World Heritage Sites

世界遺産一覧

(執筆協力:宮澤 光)

アヴィニョンの歴史地区:教皇庁宮殿、司教の建造物群、アヴィニョンの橋

Historic Centre of Avignon: Papal Palace, Episcopal Ensemble and Avignon Bridge
アヴィニョンの歴史地区:教皇庁宮殿、司教の建造物群、アヴィニョンの橋
フランス南部のローヌ川沿いにあるアヴィニョンは、今は小さく静かな街ですが、歴史的にみるとキリスト教カトリック世界の中心地として大きな影響力をもった場所でした。フランス王フィリップ4世と教皇ボニファティウス8世の対立から始まる、教皇権と王権の優位を巡る争いにより、フィリップ4世の意向の下でボニファティウス8世の次の教皇クレメンス5世が1309年に教皇庁をアヴィニョンに遷しました。そこから1377年までの68年間、教皇庁宮殿が築かれ、ノートルダム・デ・ドン大聖堂にゴシック様式の礼拝堂などが増築されたほか、貴族や芸術家、文化人が訪れる華やかな宗教都市として発展しました。
地域: ヨーロッパ / 国名: フランス共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1995年 / 登録基準: (i)(ii)(iv)
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アルルのローマ遺跡とロマネスク建築

Arles, Roman and Romanesque Monuments
アルルのローマ遺跡とロマネスク建築
フランス南部のプロヴァンス地方に位置するアルルは、ローヌ川のデルタ地帯の始まり場所とされ、旧市街のすぐ脇をローヌ川が流れています。この地中海からも近いアルルが重要な都市となったのは、古代ローマが紀元前123年にこの地を占領して都市の整備を行ってからです。前104年には地中海につながる運河が築かれたほか、紀元前90年頃から円形闘技場やローマ劇場、地下回廊なども築かれ、軍事と貿易の両方で重要な拠点として都市が拡大しました。世界遺産には、こうした古代とロマネスクの時代から受け継がれてきた建造物や街並み、街路などの構造が中世ヨーロッパにうまく適応していったことが評価され、旧市街の街並みがエリアで登録されました。
地域: ヨーロッパ / 国名: フランス共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1981年 / 登録基準: (ii)(iv)
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イエローストーン国立公園

Yellowstone National Park
イエローストーン国立公園
イエローストーン国立公園は、世界遺産条約が採択されるちょうど100年前の1872年に誕生しました。この100年というのは偶然ではありません。1971年2月、アメリカ合衆国大統領のリチャード・ニクソンが、「イエローストーン国立公園」設立100周年に当たる1972年に自然遺産と文化遺産を共に保護する国際的な体制を立ち上げると演説します。そこから様々な案が一気にまとめられ、世界遺産条約がユネスコ総会で採択されました。そして「イエローストーン国立公園」は、1978年に世界で最初に登録された世界遺産のひとつになりました。
地域: 北米 / 国名: アメリカ合衆国 / 分類: 自然遺産 / 登録年: 1978年 / 登録基準: (vii)(viii)(ix)(x)
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ヴェズレーの教会と丘

Vézelay, Church and Hill
ヴェズレーの教会と丘
現在はブルゴーニュの丘に静かに佇む小さな街にすぎないヴェズレーですが、かつては多くの巡礼者が訪れ、十字軍に向かう王たちが集うなどフランスの歴史の中にも登場する街でした。9世紀末にヴェズレーに教会が建てられると、マグダラのマリアの聖遺物が運び込まれたのをきっかけに、ヨーロッパ世界にとって重要な巡礼地となっていきます。11世紀になると、スペインのサンティアゴ・デ・コンポステーラへの巡礼地の中継地として多くの巡礼者が訪れにぎわいました。そのため別の世界遺産『フランスのサンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路』の構成資産にもなっています。
地域: ヨーロッパ / 国名: フランス共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1979年 / 登録基準: (i)(vi)
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グウィネズのエドワード1世王の城郭群

Castles and Town Walls of King Edward in Gwynedd
グウィネズのエドワード1世王の城郭群
13世紀後半から14世紀初期にかけて北ウェールズのグウィネズに築かれた、ボーマリス城とハーレフ城、カーナーヴォン城と市壁、コンウィ城と市壁の4つの城と2つの市壁が世界遺産に登録されています。この一帯は、かつてグウィネズ王国が置かれた場所でした。イングランド王のエドワード1世は1277年と1282~1284年にかけてウェールズに侵攻すると、最後まで激しく抵抗したこの地に抵抗を抑えるための城と市壁を築き始めました。王の命令でウェールズ一帯に築かれた城郭群は「アイアン・リング(鉄の輪)」と呼ばれています。世界遺産に登録されている4つの城は、王に仕えた軍事建築家のジェームズ・オブ・セント・ジョージによるもので、中でもボーマリス城とハーレフ城は傑作と称されています。
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シエナの歴史地区

