のんびりの昼休み/パリまで世界遺産委員会に来ています【第13回】
この連載は、2025年7月にパリで開催された世界遺産委員会の旅行記です。

目次

世界基準はのんびり
クロワッサンとショーソン・オ・ポム
お昼は日本庭園の横で

世界基準はのんびり

世界遺産委員会の会議は10時に始まる。僕の見方が間違っていなければ、スケジュール上ではそうなっている。

でも、10時になっても着席している人はほとんどいないし、議長のネノフ博士や世界遺産センター長のアソモ氏がいることすら稀で、会議場内に人も少ない。10分遅れくらいで珈琲を片手にネノフ博士やアソモ氏などが笑顔で歓談しながら入ってくる頃になってようやく人が増え始め、ネノフ博士の「皆さん、おはようございます。」の挨拶で人々が着席しだす。その時ですら、さざ波の波音のように雑談する声が聞こえるけれど、ネノフ博士が本日の議題について話し始めると、やっと静かになる。海外の人々は本当に話すのが好きだ。

3日目にしてまだ初日の議題が終わっていないくらい、進行が大幅に遅れているので、毎朝ネノフ博士やアソモ氏からスケジュールがかなり遅れていることや、発言時間を簡潔に短くしてほしいこと、そして発言時間を守って欲しいことのお願いがあってから会議が始まる。だいたい参加者は、うんうん頷きながら聞いているけど、会期はまだまだ先が長いので、今の段階ではほとんど気にしていないように見える。

午前の審議は13時までで、ここは時間通りに、審議の途中であってもだいたい13時ぴったりに昼休みに入る。彼らが休み時間をとても大事にしているということもあるけれど、お昼にはワーキンググループの会合やさまざまなサイドイベントが開催されるため、そこを遅らせるわけにはいかないのだ。

サイドイベントは、各国の政府機関やNGO、大学などが主催するシンポジウムやトークイベントで、UNESCO本部内の会議室や小ホールで開催されており、ほとんどが予約なしで参加できる。アフリカの文化財の無形の要素に関するサイドイベントに興味があったので行ってみたら、小さな会議室にアフリカ系の人々がみっちりと車座に座っていて、「ここに入っていく勇気はないな」と思って諦めた。

サイドイベントは、各国が取り組んでいる世界遺産保護の事例や新しい概念の議論などが行われて勉強になる。いくつか覗いてみたけど、内容が全然わからないものもあって、そういう時は速やかかつ静かに退出する。こういう時の僕はけっこう素早い。そして、中庭でぼーっとするか、UNESCOの建物内を探検して過ごす。

たっぷり2時間のお昼休みが終わると、15時から午後の審議が始まる。ここでも、時間になってもほとんど会議場内に人はおらず、15分遅れくらいでお昼休みの開放的な雰囲気が収まって、会議が始まる。のんびりが世界基準なのだと思う。

クロワッサンとショーソン・オ・ポム

片手にクロワッサン、片手にショーソン・オ・ポム

お昼休みは会議場内にほとんど人がいなくなる。清掃の人がごみ拾いをしているくらいで、がらんとしている。みんなサイドイベントに出るか、外にお昼を食べに行くみたいで、会場内に残って何か作業をしているような人はほとんどいない。

僕も一度、UNESCOの外のビストロに食べに行ったけど、高いだけであまり美味しくなかったので、毎朝、UNESCOに向かう途中でブーランジュリーに寄ってクロワッサンとショーソン・オ・ポムを買って中庭で食べることにした。

日本を出る前に、宿とUNESCOの近くにある美味しそうなブーランジュリーを調べておいて、いろいろ行ってみた。どこも美味しかったのだけど、宿からほんの少しだけ遠回りしていくブルトゥイユ広場近くのお店が断トツで美味しかったので、ほとんど毎朝そこで買って食べていた。

