学的な文化財も展示されていて、時間を忘れて楽しんでしまった。
外は大雨で薄暗く、雷まで鳴っている。なんだか不穏な感じ。
(次回に続く)
写真・イラスト©宮澤光
執筆者PROFILE
北海道大学大学院博士後期課程を満期単位取得退学。仏グルノーブル第Ⅱ大学留学。2008年より現職。世界遺産に関するさまざまな書籍の編集・執筆・監修を手掛けるほか、「チコちゃんに叱られる!」(NHK)などの多くのメディア出演や、全国各地で100本を超す講演・講座を実施している。著書に『13歳からの世界遺産』(マイナビ出版)、『世界遺産のひみつ』(イースト・プレス)など。
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