Historic Centre of Siena
シエナの歴史地区
トスカーナの丘陵地帯に位置するシエナは、中世の雰囲気を今に伝える都市です。この街は、ローマの建国神話に登場するロムルスとレムスの双子の兄弟のうち、兄のロムルスに敗れたレムスの息子のセニウスとアスキウスが築いたとされています。12世紀に市民による政治共同体である「コムーネ」が成立すると、ローマにつながるフランチジェナ街道から近いこともあり、商業や金融業などで発展しました。15世紀末には今も活動する世界最古の銀行であるモンテ・デイ・パスキ・ディ・シエナ銀行も創業されます。同じくコムーネによる自治を行うフィレンツェとは、トスカーナ北部の領地や商業利権など巡るライバル関係にありました。
地域: ヨーロッパ / 国名: イタリア共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1995年 / 登録基準: (i)(ii)(iv)
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パリのセーヌ河岸

Paris, Banks of the Seine
パリのセーヌ河岸
パリの歴史は、セーヌ川に浮かぶシテ島から始まります。今はパリのシンボルのひとつとなっているノートル・ダム大聖堂が立つ、文字通りパリの中心となる島です。この島に紀元前3世紀頃からケルト系のパリシイ人が集落を作って暮らし始めました。その後、紀元前52年頃にガリア遠征中のカエサルが率いるローマ軍に侵略されるとローマ風の都市が築かれ、河川交通の重要拠点として発展しました。4世紀中頃にパリと呼ばれるようになり、彼らが話す言葉が現在のフランス語へと発展しました。
地域: ヨーロッパ / 国名: フランス共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1991年 / 登録基準: (i)(ii)(iv)
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バレンシアのラ・ロンハ・デ・ラ・セダ

La Lonja de la Seda de Valencia
バレンシアのラ・ロンハ・デ・ラ・セダ
15~16世紀にかけて、イベリア半島の商人たちは地中海を中心とする交易で大いに栄えました。その栄光の強さを物語るのが、バレンシアにあるラ・ロンハ・デ・ラ・セダです。スペイン語で「ラ・ロンハ」は「商品取引所/市場」、「ラ・セダ」が「絹」を意味するので、「ラ・ロンハ・デ・ラ・セダ」とは「絹の商品取引所」という意味になります。絹の取引所として建てられましたが、長い歴史の中で絹のほかにも油や穀物類なども扱われました。
地域: ヨーロッパ / 国名: スペイン / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1996年 / 登録基準: (i)(iv)
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フィレンツェの歴史地区

Historic Centre of Florence
フィレンツェの歴史地区
紀元前7世紀頃から、アルノ川周辺の浅瀬にエトルリア人が暮らし始めたと考えられるフィレンツェは、12世紀に自由都市になると手工業が発展し、アルノ川や街道をつかった交易で栄えました。中世に毛織物業や金融業を通して商工業者や銀行家が力をもつと、彼らは教会や封建領主による古い社会を打ち破る強い熱気と自由な気風で、人文主義(人間主義)を中心とした芸術や思想を生み出していきました。これがルネサンスです。13世紀以降にサンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂やサンタ・クローチェ教会、現在のウフィッツィ美術館、ピッティ宮殿などが築かれ、15~17世紀に都市を支配したメディチ家の下でルネサンス都市としての地位を確立していきました。世界遺産には、14世紀にアルノルフォ・ディ・カンビオが設計したとされる市壁内の歴史地区が登録されています。
地域: ヨーロッパ / 国名: イタリア共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1982年 / 登録基準: (i)(ii)(iii)(iv)(vi)
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フォントネーのシトー会修道院

Cistercian Abbey of Fontenay
フォントネーのシトー会修道院
フォントネーのシトー会修道院は、フランス中部のブルゴーニュ地方の豊かな森の中に静かにたたずんでいます。修道院は1118年にクレルヴォーの聖ベルナールによって創建されました。自然の中に多くの泉(フォンテーヌ)があったことから、フォントネーと名づけられました。聖ベルナールが属していたシトー会は、キリスト教の聖ベネディクトゥスの戒律を厳格に守り、祈りや瞑想を重んじて彫刻や絵画などで教えを示すことを禁じる禁欲的な修道会です。そのため、聖ベルナールが築いたフォントネーの修道院にも彫刻や聖人などのステンドグラス、装飾などはなく、彼らの質素で倹約な修道生活をうかがい知ることができます。
地域: ヨーロッパ / 国名: フランス共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1981年 / 登録基準: (iv)
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プランバナンの寺院群

Prambanan Temple Compounds
プランバナンの寺院群
プランバナンの寺院群には、ヒンドゥー教と仏教の寺院群が非常に近い場所で残されており、世界遺産には508基の石造寺院で構成される寺院群が登録されています。最も南に位置するヒンドゥー教寺院のプランバナン寺院群(ロロ・ジョングラン)と、最も北に位置する仏教寺院のセウ寺院群は非常に似た構成を持っており、その間に仏教寺院のルンブン寺院とブブラ寺院が縦に並んでいます。またセウ寺院群の東には仏教寺院のアス寺院(ガナ寺院)があり、ルンブン寺院やブブラ寺院と共にセウ寺院群の曼荼羅を構成する寺院と考えられています。
地域: 東・東南アジア / 国名: インドネシア共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1991年 / 登録基準: (i)(iv)
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ブルゴスの大聖堂