ここは客が数人入るといっぱいになるこぢんまりとした店内に、ガラスのショーウィンドウがあって、その中に本当にたくさんの種類のパンが並べられている。そしてレジに立つおじさんの後ろにはバゲット・トラディションが何本も立てられていて、その奥には職人風の男性や女性が忙しそうに働いているのが見える。店中には焼き立てのパンやバターの匂いが溢れていて、その匂いだけでもう笑顔になるしお腹がすいてくる。見上げると天井には、ロココ風の天井画が描かれている。

バターが香るサクサクしたクロワッサン生地が美味しいし、大きめのショーソン・オ・ポムにたっぷり入っているリンゴのフィリングも、柑橘類やシナモン、ナツメグなど複雑な味がして美味しい。リンゴは僕の体の一部のような存在なので、リンゴがないと調子が悪い。だからショーソン・オ・ポムが美味しいというだけでそのお店のポイントが高い。僕は毎日同じものを食べてもあまり飽きることがないので、毎日毎日、右手にクロワッサン、左手にショーソン・オ・ポムをもって、もしゃもしゃ食べていた。

お昼は日本庭園の横で

キラキラしてて入っていけない

UNESCO本部の中庭は芝生になっていて、お昼になると芝生の上に座ってたくさんの人が話をしながらお昼ご飯を食べている。UNESCOではインターンを受け入れているので、大学生くらいの若い人も多い。服装もカジュアルで、太陽光の下だと華やいだ雰囲気がする。ヨーロッパの人々は、日差しを気にせず芝生の上に座ってお昼を食べたり話したりするのが好きだ。僕も大学のころはよく友人たちとそうして過ごしたけど、今はおじさん一人で行くには、芝生の上はちょっと眩しすぎる。

芝生の脇には、1995年に暗殺されたイスラエルのラビン元首相に敬意を表してイスラエル政府が寄贈したオリーヴの木と、10カ国の言葉でUNESCO憲章前文の有名な言葉「戦争は人の心の中に生まれるものだから、人の心の中にこそ平和の砦を築かなければならない」と書かれた石碑が置かれている。UNESCO本部の見どころのひとつではあるけど、ちょっとリラックスしてお昼を食べるのには向かない。

そこで僕は、1958年に日本政府の寄付によってイサム・ノグチが設計した日本庭園が見えるベンチでいつもお昼を食べることにした。ここは日陰になっているし、いつも気持ちの良い風が吹いている。この日本庭園は、京都の16代目佐野藤右衛門や野口信一、徳島の鈴江基倫などの著名な造園家が手掛けたもので、「平和の庭」と呼ばれていている。日本から持ち込まれた桜や梅、椿、竹などの樹木や花々、大小の庭石、橋などが配置されているけど、僕たち日本人のイメージする「日本庭園」とはちょっと違う感じもする。

それに、この庭園はUNESCOも日本もお金がないため維持管理が不十分で、手入れが行き届いておらず少々ぼさぼさとしている。「わび・さび」ってこういうのだっけ。せっかく日本の名前を冠しているのにと思うと、少しさみしい。UNESCO本部は他の場所もあまり手入れがされていなさそうな所があり、本当にお金が足りないのだと思う。日本庭園でも石に腰かけてお昼を食べている人がいる。

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≫【第14回】UNESCOに残る原子爆弾の記憶 に続く

写真・イラスト©宮澤光

執筆者PROFILE

NPO法人世界遺産アカデミー主任研究員

北海道大学大学院博士後期課程を満期単位取得退学。仏グルノーブル第Ⅱ大学留学。2008年より現職。世界遺産に関するさまざまな書籍の編集・執筆・監修を手掛けるほか、「チコちゃんに叱られる!」(NHK)などの多くのメディア出演や、全国各地で100本を超す講演・講座を実施している。著書に『13歳からの世界遺産』(マイナビ出版)、『世界遺産のひみつ』(イースト・プレス)など。
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