Burgos Cathedral
ブルゴスの大聖堂
聖母マリアに捧げられた「サンタ・マリア・デ・ブルゴス大聖堂」は、スペインを代表する大聖堂のひとつとして、「グラナダのアルハンブラ宮殿」などと共に、スペインで最初の世界遺産のひとつとして登録されました。「パリのセーヌ河岸」にあるノートル・ダム大聖堂からわずかに遅れて、1221年に建築が始まり、途中で約200年の中断を挟みつつ1567年に完成しました。こうして長い年月をかけて築かれたため、ゴシック様式の進化の過程と共に、ゴシック芸術の全体像をよく表しています。
地域: ヨーロッパ / 国名: スペイン / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1984年 / 登録基準: (ii)(iv)(vi)
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モン・サン・ミシェルとその湾

Mont-Saint-Michel and its Bay
モン・サン・ミシェルとその湾
モン・サン・ミシェルは、フランス北西部の英国とフランスに挟まれた湾に立つ、小高い丘の上にあります。この地域は、フランスの他の地域とは異なり、現在の英国やアイルランドなどで見られるケルトの文化が色濃く残ります。708年にケルト人のモン・トンブと呼ばれるケルト人の聖地だった場所に、聖ミカエルを祀る聖堂を築いたのが、モン・サン・ミシェル(フランス語で「聖ミカエルの山」)の始まりです。聖ミカエルの信仰は、イタリアの世界遺産『イタリアのロンゴバルド族:権勢の足跡(568-774年)』に含まれるプーリア州の洞窟教会「サントゥアリオ・ディ・サン・ミケーレ・アルカンジェロ」に始まるとも伝えられますが、モン・サン・ミシェルはその信仰が遠くフランスに北西部にまで広がったことを示しています。 
地域: ヨーロッパ / 国名: フランス共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1979年 / 登録基準: (i)(iii)(vi)
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ランスのノートル・ダム大聖堂、サン・レミ旧修道院、トー宮

Cathedral of Notre-Dame, Former Abbey of Saint-Rémi and Palace of Tau, Reims
ランスのノートル・ダム大聖堂、サン・レミ旧修道院、トー宮
ランスが大きく発展したのは、496年頃にフランク王国のクローヴィス1世がこの地でキリスト教カトリックの洗礼を受けたことがきっかけです。クローヴィスはゲルマン人のフランク族を統一すると、481年にフランク王国メロヴィング朝をひらきました。彼はゲルマン人のアレマン族との戦いで、イエス・キリストが勝利に導いてくれたら洗礼を受けると天に誓います。そうして見事勝利を収めたため、王妃や約3,000人のフランク族の兵士と一緒に洗礼を受けました。このことは、カトリック教会がフランク王国という強い後ろ盾を得たことを意味しました。この時、クローヴィスに洗礼を与えたのが聖レミギウス(サン・レミ)だと伝わります。その後、1825年のシャルル10世まで32人の王がランスで戴冠式を行い、そのうち25人の王が現在のノートル・ダム大聖堂で戴冠式を行いました。
地域: ヨーロッパ / 国名: フランス共和国 / 分類: 文化遺産 / 登録年: 1991年 / 登録基準: (i)(ii)(vi)
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ローマの歴史地区と教皇領、サン・パオロ・フォーリ・レ・ムーラ聖堂

Historic Centre of Rome, the Properties of the Holy See in that City Enjoying Extraterritorial Rights and San Paolo Fuori le Mura
ローマの歴史地区と教皇領、サン・パオロ・フォーリ・レ・ムーラ聖堂
ローマは、「ローマの七丘」のひとつパラティーノの丘で紀元前753年に建国されたと伝わります。その後、共和制を経て、地中海沿岸から西アジア、グレートブリテン島南部までを支配する大帝国となりました。しかし、拡大しすぎた繁栄はやはり終わりを迎えます。395年にローマ帝国が東西に分割すると次第に都市としてのローマの重要性は薄れていきました。再び脚光を浴びるのはローマ教皇領としてルネサンスの中心地のひとつとなってからのことです。強大な力をもつ教皇の下、ミケランジェロなどの芸術家が活躍し、芸術の都として教皇の威光を示しました。世界遺産には、教皇ウルバヌス8世が築いた城壁の内部と、唯一城壁の外にあるサン・パオロ・フォーリ・レ・ムーラ聖堂を含む、サンタ・マリア・マッジョーレ聖堂、サン・ジョヴァンニ・イン・ラテラーノ聖堂の3つのヴァティカン市国直轄の聖堂も含まれています。
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